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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第23講】

クリニックを定期借家に入れて大丈夫か ― 多額の内装投資と契約終了

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第23講 クリニックを定期借家に入れて大丈夫か― 多額の内装投資と契約終了

第Ⅲ部 不動産・開業コンサル・取引業者

クリニックは、簡単に移転できない場合があります。内装や機器への投資に加え、患者の通院、保険医療機関の指定、開設手続などを考える必要があるからです。移転の難しさは他業種にもありますが、診療を途切れさせないための準備は特に重要です。

定期借家が悪い契約だと言いたいわけではありません。条件次第では合理的な選択です。申し上げたいのは、投資の回収期間と契約の存続期間を、必ず横に並べて見てほしいということ。そして、すでに契約してしまった先生にも、確認すべき点が残っています。

例えば、次のような場面を考えてみてください。「期間は10年、定期借家契約です。再契約は可能ですので、ご安心ください」
内装に6000万円をかけ、融資の返済は15年。開業のときは、10年という数字が遠い先のことに思えました。
9年目の春、貸主が代わりました。新しい貸主から届いた通知には、こう書かれています。「本契約は期間満了により終了します。再契約の予定はありません」。

1 普通借家と定期借家の違い

建物賃貸借には、大きく二つの型があります。

普通借家では、期間が満了しても、賃貸人が更新を拒絶するには正当の事由が必要です(借地借家法28条)。正当事由は、貸主・借主が建物の使用を必要とする事情を基礎に、従前の経過、建物の利用状況や現況、そして立退料の申出などを総合して判断されます。借主保護の色が強く、実務では「簡単には出ていかなくてよい」契約です。

定期借家(借地借家法38条)は、法定の要件を満たせば、正当事由がなくても期間満了で終了する契約です。再契約には双方の合意が必要です。「再契約可能」という案内だけで、再契約が保証されるわけではありません。具体的な再契約の合意がある場合は、その内容と拘束力を別に確認します。

2 定期借家として有効になるための要件

ここが、この講でいちばんお伝えしたい部分です。定期借家は、要件を満たさなければ定期借家になりません。

第一に、書面で更新がない旨の契約をすることです。現在は、契約内容を記録した電磁的記録による契約も認められます(38条1・2項)。

第二に、契約前に、貸主が更新がなく期間満了で終了する旨の説明書面を交付し、説明することです(38条3項)。現在は、借主の承諾を得て法定の方法により電子提供することもできます(同条4項)。説明義務に違反すると、更新がない旨の定めは無効になります(同条5項)。

最高裁平成24年9月13日判決は、借主が更新のない契約だと知っていても、事前説明の書面は契約書とは別に必要だと判断しました。契約書に定期借家と書くだけでは足りません。現在の電子契約でも、契約と事前説明を区別して手続を整える必要があります。古い契約は、締結当時の法令と経過措置に照らして確認します。

契約書とは別の事前説明書面と、交付・説明を受けた記録を確認してください。電子提供の場合は、承諾、送信、受領の記録も対象です。手元に書面が見つからないことだけで、交付がなかったとは断定できません。終了通知が届いた後でも、速やかに資料を集めて検討します。

説明書面の中身と説明の実施も大切です。条文の写しや受領書がある場合は、その記載が今回の賃貸借の終了条件を示しているか、いつどのように説明されたかを確認します。「条文を印刷した紙だから必ず無効」「受領書に署名したから必ず有効」とは判断できません。

更新を排除する定めが無効でも、通常は賃貸借全体がなくなるわけではありません。普通借家としての更新の規律が問題になります。ただし、賃料滞納等による解除まで防げるわけではありません。また、賃料増減額請求は定期借家でも原則として適用され、賃料改定の特約がある場合に38条9項で適用が除かれます。

3 終了通知という、もうひとつの関門

期間が1年以上の定期借家では、貸主は満了の1年前から6か月前までに終了を通知しなければ、期間満了による終了を借主に対抗できません(38条6項)。通知が遅れた場合は、その通知から6か月が経過するまで対抗できません。元の満了日より前に終了する制度でも、当然に更新される制度でもありません。期間が1年未満なら、この通知規定は適用されません。

この通知制度は移転準備のためにも重要ですが、通知を待ってから動くと、物件探しや内装、行政手続が間に合わないおそれがあります。必要な期間は設備と地域の事情で異なります。満了日から逆算して、再契約と移転の両方を準備してください。

