第8講 「とりあえず半分ずつ」が危ない― 50対50共同経営のデッドロック
第Ⅰ部 開業前・開業設計
「対等で始める」なら、意見が割れたときの決め方まで設計してください。社団医療法人の社員は、出資額にかかわらず各1個の議決権を持ちます。出資を51対49にしても、そのまま社員総会の票数には反映されません。ただし、社員が2人なら常に1対1で全決議が止まる、という説明も正確ではありません。議長の扱い、定足数、決議要件と、社員総会・理事会・理事長の役割を合わせて見ます。本講で社員を扱う説明は、社団医療法人を対象とします。
本講では、①膠着による影響、②株式会社と社団医療法人の違い、③対立した後の選択肢、④予防のための組織と契約の設計を整理します。末尾の12項目は、共同開業の話合いに使ってください。
公平さを大切にすることと、すべてを二人の一致で決めることは同じではありません。重要事項を合意で決める設計には、暴走を防ぐ利点がありますが、対立時に進められなくなるリスクもあります。その状態をデッドロック(膠着)と呼びます。
1デッドロックの正体 ― 膠着すると何が止まるのか
法律・定款・規程や契約によって、二人の合意が必要な事項は異なります。対立により必要な決議や承認が得られないと、次の判断が止まるおそれがあります。
- 重要な意思決定――設備投資、借入、増改築、分院、電子カルテの更改、診療時間の変更。
- 人事――採用の決裁、問題職員への対応、給与改定。スタッフは「どちらの指示を聞けばいいのか」を敏感に察知し、院内は静かに二派に分かれ始めます(第60講)。
- 役員・報酬――役員構成の見直し、互いの報酬改定。とりわけ報酬は、後述のとおり最初の火種になりがちです。
- 出口――承継・M&A・移転・閉院など。すべて法律上の全員一致事項という意味ではありませんが、その案件に必要な決議・承諾が得られなければ進められません。
対立中も、患者対応、診療報酬の請求、給与・家賃の支払いなどは続きます。社員総会が開けないことと、既に権限を持つ理事長や担当者が日常業務を行えるかは別問題です。安全な診療を維持できない場合には、代診・転医支援・休止等も検討し、惰性で続けないことが必要です。
2出資割合と議決権は別 ― 人数だけで判断しない
株式会社では、同じ議決権のある株式を51対49で保有すれば、通常の決議で多数を確保できる場合があります。ただし、特別決議、種類株式、定款等による条件もあり、51%あれば何でも決められるわけではありません。社団医療法人の社員総会は、出資額に比例する制度ではない点が異なります。
医療法46条の3の3では、別段の定めがなければ、総社員の過半数の出席が必要です。議事は出席者の議決権の過半数で決し、可否同数のときは議長が決します。また、この場合に議長は社員としての議決には加わりません。二人が常に一票ずつを投じて同数になる、と単純に数えることはできません。議長の選任方法や、法令・定款上の別の決議要件も確認してください。
社員2人で、定款に別段の定めがないなら、一人の欠席で定足数を満たせなくなる問題があります。議長選任で対立することもあります。逆に、社員が3人でも、議長を通常の採決から外す仕組みや特別の決議要件があるため、「第三者を一人加えれば必ず決まる」とはいえません。さらに、多額の借入などの重要な業務執行は理事会の事項です。社員の人数と理事の人数を混同しないでください。
新設の社団医療法人は持分なし型で、社員であることだけを理由とする持分払戻しはありません。一方、実際の貸付金や未払報酬等の請求権まで消えるわけではありません。基金は無利息で、返還には定時社員総会の決議、純資産による限度、代替基金の計上などの条件があります。退社すれば直ちに全額返ってくる制度ではないことを、退出時の資金計画に織り込んでください。既存の持分あり法人は別途、定款に基づく持分払戻し等の検討が必要です。
