第4講 開業時の契約書を全部並べてみる― 院長の「契約棚卸し」
第Ⅰ部 開業前・開業設計
開業時の契約は、まとめて見渡すことが大切です。まず全契約を一覧にし、各契約の当事者・金額・期間・解約条件を確認します。そのうえで、金銭的な負担、変更の難しさ、医療安全や個人情報への影響を見て、詳しく検討する順番を決めます。本講では、その棚卸しの方法を整理します。
「契約書ですか? 内装のは工務店さんが持っているはずで、電子カルテのは、たしかメールでPDFが」――。
たとえば、賃料増額の通知をきっかけに書類を集め始め、契約内容を把握し切れていなかったと気づく場面です。開業準備では、物件、機器、システム、採用など、多くの契約が短期間に重なります。
1 開業時の契約を全部並べる ― 標準セット一覧
診療科や規模によって必要な契約は異なりますが、開業時には次のような契約が登場します。右列は重点項目であり、そこだけ読めば足りるという意味ではありません。
| 契約 | 相手方 | 重点的に確認する項目 |
|---|---|---|
| 建物賃貸借 | 貸主(管理会社が窓口・代理人となる場合もある) | 普通借家か定期借家か/期間・中途解約/原状回復の範囲(第23・25・26講) |
| 金銭消費貸借・保証 | 金融機関 | 借主・保証人・担保の区別/繰上返済・期限の利益喪失/追加融資の条件(第5講) |
| 医療機器リース・割賦 | リース会社 | 中途解約の可否と残債/保守は別契約か/承継時に引き継げるか(第28講) |
| 内装・設計工事請負 | 設計事務所・工務店 | 追加工事の手続と単価/工期遅延時の扱い/検収の方法(第27講) |
| 電子カルテ・システム | ベンダー | データを返してもらえるか(エクスポート)/解約時の移行支援/障害時の責任(第106講) |
| ホームページ・広告 | 制作・広告会社 | 契約期間・更新/ドメイン登録名義/著作権・管理ID/データの引渡し(第Ⅹ部) |
| 職員の雇用契約 | スタッフ | 労働条件通知/就業規則との整合/固定残業代/試用期間(第Ⅴ部) |
| 人材紹介 | 紹介会社 | 手数料率/早期退職時の返金条項/直接応募の扱い(第34〜35講) |
| 開業コンサルティング | コンサル会社 | 報酬の総額と発生時期/指定業者の縛り/開業後も続く義務がないか(第21〜22・30講) |
| 保守・清掃・警備・検査委託 | 各業者 | 自動更新と解約予告期間 |
| 各種保険 | 保険会社 | 医師賠償責任保険の被保険者の範囲/火災・休業・サイバー(第79講) |
就業規則は、個別の雇用契約とは別に、職場共通のルールとして確認します。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、作成・届出が必要です。作成・変更時の労働者側の意見聴取や、労働者への周知も必要になります(労働基準法89条・90条・106条)。
この表を自院用に書き換え、契約書と関連資料の保管場所を一覧化してください。紙は原本を保管して検索用のPDFを作り、電子契約は締結済みデータや電子署名・合意を確認できる記録も保存します。必要な人が安全に参照できる状態にしておくと、トラブル時に探す時間を減らせます。
2 優先順位のつけ方 ― 費用・期間・解約条件と診療への影響
全契約の基本事項を確認したうえで、次の観点から詳しく読む順番を決めます。
- 金額――月額だけでなく、契約期間全体の支払額、追加費用、保証・違約金を含めて見る。
- 拘束期間――当初の期間、更新後の期間、更新を断る期限、中途解約の可否を確認する。自動更新があるだけで無期限の拘束になるわけではない。
- 解約しにくさ――契約上の解約条件と、適用法令による解除・解約の可否を確認する。条項がない場合でも、法令上の解除等が認められることがある。
賃貸借・融資・保証・リースは、長期の金銭負担に関わるため優先的に検討します。一方、金額が小さくても、電子カルテ、医療機器の保守、検査委託、雇用などは、診療の継続や患者・職員の権利に大きく影響します。支払額だけで重要度を決めないでください。
3 「束」ならではの落とし穴
第一に、相手方の重複です。物件も内装も人材も広告も同じグループ会社、という構図は開業支援ではよくあります。1本ずつは適正でも、束で見ると解約できない網になっていることがある――契約一覧表に「相手方」の列を設けたのはこのためです。同じ名前が何度も出てきたら、第21〜22講をお読みください。
第二に、期間の不一致です。典型は、内装に多額を投じたのに賃貸借が短い定期借家、というズレ。投資の回収期間と契約の存続期間は、必ず横に並べて見比べてください(第23講)。融資の返済期間とリース期間、雇用の開始日と開業日も同様です。
第三に、契約当事者の確認です。開設者個人、医療法人、配偶者のいずれが契約しているかを整理してください。「設立予定の法人」は、まだ成立した法人ではありません。設立前に誰が契約上の責任を負い、成立後にどの方法で法人へ引き継ぐかを明確にします。法人を設立しただけで契約が自動的に移るとは限りません(第3講・第Ⅻ部)。
4 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 本講の表を雛形に、自院の契約一覧(相手方・名義・総額・期間・解約条件・保管場所)を作る
- 紙の原本と検索用PDF、電子契約の締結済みデータ・関連記録を整理し、アクセス権限とバックアップを設ける
- 全契約の基本事項を確認し、長期の金銭負担や医療安全・個人情報・雇用への影響が大きい契約から専門家に相談する
やってはいけないこと
- 「業者さんが持っているから大丈夫」と写しを受け取らないままにする
- 自動更新を「そのうち見直す」で放置する(契約ごとの更新拒絶・解約の通知期限を管理する)
- 契約一覧を作らずに、法人化・承継・M&Aの検討を始める(一覧はそのままデューデリジェンス資料になります・第10講)