自社株の相続税評価が、昭和39年以来はじめて「作り直される」かもしれません。国税庁が2026年4月に立ち上げた「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」は、9月までに6回を数え、類似業種比準方式の廃止と残余利益方式の導入という、実務家の常識をひっくり返す案が公表資料の上に現れました。本連載では、公表されている会議資料・議事要旨・関係省庁の意見書を読み込み、6回の会議で何が起き、何がまだ決まっていないのかを追います。第1回〜第4回は要点に絞り、たたき台が出た第5回と、計算式と試算が出た第6回は徹底的に掘り下げます。
図1 見直し議論のタイムライン(点線は執筆時点の見込み)
本連載は、国税庁ホームページに公開されている各回の資料・議事要旨、会計検査院「令和5年度決算検査報告」、経済産業省・中小企業庁の意見書をもとに構成しています。議論は進行中であり、記事中の「見込み」「予想」は執筆時点(2026年9月30日)の筆者の見立てです。
第1回(4月20日)すべては会計検査院の「三行」から始まった
60年ぶりの「作り直し」が動き出した日
2026年4月20日、霞が関の中央合同庁舎に13名の委員が集まりました。座長は慶應義塾大学の佐藤英明教授(租税法)。学識経験者7名に、日本商工会議所、日本税理士会連合会、日本M&Aセンター、元国税庁長官が加わり、中小企業庁と全国商工会連合会がオブザーバー席に座る、という顔ぶれです。
この会議の性格は、委員の構成を見ると読み取れます。租税法・会社法・会計学の研究者が多数を占め、実務家は少数派。会計学者の中には、以前から残余利益モデルによる非上場株式評価を研究テーマとしてきた方も含まれています。つまり国税庁は、会議を始める前から「どの方向に持っていきたいか」をかなり明確に持っていた、と見るのが自然でしょう。
発端:検査院が突きつけた数字
きっかけは2024年11月に公表された会計検査院「令和5年度決算検査報告」です。令和2・3年分の申告1,600件を無作為抽出して調べたところ、次の事実が明らかになりました。
図2 会計検査院「令和5年度決算検査報告」が示した2つの数字
- 類似業種比準価額の中央値は、純資産価額の中央値のわずか27.2%
- 純資産価額に対する申告評価額の割合(中央値)は大会社0.32倍、中会社0.50倍、小会社0.61倍。つまり会社が大きいほど評価額が安くなる
- 配当還元方式の還元率10%は、昭和39年の金利水準(長期国債利回り6〜7%台)を前提にしたまま60年間見直されていない
検査院の所見は「異なる規模区分の会社の株式を取得した者の間で評価の公平性が必ずしも確保されていない」という、役所文書としては穏やかな表現です。しかし報告書本文には、実務家が見過ごせない三行があります。国税庁自身が検査院に対し、「かい離を考慮して、評価会社の規模区分を変えるための操作や、特定の評価会社の要件に該当しないようにするための操作をするなどして、税負担の軽減を図る納税義務者が現に存在する」と説明しているのです。
役所が自分の作った通達について「問題がある」と認めることは、通常ありません。最高裁令和4年4月19日判決の調査官解説を引けば「評価方式が違えば評価額が違うのは当然」と反論することもできたはずです。それをしなかった、というところに、国税庁の本気度が表れています。
なぜ類似業種比準価額は下がり続けたのか
第1回資料には、昭和39年から平成29年までの評価通達の変遷が一覧にされています。読み解くと、類似業種比準方式は一貫して「評価額が下がる方向」に改正されてきたことが分かります。
図3 昭和47年(しんしゃく率導入)と平成12年の改正で乖離が一気に拡大した(第1回資料より)
- 昭和39年の当初算式には、しんしゃく率がなく、分子に「+3」「+1」の最低保障が組み込まれていた
- 昭和47年にしんしゃく率0.7が導入され、平成12年には利益要素を3倍にする算式へ
- 昭和58年、小会社にも類似業種比準方式との併用(0.5)が認められた。「この時点で類似は壊れた」と評する論者もいる
- 平成20年までの改正の結果、類似業種比準価額が純資産価額の50%未満となる会社の割合は49%(昭和39年算式)から82%(平成20年算式)へ
もう一つの要因は配当です。分析対象700社のうち577社(82.4%)が直前2期に無配。配当要素がゼロだと、3要素の平均が実質2要素÷3になり、評価額は機械的に3分の2になります。大会社なら類似業種の株価の0.47倍(2/3×0.7)です。この点は、実務家としても反論しにくいところでしょう。
国税庁が示した「4つの観点」
国税庁は、令和4・5年分でも同じ傾向を確認したうえで、次の4つの観点を提示しました。
- 「評価額の崖」の解消:規模区分の境目で評価額が跳ぶ構造をなくす
- 「恣意性・操作性」の排除:配当・利益・会社規模の操作と、配当還元方式の適用株主を作り出すスキームを封じる
- 「今日的観点」からの見直し:金利変動を踏まえた還元率、継続企業を前提に収益力を反映する方法、企業評価の学術研究
- 第三者への事業承継の動向を踏まえた評価:M&Aの企業価値評価を参考にする
総則6項の適用件数は平成27〜令和6事務年度で27件(株式14件)。決して多くありません。それでも抜本見直しに踏み込む理由は、6項で否認するたびに「伝家の宝刀を抜くな」と裁判所からも税理士会・公認会計士協会からも言われ、調査官解説に「かい離は本来、評価通達の見直しで解消すべき」と書かれてしまったからです。国税庁は、6項での個別対応に限界を感じています。
初回から見えた対立軸
議事要旨を読むと、初回から論点がほぼ出そろっています。「幅広い企業に統一的に適用できる一つの評価方式を」「継続企業を清算前提の純資産価額で評価するのはおかしい」「スキームの根本原因は純資産価額が高すぎることではないか」「時価の話と税負担の話は分けて議論すべき」。
とりわけ「評価と負担を分けるか、一体で議論するか」は、この後6回にわたって一度も解消されない対立軸になります。
