2026-08-24 企業内部紛争 企業法務

非上場株式の評価ルール見直しと、株式集約・相続紛争実務への視座






昭和39年通達、62年目の転換点 ── 非上場株式の評価ルール見直しと株式集約・相続紛争実務 | 明徳法律事務所


非上場株式と向き合う
COLUMN|非上場株式の法務

昭和39年通達、62年目の転換点
── 非上場株式の評価ルール見直しと、株式集約・相続紛争実務への視座

掲載日2026年8月24日
執筆明徳法律事務所 代表弁護士 坂本 龍亮
分野非上場株式・株主間紛争/事業承継/相続

非上場株式(取引相場のない株式)の相続税評価をめぐり、国税庁が抜本的なルール見直しに動いています。2026年8月20日の有識者会議では、現行の類似業種比準方式を廃止し、簿価純資産と収益力に基づく「残余利益方式」へ一本化する新ルール案が示されました。昭和39年(1964年)の財産評価基本通達制定以来、初めての大改正です。
「税金の話だから、税理士マター」──そう受け止められがちですが、当事務所の見立ては異なります。税務上の評価水準は、株式集約の買取交渉から遺産分割・遺留分の争いに至るまで、非上場株式をめぐるあらゆる紛争の「相場観」を規定してきたからです。本コラムでは、見直しの現在地を整理したうえで、株式集約と相続紛争の実務にどう波及するかを、弁護士の視点から考察します。

一 いま何が起きているのか──有識者会議の現在地

発端は、会計検査院が令和5年度決算検査報告(2024年11月公表)で行った指摘です。現行ルールでは、会社規模や株主区分によって「類似業種比準方式」「純資産価額方式」「配当還元方式」を使い分けますが、方式間で評価額に大きな乖離が生じており、とりわけ規模の大きな会社ほど株式が相対的に低く評価される構造があること、配当還元方式の還元率(10%)が現在の金利水準と整合していないことなどが問題視されました。方式間の乖離を利用し、組織再編や持株会社化、種類株式の発行などを組み合わせて評価額を大幅に圧縮するスキームも横行し、国税当局は財産評価基本通達6項(いわゆる総則6項)による個別否認で対応してきましたが、その適用件数は平成27年から令和6年までの10年間で計27件(うち株式14件)にとどまり、個別対応の限界も明らかでした。

これを受けて国税庁は、2026年4月20日、「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」を設置。以後、議論は急ピッチで進んでいます。

有識者会議の経過と今後の見通し
2024年11月
会計検査院が令和5年度決算検査報告で評価方式間の乖離等を指摘

2026年4月20日
有識者会議・初会合。評価額圧縮スキームの実例と、見直しの4つの観点を提示

2026年5月〜7月
第2回〜第4回。時価概念のあり方、類似業種比準方式廃止の当否、資産管理会社への純資産価額方式適用など6つの論点を整理

2026年8月20日
第5回で新ルール案を提示。「残余利益方式」への一本化、会社規模区分・類似業種比準方式の廃止の方向性

2026年末〜
令和9年度(2027年度)税制改正大綱への反映を想定。通達改正案のパブリックコメントを経て、2028年1月以降の相続・贈与からの適用を目指すとされる

注意すべきは、非上場株式の評価ルールが法律ではなく国税庁の通達であるという点です。相続税法22条が「時価」による評価を定め、その具体的な計算方法を財産評価基本通達が示すという構造のため、国会審議を経ずに評価実務の根幹が変わり得ます。だからこそ、議論の進捗を早い段階から追い、先回りして手を打つことに意味があります。

二 見直し案の骨子──「残余利益方式」への一本化

第5回会議で示された新ルール案の柱は、次の転換です。

現行(昭和39年通達)
  • 会社規模で3区分大会社/中会社/小会社
  • 類似業種比準方式類似する上場会社の株価・配当・利益・純資産に比準
  • 純資産価額方式・併用方式規模区分に応じて適用
  • 配当還元方式少数株主向けの特例的評価。還元率10%

影響の方向は一様ではありません。報道等によれば、規模の小さい中小・零細企業では税負担が減る見通しがある一方、これまで類似業種比準方式の恩恵で低く評価されてきた優良企業や大規模非上場会社、そして資産管理会社では評価額が上がる可能性が指摘されています。会議では、日本商工会議所が事業承継への深刻な影響を懸念する意見書を提出する一方、税負担の問題は評価ルールではなく事業承継税制(納税猶予制度)の側で手当てすべきだとの意見も出ており、「評価は適正化し、配慮は税制で」という整理に向かう気配も見えます。

もっとも、2026年8月現在、通達はまだ改正されていません。決まっているのは議論の方向性であり、最終的な計算構造や経過措置は今後の税制改正プロセスとパブリックコメントを経て確定します。この「現行ルールが生きている残り時間」こそが、実務上の勘所です。

三 弁護士の視点──税務評価は「税」だけの問題ではない

ここからが、非上場株式の紛争を専門とする弁護士として、最もお伝えしたい点です。

遺産分割や遺留分、株式の買取交渉で問題になる株式の価値は、本来、民事上の「時価」であって、相続税評価額そのものではありません。裁判所も、税務通達に拘束されずに株式価値を判断します。しかし実務の現場では、相続税評価額が交渉と紛争の「錨(アンカー)」として機能してきたのが実態です。当事者双方が最初に手にする数字は税理士が算定した相続税評価額であり、買取価格の提示も、遺産分割協議のたたき台も、多くはそこから出発します。その錨の位置が62年ぶりに動く──これが今回の見直しの本質的なインパクトです。