4 契約する前に決めるべきこと

定期借家で開業する場合、条件交渉で押さえるべき点を挙げます。すべては通らなくても、交渉のテーブルに載せる価値があります。

項目交渉のポイント
期間の設定税務上の償却期間だけでなく、実際の資金回収、融資返済、リース期間を比較する。満了時の残債と撤去・移転費用を賄えるか試算する。
再契約の取り決め「再契約可」だけで継続を前提にしない。協議時期、条件、合意の拘束力を確認する。協議の約束と再契約そのものの約束を区別する。
賃料の改定定期借家では、借賃の改定に関する特約があれば賃料増減額請求の規定が適用されないという建て付けになっている。増額の条件が一方的でないかを確認する。
原状回復の範囲診療所の内装は撤去費用が高額になりやすい。スケルトン返しなのか、造作を残せるのか。終了時の負担額を、契約時に見積もっておく(第26講)。
承継・M&Aへの備え将来クリニックを承継・譲渡するとき、賃借権を引き継げるか。貸主の承諾の要否と、承諾料の考え方を確認しておく(第141講)。
貸主が代わる場合建物の引渡し等による対抗力があれば、売買後も賃貸借を主張できるのが原則。先順位抵当権の実行による競売等は別に検討する。再契約の約束が承継されるかも確認する。

中途解約の条件も決めておきます。38条7項のやむを得ない事情による借主の解約制度は、一定の居住用建物が対象で、診療所の事業用契約にはそのまま使えません。閉院や移転の際に解約できるか、予告期間、違約金、残期間の負担を契約で確認してください。

5 すでに定期借家で入っている場合

いま確認すべきことは三つです。

事前説明書面、または要件を満たす電子提供の記録があるか。契約書のファイルだけでなく、当時のメールや説明・受領の記録も探し、締結日と説明日を確認してください。

期間満了と終了通知の時期はいつか。満了日、その1年前、6か月前を記録し、必要な移転準備期間を見て、十分前から再契約を協議します。例えば2年前からの着手が役立つ場合もありますが、早く動けば必ず再契約できるわけではありません。

移転する場合、いくらかかり、何か月かかるか。この試算があるかないかで、再契約の交渉での立ち位置が変わります。移転費用を把握している借主は、賃料の増額要求に対して現実的な線を引けます。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 賃貸借契約書を出し、普通借家か定期借家かを確認する
  • 定期借家なら、別個の事前説明書面や適法な電子提供、説明の記録を確認する
  • 期間満了日と、その1年前・2年前の日付をカレンダーに入れる
  • 内装・機器の投資額と融資の残期間を、契約期間と並べて書き出す

やってはいけないこと

  • 「再契約可能です」という口頭の説明を、更新の約束と受け取る
  • 満了時の残債や移転費用を試算せず、多額の投資をする
  • 終了通知が来てから、初めて移転先を探し始める
  • 契約書だけを確認し、事前説明の書面・電子記録や実施の有無を見落とす

7 よくある質問

契約書には定期借家と書いてありますが、別の説明書はもらった記憶がありません。
更新を排除する定めの効力が問題になり得ます。ただし、記憶がない・書面が見つからないことだけでは、説明がなかったとは断定できません。契約当時の法令に照らし、別個の書面、電子提供への承諾、送受信、説明の記録を確認します。契約書と資料をそろえて相談してください。
再契約を断られました。立退料は請求できますか。
有効な定期借家の満了には正当事由が不要で、満了だけを理由に立退料を当然に請求できるわけではありません。契約上の補償約束、事前説明の書面・電子記録、終了通知、貸主の行為等を確認し、別の請求根拠や交渉の余地があるか検討します。
契約のときに、宅建士から重要事項の説明を受けた記憶がありません。
貸主の直接賃貸だけでは、宅建業法上の重要事項説明義務は生じません。一方、宅建業者が代理・媒介する場合は同法35条の説明が必要です。これとは別に、定期借家には貸主の事前説明義務があります。貸主の代理人が説明する場合も、権限と内容を確認します。宅建士の説明を受けた記憶だけで、定期借家の要件が満たされたとは判断できません。
定期借家は避けるべきですか。
一律に避けるべきとは言えません。定期借家は、貸主にとって将来の自由度が高い分、賃料や条件面で借主が有利な条件を引き出せることもあります。判断の基準は「その期間で投資を回収できるか」と「終了したときに何を失うか」です。数字で比較してください。
建物が売却され、貸主が代わりました。契約はどうなりますか。
建物の引渡し等により賃貸借の対抗力があれば、売買後の所有者にも契約を主張できるのが原則です(借地借家法31条、民法605条の2)。ただし、先順位抵当権の実行による競売等では扱いが異なります。契約と登記を確認し、再契約の合意があればその承継も検討してください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・公的資料

  1. 民法

    契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  2. e-Gov法令検索:借地借家法

    建物賃貸借の更新・解約申入れ・借賃増減請求等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
  3. e-Gov法令検索:宅地建物取引業法

    2条・35条。直接賃貸と代理・媒介、重要事項説明。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC1000000176
  4. 最高裁判所:平成24年9月13日第一小法廷判決

    平成22年(受)1209号。定期借家の契約書と事前説明書面。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-82539.pdf

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