ここがポイント 会議の出発点は「類似業種比準価額が安すぎる」という検査院の指摘ですが、国税庁の狙いは最初から「租税回避スキームを評価制度の中で封じる」ことにありました。検査院の指摘だけなら、類似業種比準方式を昭和39年の算式に戻せば済む話です。それをしないところに、この見直しの本質があります。
参考:第1回 議事要旨/第1回 資料
第2回(5月11日)「時価」とは何か ― 三人の専門家が語った三つの物差し
理論武装の回
第2回は、3名の委員がそれぞれの専門分野から「非上場株式の価値をどう測るべきか」を報告しました。この回で示された考え方が、のちの「類似業種比準方式の廃止」「インカムアプローチの採用」の理論的な足場になります。
図4 第2回で示された3つの視点
租税法:時価より安い評価は「違法」
相続税法22条の「時価」は「不特定多数の当事者間で自由な取引が行われた場合に通常成立する価額」。実際に取引がない財産も、その「想定」に基づいて評価する。時価より高い評価も低い評価も本来は違法であり、課税上は「固めの評価」が一般的だが、非上場株式は事業承継への配慮から評価額が抑えられてきた。こうした配慮は評価方法の中ではなく法律上の特別措置で行うべきだ、という整理です。
ここには、この会議の基本思想が凝縮されています。「評価は時価に忠実に。負担の配慮は別の法律で」。
会社法:類似業種比準方式は昭和62年を最後に裁判所から消えた
会社法上の価格決定(株式買取請求など)では、まず企業価値全体を把握し、それを株式数で割る「プロラタ価値」が基本です。公刊された裁判例では、類似業種比準方式は昭和62年以降、評価方法の要素としても採用されていません。理由は、比準割合やしんしゃく割合に理論的根拠・実証的裏付けがないこと、上場会社の多角化で適切な比準対象が見つからないこと。近年はDCF法が主流です。
もう一つ、実務家の感覚を揺さぶる指摘がありました。「純資産価額は株価の下支え(下限)である」。税務実務では、純資産価額は「上限」です。会社法の研究者から見れば「株価が純資産を下回るなら解散した方が株主は得。継続しているなら株主は役員報酬などで別の利益を得ているはず」となる。会場では「上場企業でもPBR1倍割れは現実に起きている」との反論が出ましたが、「現状がそうであることと、あるべき姿は別」と返されています。
M&A実務:時価純資産+営業権
中小企業のM&Aでは、類似する上場会社を見つけるのも、信頼できる事業計画に基づくDCF法も難しく、「時価純資産に営業権を加える」方法が多く使われる、との報告です。営業権の基礎となる正常利益では、高額な役員報酬や節税目的の保険・オペレーティングリースの損益を補正しているとのこと。
ただし質疑では興味深いやり取りがありました。「超過収益法と年買法のどちらが実態を代表するか」と問われ、「説明のしやすさでは年買法」と回答。実際の仲介現場で使われているのは経常利益の何倍という年買法であり、超過収益法はほとんど使われていない、という事実が議事要旨に残っています。にもかかわらず超過収益法が紹介されたのは、後の残余利益方式(簿価純資産+超過収益)につなげる布石だった、と読むのは考えすぎでしょうか。
質疑で見えた対立軸
- 非流動性ディスカウントをどう考慮するか(しんしゃく率か、割引率への織り込みか)
- DCF法の割引率も上場企業のデータしかない以上、「根拠がない」との批判はどの方式にも当てはまり、すべてフィクションではないか
- 類似業種比準方式が事実上担ってきた事業承継の役割を踏まえ、評価の見直しと事業承継税制の拡充を「同時・一体」で議論すべきではないか
最後の問いに対する答えは「評価の段階ではなく事業承継税制で対応するのが本来」。この構図が、最終回まで続きます。
参考:第2回 議事要旨/第2回 資料
第3回(6月4日)日商・日税連・会計学者、三者三様の「見直し案」
残余利益モデル、初登場
第3回は、日本商工会議所、日本税理士会連合会、会計学の立場から、それぞれ具体的な見直しの方向性が提示されました。後に国税庁案の中核となる「残余利益モデル」が、この回で初めて本格的に説明されます。
日本商工会議所:「解散価値で継続企業を評価するのはおかしい」
中小企業は企業数の99.7%、雇用の約7割。「事業を成長させた結果、評価額が高くなり重い税負担を課される」「継続企業なのに解散価値で評価されるのはおかしい」という現場の声が紹介されました。主張の柱は次のとおりです。
- 「4つの観点」に5つ目として「円滑な事業承継に資する評価」を加えるべき
- 令和7年以降の株価上昇で類似業種比準価額は上がっているはず。検査院・国税庁の分析期間はコロナ禍を含んでおり、現時点で乖離を再検証すべき
- 純資産価額方式は換価コスト・退職金・みなし配当課税(最大55%)を反映しておらず、本来の清算価値は通達の純資産価額の半分以下ではないか
- 無議決権株式を使った配当還元方式の濫用は、平成15年改正前の通達規定(議決権割合と持株割合の両方で判定)を復活させれば個別対応できる
- 将来収益や資本コストを使う企業価値評価は、客観性・検証可能性の点で税務評価に向かない
- 事業承継税制の特例措置は年間約1,200件しか使われていない。336万社の中小企業を前に「負担は税制で」という整理は現実的でない
実務家のつぶやき 日商の税制委員会には経営者の委員も多く、そこでは「換金できないものに値段をつけて課税すること自体がおかしい」という声が机を叩かんばかりに上がるといいます。実務家としてそこまでは同調しにくいところですが、我々実務家としても、非上場株式の承継に関する税負担を高めることの妥当性には大いに疑問を抱かざるを得ないところです。
日本税理士会連合会:収益還元的な方式と簿価純資産を
税理士の現場の困りごとが、率直に並びました。会社規模が小さくなると評価が上がる不合理、純資産価額算定の膨大な資料収集、類似業種の判定の難しさ、非経常的損失は加算されないのに非経常的利益は控除される利益計算の操作可能性、比準要素数1の会社に該当した瞬間に株価が跳ね上がる問題、従業員持株会の固定価格と通達評価額の乖離。