株式集約(少数株主対策)への影響

分散した株式を経営陣に集約する場面では、少数株主からの任意の買取交渉において、配当還元価額が事実上の出発点・下限として扱われることが少なくありません。個人間の売買で時価より著しく低い価額で譲り受ければみなし贈与(相続税法7条)、法人が関与すれば低額譲渡としての課税リスクがあるため、「税務上の時価」が買取価格設計の安全圏を画してきたからです。

実務への波及
配当還元方式の還元率と対象株主範囲が見直されれば、少数株主保有株式の税務上の評価水準が変わり、「いくらなら課税リスクなく買い取れるか」というラインそのものが動きます。評価が上がる方向であれば、集約に要する資金負担は増え、少数株主側の期待値も上がる。逆にいえば、現行ルールが適用されるうちに集約を進めることの経済合理性が、会社によっては明確に生じ得ます。もっとも影響は会社ごとに正反対になり得るため、まず現行方式と想定新方式の双方で試算することが出発点です。

なお、スクイーズアウト(特別支配株主の株式等売渡請求・株式併合等)における裁判所の価格決定は、税務評価とは別個の「公正な価格」の判断です。ただ、当事者の交渉姿勢や鑑定実務の相場観が税務評価水準の変化と無関係でいられるとは考えにくく、間接的な影響は避けられないと見ています。

相続紛争(遺産分割・遺留分)への影響

相続財産に非上場株式が含まれる事案では、株式の評価額が、遺産分割における取得割合、後継者が他の相続人に支払う代償金、そして遺留分侵害額の算定を直接左右します。

実務への波及
これまで低く評価されてきた規模の大きな会社の株式が引き上げられる方向で確定すれば、遺産に占める自社株の比重が数字の上で膨らみ、遺留分侵害額や代償金の水準が切り上がる可能性があります。後継者にとっては、相続税負担の増加と代償金・遺留分対応の増加が同時に来る、二重の資金問題になりかねません。また、生前贈与された株式を遺留分算定の基礎に組み入れる場面や、特別受益の持戻しの場面でも、評価の前提が新旧どちらのルール感覚で語られるのか、当事者間の認識の齟齬が新たな紛争の火種になることが予想されます。

さらに、持株会社化や種類株式を用いた事業承継スキームは、今回の見直しが評価圧縮スキームの排除を明確に掲げている以上、税務上の説明合理性だけでなく、将来の株主間紛争・相続紛争における説明可能性まで含めて設計し直す必要があります。租税回避目的と評価されかねないスキームは、税務調査の場面のみならず、遺留分や株主間の対立の場面でも攻撃材料にされるのが実務の常だからです。

四 いま何をすべきか──「現行ルールの残り時間」の使い方

新ルールの適用は早ければ2028年1月以降の相続・贈与からと見込まれています。裏を返せば、現行ルールで動ける時間には限りがあります。当事務所が経営者・株主の皆さまにお勧めしたいのは、次の三点です。

第一に、現行方式・想定新方式の両にらみの試算。自社株が上がる会社か、下がる会社か。方向が分かれる以上、対策の前倒しが正解か、むしろ待つのが正解かも会社ごとに異なります。
第二に、株式集約の優先順位づけ。分散株式の買取り、名義株の整理、所在不明株主対応は、いずれも時間のかかる仕事です。評価水準の変動が交渉環境を変える前に、着手すべき案件を見極める必要があります。
第三に、事業承継・相続スキームの総点検。既存の持株会社体制や種類株式の設計、遺言・生前贈与の内容が、新ルールの下でも税務・民事の両面から耐えられるか。評価の錨が動けば、遺留分対策の前提数値も動きます。

評価ルールの見直しは、税理士の領域と弁護士の領域が正面から交差するテーマです。当事務所は、非上場株式・株主間紛争を中核分野とする法律事務所として、税務専門家とも連携しながら、議論の進捗を継続的にフォローし、続報をお届けしていきます。

非上場株式のご相談は、明徳法律事務所へ

少数株主からの株式買取り・株式集約、株主間の対立、自社株をめぐる遺産分割・遺留分の紛争、事業承継スキームの点検まで。非上場株式に関わる法律問題を専門的に取り扱っています。評価ルール見直しを踏まえた対応方針のご相談も承ります。

明徳法律事務所(大阪弁護士会)|大阪市西区江戸堀 ─ 肥後橋

※ 本コラムは2026年8月24日時点の公表情報・報道に基づく一般的な解説であり、個別の事案に対する法的助言ではありません。財産評価基本通達の改正はいまだ行われておらず、今後の議論により内容が変わる可能性があります。

  • 国税庁「取引相場のない株式の評価に関する有識者会議」各回資料・議事要旨(2026年4月〜8月)
  • 会計検査院「令和5年度決算検査報告」(2024年11月)
  • 日本経済新聞「非上場株の相続評価で新ルール案、純資産・利益で算定 事業承継に配慮」ほか関連報道(2026年8月)

© MEITOKU LAW OFFICE