そのうえで、安全性を考慮しつつ収益性を重視した収益還元的な方式、恣意性を排除するための法人税課税所得ベースの評価、継続企業前提での税務上の簿価純資産の採用を提案しています。実は、これは後の国税庁案とほぼ重なります。あわせて、負担が大幅に増える場合には評価減制度などの支援措置が必要、とも述べています。
会計学:残余利益モデルの優位性
インカムアプローチには配当割引モデル、DCFモデル、残余利益モデルの3つがあり、将来予測が正しければ理論上は同じ答えになる。実践上は、①適用不能なケースの有無、②将来データの予測難易度、③ターミナル価値への依存度の3点で残余利益モデルが優れており、上場会社の市場株価を最も小さな誤差で説明できる、という研究結果が世界中で報告されている。
残余利益モデルは、貸借対照表の純資産に「利益から自己資本コストを引いた残余利益」の現在価値を加える方式で、もともとは割安株・割高株を見つけるために生まれたモデルです。赤字や低収益の企業では簿価純資産より評価額が下がる、という点が特徴。予測は過去の損益計算書に紐づけ、上場企業の中期経営計画が5年程度であることから将来5年程度にとどめるのが良い、自己資本コストはCAPMを参考にβを一律1.0とする方法もある、との考えが示されました。
質疑の見どころ
- 事務局(国税庁)は「円滑な事業承継を見直し枠組みの柱に立てるのは難しい」と明言。さらに「近年の類似業種の比準要素は株価を上回って上昇しており、株価が上がれば類似業種比準価額が上がるとは限らない」と反論
- 純資産価額方式と残余利益モデルの自由選択制は、残余利益がプラスの企業は純資産、マイナスの企業は残余利益を選ぶ恣意的な選択になり望ましくない(会計学の立場)
- 中古航空機を定率法で償却して利益を圧縮するビジネスが横行する中、税務評価として全国一律に使うにはどう調整するのか(実務の問題提起)
- 「通達を変えれば財産評価方法を抜本的に変えられると考えてよいのか」という制度設計上の疑問、増減収シミュレーションとスケジュールの提示を求める声
第3回までで各委員の意見が出そろい、第4回以降は事務局による論点整理へ移ります。
参考:第3回 議事要旨/第3回 資料
第4回(7月3日)28ページの議事要旨 ― 論点整理と「類似廃止」の大合唱
最も読み応えのある回
第4回は、国税庁が3回分の意見を整理し、6つの論点への意見を求めた回です。議事要旨は28ページ。第3回までは十数ページだったことを考えると、明らかに「載せろ・載せない」の攻防があった痕跡です。実際、議事要旨の末尾には「事務局の判断で発言を削除しないでほしい」「誰の発言か分かるように明記してほしい」という委員の要望と、「自由闊達な発言のため発言者名は伏せる」という座長の判断が記録されています。
冒頭:3つの疑問への国税庁の回答
- 通達で評価方法を抜本的に変えてよいのか → 評価方法を法律で一義的に定めることは困難で、通達で定めることは訴訟でも支持されている。現在の枠組みが「時価」を体現できず租税回避スキームの温床となっている以上、見直しは社会の要請。ただし影響の大きい改正は税制改正プロセスを経る
- 増減収シミュレーションは出すのか → 増税目的ではなく評価の適正化が目的。枠組みの方向性が見えた段階で示す
- スケジュールは → 第5回でたたき台、今秋を目途に一定の方向性
「たたき台と同時にニュートラルであるシミュレーションを出せ」「60年ぶりの抜本改正をなぜそこまで急ぐのか」との追及に、事務局は率直でした。総則6項の処分を続ければ司法から行政の不作為を指弾され、いずれ敗訴や要件追加につながる。「正直なところ、かなり急いでいる」。
8つの租税回避スキーム事例
この回の目玉は、国税庁が名指しした8つのスキームです。実務家なら「どこかで見た」手法ばかりで、一部は報道された著名事例と重なります。
図5 第4回別添「具体的なスキーム事例」の規模感
| ① 子会社の規模操作 |
M&Aで買った会社の従業員を資産管理会社に転籍させて中会社→大会社にし、上場株式を寄附 |
評価額▲100億円、税額▲55億円 |
| ② 配当還元株主の作出 |
無議決権株式と株式交換で議決権を後継者に集約し、孫を「中心的な同族株主以外」にして配当還元価額で贈与 |
評価額▲19億円、税額▲10億円 |
| ③ 株特外しと規模変更 |
海外子会社から多額配当→株特から外れる→子会社から借入と管理部門の吸収分割で小会社→大会社 |
評価額▲20億円、税額▲10億円 |
| ④ 循環貸付 |
HDから子会社へ現金寄附、子会社からHDへ貸付を繰り返しHDに債務を積み上げ、孫会社への債権寄附で評価差額も作出 |
評価額▲65億円、税額▲35億円 |
| ⑤ オペレーティングリース |
借入で中古航空機を取得、定率法で多額償却→利益・純資産圧縮→贈与→売却益で回復 |
評価額▲10億円、税額▲5億円 |
| ⑥ 全株主を配当還元に |
資産管理会社の株主に上場会社の元役員を多数入れ、どのグループも15%未満にする |
約98%減 |
| ⑦ 第三者の一時介在 |
第三者3名に配当還元価額で60%を売却→子に40%を贈与→発行会社が第三者から自己株取得 |
約60%減 |
| ⑧ 貸付用不動産の3年待ち |
借入で賃貸不動産(10億円)を取得し4年6か月待って相続税評価額(4.6億円)で株式を評価、0円で贈与 |
評価額▲5.4億円、税額▲3.0億円 |
事例⑤について、委員から「航空機リースは法人税の節税スキームとして2014年に新聞で問題視されながら放置されてきた。一つ一つ潰せるものがあるのではないか」との指摘が出ています。事例⑧の背後には金融機関の提案があったであろうことも想像に難くなく、「雀を撃つのに大砲を使うのか」という声が実務家から上がるのも無理はありません。
6つの論点に対する委員の意見
| 学術研究・M&Aの評価方法を参考に抜本的見直しを検討 |
賛成多数。「目的の違うものを並べることに違和感」「スローガン先行に注意」との声も |
| 原則的評価方式の一本化 |
賛成多数。「崖」は不公平と社会的非効率を生む。一方で一本化後の評価額が純資産価額を上回ることへの懸念 |
| 類似業種比準方式の在り方 |
「廃止した方が良い」が大勢。理論的裏付けの欠如、ホールディングス化で比準対象が見つけにくい、支配株主の評価基礎として理論的に成り立ちにくい |
| 純資産価額方式を特定の評価会社の方式として存置 |
資産管理会社には最適との意見で概ね一致。引当金の控除、簿価の簡便利用、コンプライアンスコストへの配慮 |
| 配当還元方式の対象株主の整理 |
「なくすべき」から「限定的に残す」まで幅。平成15年改正前に戻せばよい、持株割合でシンプルに判定 |
| 資産管理会社は純資産価額方式で |
賛成。より簡便な計算式を求める声 |
会議終盤、それまでほとんど発言のなかった委員も含めて「類似業種比準方式は廃止した方が良い」という意見が相次ぎました。翌日の報道は「委員の大半が廃止に賛成」。しかし座長は最後に「現時点で一本化や廃止について合意はなく、意見は多様であるという前提でたたき台を示してもらう」と念を押し、事務局も「時価純資産価額が下限になるという考え方が前提になるものではない」と述べています。
事務局が示した重要な考え方
- 「評価」と「政策税制」は切り分けて議論せざるを得ない。税負担に関する意見は財務省主税局に伝える
- ドイツでは1995年(土地)と2006年(非上場株式)に評価の優遇が違憲とされ、簡易収益還元法で評価を適正化したうえで、事業用資産に85%の評価減特例を税制で設けた
- 評価会社の財務内容を固定して試算すると、近年の株価上昇でも類似業種比準価額はむしろ1〜2割下落する
- 昭和58年・平成12年・平成29年の改正は、いずれも事業承継への配慮ではなく、データに基づく適正化として行ったもの
- 純資産価額方式は清算前提ではなく、個人事業主との所有形態の均衡を図るために法人税額等相当額を控除している
「平成29年改正は事業承継への配慮ではない」という説明には、委員から「当時の中小企業庁の税制改正要望資料には事業承継への影響が明記されていた」との反論が記録されています。
参考:第4回 議事要旨/第4回 資料/委員提出意見書
第5回(8月20日)たたき台登場 ― 類似業種比準方式を廃止し、残余利益方式へ
転換点
第5回は、国税庁が「これまでの議論を踏まえた見直しの方向性」を初めて具体的な形で示した、この会議の転換点です。事前配付資料に加え、当日机上配付資料として「取引相場のない株式の評価の見直しイメージの骨子」が配られました。ここでは、たたき台の内容、日商と国税庁の応酬、各委員の反応、そして実務への影響と当面の対策を詳しく見ていきます。
1. 見直しの方向性(3つの柱)
- 評価体系:評価方式間のかい離が不公平と租税回避スキームを招いている → 規模別の区分を廃止し、広範の企業を共通の評価方式で評価する
- 評価方式:継続企業を解散前提の時価純資産で評価すべきではない → 清算前提の「時価」ではなく継続前提の「簿価」を用いる。類似業種比準方式は理論的根拠や実証的裏付けがなく他分野でも用いられない → 存置は困難。収益力を重視するインカムアプローチを主軸とする
- インカムアプローチの選択:配当還元方式・DCF法・残余利益方式のうち、残余利益方式を採用する
| 適用できない企業 |
配当を操作している企業(無配企業等) |
成長期でFCFがマイナスの企業 |
特に見当たらない |
| 予測期間以降の残存価値 |
相対的に最も大きい |
相対的に大きい |
明らかに小さい |
| 将来予測の難易度 |
配当は裁量的で予測困難 |
設備投資の予測が困難 |
過去の実績から一定の予測が可能 |
2. 残余利益方式のイメージ
図6 残余利益方式の考え方 ― 残余利益 RI=年利益 −(前期末純資産×還元率)
国税庁案の残余利益方式は、「簿価純資産」に「数年分の超過収益(残余利益)」を加減して評価額を算出します。残余利益とは、年利益金額から「前期末の純資産価額×還元率(株主が通常期待する収益率)」を差し引いた残額。期待収益率を上回る利益を上げる会社は簿価純資産以上、下回る会社や赤字の会社は簿価純資産以下の評価額になります。実務の言葉に置き換えれば「簿価純資産+のれん(またはマイナスののれん)」です。
- 簿価純資産は時価への洗替えが不要。昔から使う事業用土地も継続使用を前提とした帳簿価格で評価
- 必要なのは「直前期末の貸借対照表」と「過去数年分の損益計算書等」だけ。業種目判定や1株当たり資本金の調整は不要
- 加算する年数は「5年分が良いのではないか」との意見があった
- 還元率は上場株式の平均期待収益率等を参考にCAPMで算定してはどうか
3. 純資産価額方式は「特定の評価会社」の方式へ
純資産価額方式は原則的評価方式ではなく「特定の評価会社の株式の評価方式」として位置付ける案です。今後の検討事項として、評価方法の簡便化、法人が取得した貸付用不動産の評価、法人税額等相当額の控除の整理、退職給付引当金等の負債の範囲、特定の評価会社の範囲と判定基準が挙げられました。
4. 配当還元方式は「特別の例外措置」として範囲を絞って存置
特例的評価方式の趣旨を逸脱した濫用があることを踏まえ、適用の範囲等を見直したうえで存置。適用すべき株主の範囲・基準、原則的評価方式との評価額のかい離への対応、従業員持株会株式との関係、額面制度廃止を踏まえた最低配当2円50銭の計算方法が検討事項です。
5. 租税回避スキームへの対応(4つの方向性)
図7 評価体系の現在と見直し案(第5回机上配付資料「骨子」を図式化)
- 会社規模等の操作 → 規模にかかわらず単一の評価方式で対応
- 利益等の恣意的な操作(オペレーティングリース・役員報酬・役員退職金) → 非経常的な損益を除外した「企業の正常利益」で評価
- グループ法人税制を活用した資産移転 → 完全支配関係にあるグループ法人はグループ全体として評価
- 株主構成の操作による配当還元方式の濫用(最大で約98%の圧縮事例も) → 対象株主の範囲を整理し、固定価格株式の取扱いも見直し
6. 机上配付資料「見直しイメージの骨子」
| 一般の評価会社 |
大会社:類似業種比準方式、中会社:併用方式、小会社:純資産価額方式 |
規模によらず残余利益方式に一本化 |
| 特定の評価会社 |
比準要素数1、3要素0、株特(50%以上)、土地特、開業後3年未満、開業前・休眠中、清算中 |
資産管理会社、組織再編成直後の会社、開業後5年未満の会社、開業前・休眠中、清算中 → 純資産価額方式 |
| 少数株主 |
同族株主等以外 → 配当還元方式 |
「特定の少数株主の取得した株式」に縮小し算式を見直し |
骨子の計算式のイメージは次のとおりです。
D′₀は直前期末の純資産価額(子会社株式を除く)、RIₜは各期の残余利益、rₑは還元率(年分通達で定める)、ESは持株会株式の買取総額。年利益金額は「利益5年平均(子会社配当除く)± 非経常的な損益5年平均 − 法人税等」、年配当金額は「支払配当金5年平均」です。
7. 日本商工会議所の意見書と国税庁の回答 ― 応酬の記録
この回の議事要旨で最も緊張感があるのは、日商の意見書に対する国税庁の逐条回答です。
日商側:①評価と税負担は一体で、②租税回避への限定的な見直しには異論はないが評価体系全体の見直しは疑問、③一定の仮定で試算すると一定規模以上の中小企業では評価額が現行の2倍から5倍、④純資産が増えると評価が上がる方式は「強い中小企業を作る」政策と乖離し、承継前に成長を抑制する誘因になる、⑤役員報酬・退職金に更なる制限は設けるべきでない(法人税法の数値を使うと言いながら損金算入された報酬を認めないのは「いいとこ取り」)、⑥オペレーティングリースは本来法人税で制限すべき、⑦ホールディングス化を租税回避と決めつけるな。
国税庁側の回答は明快でした。
- 問題の根源は、平成18年以降の自由な組織形態・資本調達が可能となった環境に評価通達が対応できなくなった構造的問題であり、「限定的な見直し」という小手先の対応では対処できない
- 6項の適用が27件と少ないのは謙抑的な運用の結果であり、見直すべき事案が少ないことを意味しない。「相続税対策で持株会社制を採用した」「オペレーティングリースで株価をコントロールするのは一般的」という声は各方面から聞いている
- 大会社などで評価額が上がるのは事実だが、小会社・赤字・低収益の会社では下がる会社も存在する。高収益で純資産が積み上がる会社の評価額が上がるのは自然であり、負担軽減が必要ならそのために事業承継税制がある
- 「現状の評価水準を上回らないように評価体系を検討する」のは時価の計算方法としての合理性から説明できない
- 還元率は当局が定期的に金融市場から測定し公表する。上場と非上場の差はしんしゃく率で議論する
- グループ経営で評価額を圧縮できるのは通達の不備。経営形態に中立な評価にすべき
8. 各委員の意見 ― 「総論賛成、各論は留保」
- 子会社株式:連結ベースが基本、難しければ持分法。「完全支配関係」だけを対象にするのは、少し株を外部に出せば外れるため操作性があり過ぎる(複数の委員)
- 使用する数値:会計上の数値だと評価額を下げるための減価償却や多額の役員報酬が行われ得るため税務上の数値を。事務局も「中小企業では貸借対照表が正確に作成されていない場合がある」と法人税申告ベースを支持
- 5年で区切る根拠:無限期間を5年にすると評価額は概ね10〜15%小さくなる。①5年より先は予測困難、②高いROEが続く期間は研究上平均5年程度、③親から引き継いだ高収益を子が維持できる期間も5年程度。「子が頑張った結果に相続税を課すべきではない」(会計学の立場)
- 一律の還元率への疑問:規模や業種にかかわらず一律の還元率で「時価」と言えるのか。所有と経営が一致する非上場会社に上場市場の期待収益率を持ち込むことが正しいのか
- 配当還元方式:対象株主の持株比率は帳簿閲覧請求権の3%が目安になるのではないか
- 役員報酬の加算:法人税法で既に調整済み、被相続人が受け取った報酬は現預金として相続財産を構成する、として反対する意見が複数。一律2分の1加算のような基準は新たな「崖」になる
- 「スーパー経営者」問題:カリスマ経営者が亡くなれば同じ売上は上がらず、その役員報酬もなくなる。過去の利益をそのまま使えばつり合いは取れており、報酬を加算すれば不合理になる
- 根本的な問い:「一生懸命経営して会社を良くすると評価が上がる」ことへの違和感は、個人事業者が儲ければ税負担が増えることと本質的に変わらない(税法の立場)。これに対し、非上場株式には即換金できる価値はなく、地方の事業承継は従業員・地域・サプライチェーンを丸ごと引き継ぐもの。「社会的責任に付随して預かっている富」であり、評価だけが先行しないでほしい(経営者の立場)
会議の最後に座長は「多数決で何かを決めることは一切考えていない」としたうえで、同一人物の複数回の発言を一つにまとめる形で議事要旨を作るよう事務局に求めました。第4回の議事要旨が28ページ、第5回が13ページに減った理由の一つはこれです。報道では「委員の多くが国税庁案に賛成」と伝えられましたが、議事要旨を丁寧に読むと、各論には相当な留保と対立が残っています。
9. 実務への影響 ― 従来の「株価対策」は原理的に機能しなくなる
図8 実務への影響の整理(筆者作成)
- 会社規模の操作は無意味に:従業員数や総資産を調整して大会社にする手法は、規模区分の廃止で成立しなくなる
- 直前期の利益圧縮は効かない:過去5年平均の正常利益を使うため、単年度の利益調整の効果は5分の1に薄まる。オペレーティングリースや役員退職金は正常利益に戻される
- 持株会社・グループ形態:子会社株式は簿価ではなく評価額に置き換えて親会社に反映。「資産を子会社に落として親会社の株価を下げる」手法は封じられる方向
- 従業員持株会の見方が変わる:持株会株式の総額を企業価値から控除し、残りを持株会株式を除いた株数で割る案。持株会の比率が高いほど支配株主の1株当たり評価額は上がる。「持株会の設立は株価対策」という発想は逆転しかねない
- 配当還元方式の適用範囲縮小:持株比率の基準は3%程度まで下がる可能性も
- 影響の方向は会社ごとに異なる:上がるのは主に大会社と高収益・内部留保の厚い会社。低収益・赤字の会社は簿価純資産を下回ることもある
- 評価作業は簡便化:法人税申告書の別表四・別表五(一)と過去5年分の利益・配当があれば計算できる
10. 当面の対策
見直しは税制改正プロセスを経て決定され、早ければ令和9年度税制改正大綱に盛り込まれ、令和10年1月以降の相続・贈与から適用される可能性があるとみられています(時期は未確定)。
- 現行方式と残余利益方式の両方で試算する:直前期末の簿価純資産、過去5年の利益・配当があれば概算できる。還元率としんしゃく率が未定のため、複数シナリオ(例:還元率8%、しんしゃく率0.7〜1.0)で幅を持って把握する
- 承継時期の選択肢を整理する:現行方式で評価額が低く出る会社は移行前の贈与・移転を検討する余地がある。逆に低収益・小規模で新方式の方が低く出る会社は急ぐ必要がないかもしれない。移行直前の駆け込み的な取引には6項リスクと経過措置未定の留意が必要
- 既存スキームの再点検:8事例として名指しされた手法は、新方式で封じられるだけでなく、現行制度下でも6項適用のリスクが高まっている
- 役員報酬・退職金の設計を見直す:役員退職金は正常利益に加算される方向。直前期の多額支給による株価引下げ効果は期待できない
- 従業員持株会・少数株主の整理:規約の固定価格、退会時の買取条件など「一定の要件」の充足状況を確認。配当還元方式の適用範囲縮小に備え、少数株主の整理は早めに
- 事業承継税制の活用を再検討する:国税庁は一貫して「負担の問題は事業承継税制で」という立場。特例措置の適用期限や中堅企業が対象外である点を含め、自社が使えるかを確認
- 納税資金の確保:評価額が上昇する会社では、生命保険、退職金、金庫株の活用など早めに検討
参考:第5回 議事要旨/第5回 資料/当日机上配付資料(骨子)/委員提出意見書
第6回(9月16日)残余利益方式の「各論」と初の試算 ― そして経産省が動いた
計算式が見えた回
第6回は、第5回の骨子を前提に、残余利益方式の具体的な計算方法と技術的な検討事項が初めて詳細に示された回です。実データに基づく評価水準の試算が開示され、同じ日に経済産業省・中小企業庁が見直し案に対する意見書を提出しました。第6回の議事要旨は執筆時点で作成中のため、以下は公表資料と意見書に基づく整理です。
1. 論点マップ
| 残余利益方式 |
①法人税法上の数値の使用、②加算期間・時価としての妥当性、③含み損資産の減損処理、④オペレーティングリース等の利益操作、⑤過大な役員報酬等の社外流出、⑥子会社株式の修正範囲と方法、⑦従業員持株会株式の評価と控除方式、⑧純資産価額による頭打ちの要否 |
| 特定の評価会社 |
①位置付けと対象、②資産管理会社の区分と組織再編直後の会社、③適用する純資産価額方式 |
第7回以降には、純資産価額方式(計算の簡便化、3年以内取得不動産、退職給付引当金、法人税額等相当額、同族株主グループ50%以下の評価減)、還元率(一律とすることの是非、上場と非上場の差)、配当還元方式(意義と存置、適用株主の範囲、算式、原則的評価方式との評価額の乖離への対応)が残されています。評価水準を決める「しんしゃく率」と「還元率」は、まだ議論されていません。
2. 使用する帳簿:法人税申告書ベース
企業会計基準・中小会計指針・中小会計要領・法人税法と、中小企業が使う基準は複数あり、同じ事象でも会計処理に差が出ます。予測期間を5年に区切ると会計処理の差が評価額の差になるため、すべての企業が統一基準で作る法人税申告書(別表四・別表五(一))で株価を算定する案です。
- 直前期末の純資産価額=別表五(一)の利益積立金額+資本金等の額
- 当期純利益=別表四の所得金額(留保)+配当-法人税・住民税等。法人税申告書でもクリーンサープラス関係は成立する
- 受取配当等の益金不算入や特別償却が反映された純資産・利益になる
- 会計数値を使うと、評価額を下げる目的で法定耐用年数と異なる償却が行われるおそれがある
実務的に言えば、株価計算に必要なのは「直前期末の簿価純資産」「過去5年の年平均利益」「過去5年の年平均配当」の3つ。所得金額に非経常的損益の補正と法人税等の控除(中小法人の実効税率で28%程度)を加える調整は必要ですが、業種目判定と1株当たり資本金50円換算から解放されるのは確かです。「難しいほど報酬になる」という向きもあるかもしれませんが、ミスの温床が減ることは間違いありません。
3. 加算期間5年、ターミナルバリューは加算しない
「予測として現実的な年数かつ可能な限り長い期間」として、上場企業の中期経営計画が3〜5年であることも参考に、加算期間は5年程度。将来利益は課税時期前5年の正常利益から算出し、12か月未満の事業年度は12か月相当に修正します。6年目以降の残余利益(ターミナルバリュー)は算定が困難で逓減すると考えられることから、過小評価の可能性はあるものの安全性を考慮して加算しません。
4. 初めて示された評価水準の試算
会計検査院と国税庁の実態把握の対象となった1,378社について、加算期間5年・還元率8%と仮定した試算です。
図9 第6回資料の試算 ― 大会社は大きく上がり、小会社は下がる(αはしんしゃく率)
| 全体(1,378社、1.8%) |
58.2 |
71.6 |
64.4 |
57.3 |
50.1 |
| 大会社(128社、3.9%) |
38.2 |
79.8 |
71.8 |
63.8 |
55.8 |
| 中会社(820社、2.1%) |
53.4 |
74.0 |
66.5 |
59.2 |
51.7 |
| 小会社(430社、0.6%) |
63.8 |
63.2 |
56.8 |
50.5 |
44.2 |
現行の申告評価額の中央値を100とした増減率は、しんしゃく率0.8で大会社+71.7%、中会社+12.1%、小会社▲21.8%(全体+2.3%)、しんしゃく率0.7で大会社+50.3%、中会社▲1.9%、小会社▲31.6%(全体▲10.4%)。国税庁は「しんしゃく率0.8で大会社の水準(63.8)が現行の小会社(63.8)と、0.7で大会社の水準(55.8)が現行の中会社(53.4)と概ね同程度になる」と整理しています。
図10 第6回資料の試算 ― 現行評価額以下となる会社の割合
読み方には注意が必要です。示されているのは中央値だけで分布は見えません。子会社株式の修正などの個別調整は考慮されていません。そして「小会社の7〜8割は下がる」と書かれた表は、裏返せば「大会社の7〜8割は上がる」と読むべきものです。サンプルのROE中央値が全体1.8%、小会社0.6%と還元率8%を大きく下回る点も重要で、多くの中小企業では残余利益がマイナスになり、簿価純資産を下回る評価になることが示唆されます。「うまい数字の見せ方だ」という感想を持つ実務家は少なくないでしょう。
国税庁は、令和元年10月10日大阪高裁判決(非上場株式に公認会計士等の評価を義務付けると納税者に過度な負担がかかるため、評価通達で割り切った運用を容認せざるを得ない)を引き、税務上の評価は一定の割り切りにならざるを得ないとしたうえで、学術上の理論的根拠を持つモデルに税務上の修正を加えた今回の方式は「現行制度より合理的な評価方法への見直し」だと位置付けています。
5. 各論①:含み損資産の減損
簿価純資産をベースにするため、直前期末に多額の含み損(簿価>時価)があると評価額が過大になります。基準なく減損を認めると恣意的な選択を許すため、2要件の下で減損を反映する案です。
- 「一般に公正妥当と認められる会計基準」に照らし減損が生じていることを、決算公告等により明らかにしていること
- 減損額は、当該資産の簿価が相続税評価額を上回る部分に限ること
理論上、本来の残余利益モデルなら含み損は無限期間の残余利益のマイナスとして回収されます。過大な簿価純資産に還元率を掛けた分だけ残余利益が小さくなり続けるからです。しかし5年で切れば回収できません。「建物は減価償却期間で回収できても、土地は回収できない」という指摘は、会議の議論の流れを変えたと見られます。とはいえ、減損を決算公告で明らかにする、という要件は現実的でしょうか。「そんな決算を出したら融資を引き上げるぞ」と金融機関に言われかねない中小企業に、この道は狭い。バブル期に買った土地を抱える会社は、要注目の論点です。
6. 各論②:オペレーティングリース等
過去の利益に非経常的な損益が含まれる場合は補正し、正常利益を基に評価します。オペレーティングリースは、課税時期現在で存在するリース取引がなかったものとした状態に引き直し、利益だけでなく純資産もリースに係る資産の取得がなかったものとして修正します。
さらに「オペレーティングリース以外にも短期的に損益を調整できる商品があれば同様の対応が必要」とあり、対象は広がる見込みです。匿名組合出資、中古ヘリコプター、建物比率が7〜8割で4年償却できる米国の中古住宅などは、その筆頭候補でしょう。貸付用不動産を「オペレーティングリースの類似商品」として扱うのかどうかも、簿価純資産ベースの新方式では気になるところです。
7. 各論③:役員報酬・役員退職金
- 親族に対する役員報酬:経営の対価を上回る部分として一定割合を「会社の本来の利益」とみなして正常利益に加算する案。ただし国税庁自身が、法人税法の損金不算入規定との整合、適正な役員報酬を一律に決めることの妥当性から「慎重な検討が必要」としている
- 一時的な役員退職金等:非経常的損失として正常利益の計算上、利益に戻して評価。支払済の退職金は会社に戻らず個人の相続財産にもなるため、純資産の修正は行わない
第5回では複数の委員が役員報酬の加算に反対しています。退職金は加算、報酬は限定的、という着地が見込まれます。
8. 各論④:子会社株式の修正範囲
図11 子会社株式の修正範囲 ― 3つの選択肢
| 完全支配関係にある子会社株式 |
一の者が発行済株式の全部を直接・間接に保有 |
グループ法人税制と整合するが、判定を容易に回避でき企業価値評価として不十分 |
| 連結財務諸表作成対象の子会社株式 |
過半数の議決権を所有 |
本来の企業価値評価と整合するが、中小企業に連結範囲の判定が実務的に可能か |
| 持分法適用会社の株式 |
議決権の20%以上を所有 |
同上 |
国税庁案は「完全支配株式」に限り、簿価によらず適正な価額に修正して親会社に反映させる、というもの。極端な事例があれば範囲を見直すとしています。ただし、完全支配関係は株式の1〜2%を外に出せば外れます。もっとも、その場合はグループ法人税制から外れて法人税側で繰延べられていた課税が顕在化するため、相続税で得しても法人税で損をする、という別のトレードオフが生まれます。そう考えると、国税庁が「完全支配関係」にこだわる理由も見えてきます。
骨子の算式では、直前期末の純資産価額から子会社株式を除き、別途評価した子会社株式評価額を加算する構造です。純資産5億円の会社が10億円借りて10億円の子会社を買えば、親会社単体は債務超過。そこで子会社をどう評価して足し戻すのか。組織再編を伴うケースの検討は、まだ始まったばかりです。
9. 各論⑤:従業員持株会株式
従業員持株会を通じて保有し、規約等に固定価格が定められ、退会時は固定価格での買取により持出しができない、といった要件を満たす持株会株式は固定価格で評価。それ以外の株式は、企業価値総額から「固定価格×持株会株式数」を控除し、発行済株式数から持株会株式数を除いた株数で割ります。
この計算では、持株会の持分が大きいほど支配株主の1株当たり評価額が上がります。つまりオーナー企業にとって、従業員持株会の設立は「対策」から「逆効果」に変わりかねません。第5回でも「別々に計算すべき」との意見が複数出ており、修正の可能性はあります。
10. 各論⑥:純資産価額の頭打ちは残るのか
現行は、原則的評価方式の評価額が純資産価額を上回る場合、納税者の選択で純資産価額方式により評価できます(実質的な上限)。この取扱いを残すかは、純資産価額方式の位置付けの整理次第です。
| 個人事業者の財産評価との均衡 |
控除不可 |
控除可 |
個人所有と均衡を図る観点から選択と整理? |
| 会社財産に対する持分としての性格 |
控除可 |
控除不可 |
持分としての基本的性格を踏まえ選択と整理? |
| 清算価値 |
控除可 |
控除可 |
清算価値を継続企業の上限と整理するのは困難 |
国税庁は一貫して「純資産価額方式は清算価値ではない」という立場を崩していません。会社財産に対する持分としての性格を基本とすれば、退職給付引当金は控除でき、含み益に対する法人税等相当額は控除できず、頭打ちの選択は残る、という整理に落ち着く可能性があります。
11. 特定の評価会社:4類型と資産管理会社の判定
| ①株式の価値の大半を保有資産が占める会社 |
資産管理会社(資産保有特定会社) |
資産増殖能力を考慮せず純資産価額で評価するのが最も適当 |
| ②残余利益方式での評価が技術上困難な会社 |
組織再編直後の会社、開業後5年未満の会社、開業前の会社 |
将来予測に必要な実績値が確認できない |
| ③継続企業の前提に疑義がある会社 |
休業中の会社 |
事業再開を含め不確実 |
| ④継続企業の前提を欠いている会社 |
清算中の会社 |
清算分配見込額で評価 |
資産管理会社の判定は、現行の株特・土地特のような資産種類ごとの判定ではなく、事業承継税制の「資産保有型会社」「資産運用型会社」を参考にした形式基準です。特定資産(有価証券、自ら使用していない不動産、ゴルフ会員権、現金・預貯金等、絵画・貴金属等)の帳簿価額が総資産の70%以上、または特定資産の運用収入が総収入の75%以上のいずれかに該当すれば資産管理会社。判定は時価に洗い替えず帳簿価額で行います。事業活動に必要な運転資金を特定資産から除くこと、リースで保有する船舶・航空機を対象に加えること、不動産賃貸業をどう区別するかが検討事項です。
「組織再編直後」が何年なのかは、資料に書かれていません。現行の開業後3年未満は5年未満に延び、5年分のデータを使う以上、組織再編直後も5年と読むのが素直ですが、内部で組織資産を移した子会社と外から買ってきた子会社を同じに扱ってよいのか、という切り分けも未整理です。ここは「租税回避潰しのために作った制度が、新たな租税回避の入口になる」おそれのある部分でもあります。
12. 経済産業省・中小企業庁の意見書
同日、オブザーバーである経済産業省・中小企業庁から意見書が提出されました。会計検査院の報告は規模区分間の公平性を指摘したもので、類似業種比準方式そのものが不適切とまでは言っていない。10年間で14件のスキームへの対処としては、現行方式の枠内で取りうる対応から検討する余地がある。そのうえで、次の2点を求めています。
- 評価額の変動による事業承継への影響について、業種や経営状況に応じた個別具体的なケース別・類型別・マクロでの分析・試算を示し、拙速ではなく丁寧に検証・議論すべき。第6回の試算は規模別の中央値のみのごく限定的なもので、中堅・中小企業約175万社への影響を把握するには全く不十分
- 国の政策的方向性に逆行する見直しとならないこと。純資産に直近5年の超過収益を上乗せする方式は、資産規模が大きく収益性が高い企業や子会社を持つ企業の評価額を大幅に増大させ、成長投資を抑制するおそれがあり、「強い中堅・中小企業」「稼ぐ力の強化」を掲げる骨太方針2026の方向性に逆行する。事業承継税制は中堅企業が対象外で、中小企業でも活用できる者は限られる
役所が役所に対して「政府の方針に逆行する」と明言するのは異例です。オブザーバーには通常発言権がありませんが、この日は短時間の説明が認められました。評価の議論と税負担の議論を切り離す国税庁の立場は、税制改正プロセスの中で調整を迫られることになります。土俵際まで追い込まれていた「評価と負担は一体で」の陣営にとって、これは大きな援軍です。
13. 第6回を踏まえた実務の見方と、今後の予想
- 材料は法人税申告書にほぼ揃っている。直前期末の別表五(一)の純資産、過去5年分の別表四の所得金額と配当を用意すれば、しんしゃく率0.7〜1.0、還元率7〜8%程度の幅で概算できる
- 分かれ目は自社のROE(当期純利益÷簿価純資産)が還元率を上回るかどうか。上回れば簿価純資産以上、下回れば以下
- 資産管理会社の判定が帳簿価額ベースの形式基準になるため、現預金・有価証券・賃貸不動産の比率が高い会社は純資産価額方式に振り分けられる点に注意
- 持株会社、従業員持株会、組織再編直後の会社の扱いは最も変動余地が大きい。この部分に依存した承継計画は前提を固定しない方が安全
- 原則的評価方式と配当還元方式の評価額の乖離への対応(第7回以降の論点)については、持株比率に応じて両者を加重平均するような「グラデーション」型の調整が検討される可能性がある。1株の差で評価額が数十倍違う「崖」を、新方式でも作らないためだ
- 最終的な評価水準は税制改正プロセスの中で政治的に決まる可能性が高い。「還元率8%を7%に」「しんしゃく率を0.7に」といった数字の落としどころで決着する展開も十分あり得る。年末の税制改正大綱に向けた動きを注視したい
ここがポイント 第6回で議論は「方式の当否」から「しんしゃく率と還元率をいくつにするか」という具体的な設計へ移りました。評価水準はこの2つの「決め」に強く依存します。現段階でできる最善の準備は、自社の数字で現行方式と残余利益方式の試算を並べ、承継の時期と手法を複数シナリオで検討しておくことです。
参考:第6回 資料/経済産業省・中小企業庁「取引相場のない株式の評価」見直しに係る意見/国税庁 有識者会議ページ