3 膠着が起きた後の現実 ― 「残る側」と「出る側」の非対称
対立が続いている場合は、協議による役割調整・退出・事業の承継などを検討します。合意できない権利義務については、訴訟や仮処分等の法的手続が必要になることもあります。どの方法を選べるかは、法人の状態、定款、契約、具体的な権利侵害によって異なります。
同じ法人・場所で事業を続ける側は、名称や設備、契約関係などを維持しやすい一方、借入・雇用・患者対応の負担も引き続き担います。出る側にも、貸付金・未払報酬・退職金等の権利があり得ます。どちらが有利かを一律に決めず、誰に何が帰属し、どの契約や保証が残るかを一覧にしてください。患者は医師間で分配できる財産ではありません。
どの医療機関を受診するかは患者が選びます。解消契約では、患者への共同案内、診療情報の適法な引継ぎ、問い合わせへの対応、勧誘の扱いなどを整理します。二人の合意だけで患者を割り振ったり、個人情報を自由に持ち出したりすることはできません(第39講)。
対立が長引くと、離職、設備更新の遅れ、患者の不安などが事業継続を難しくするおそれがあります。時間の経過だけで有利になると期待せず、診療と資金繰りを守る暫定合意を検討し、協議の期限と次の手続を決めてください。
4予防設計 ― 社員構成・決議・契約を整える
設計① 社員構成と各機関の権限を整える
社員の顔ぶれだけで膠着を解消しようとせず、各機関の決議要件と合わせて、次のように検討します。厚生労働省の定款例は社員を3名以上置くことが望ましいとしています。これは社員についての説明であり、理事3名以上という法律上の原則と同じではありません。設立・変更時は所管自治体の認可基準等も確認します。
| 構成 | 特徴と注意 |
|---|---|
| (a) 社員3名以上にする | 人数を増やすだけでは膠着を防げない。議長の選任と議決参加、定足数、決議要件を確認する。第三者には実際に判断・参加できる人を選び、名義だけの社員にしない。 |
| (b) 社員を非対称にする | 共同開業者の一方は社員となり、他方は社員にならず理事・勤務医等として参加する構成も考えられる。ただし「法人全体の社員を1人にする」という意味ではない。必要な社員・役員構成を整え、社員にならない側の権限・報酬・退出条件を明確にする。 |
| (c) 既存の社員2名構成 | 既に社員2名の法人なら、定款と実際の運営を確認する。一人の欠席で会議が成立しなくなることや、議長の選任等で対立するリスクがある。人数だけで一律に違法・無効と断定せず、社員の補充と決議の仕組みを検討する。 |
設計② 契約の設計 ― 決め方・出口・値段を先に書く
共同開業契約・社員間協定に入れるべき条項は、第7講の9項目を土台に、デッドロック対策として次の三層を重ねます。
第一層:決め方の条項(膠着を解く手続)。両者一致で決められないときに、①一定期間の再協議、②顧問税理士・弁護士など合意した第三者を交えた協議、③それでも整わない場合の調停等の手続、と段階を踏む条項です。中身を決める条項ではなく「決まらないときの進み方」を決める条項であり、感情が沸騰した局面で「契約に書いてある手順だから」と言えること自体に、火消しの価値があります。
第二層:出口の条項。退出の手続、残る側の決め方、患者への共同案内、スタッフへの説明、保証解除の交渉、精算を定めます。社員の退社、理事の辞任、雇用の終了は分けて整理します。競業制限は、守るべき利益、地位、期間・地域・対象業務、代償等を踏まえて合理性を検討し、広く禁止するだけの条項にしないことが大切です。保証解除には債権者との調整も必要です。
第三層:精算の条項。既存の貸付金・未払報酬、基金、退職金などを分け、支払義務を負う人、根拠、算定方法、時期を明確にします。退職金は規程だけで足りるとは限らず、必要な決議・金額の相当性・税務も確認します。契約で「精算金」と名付けても、剰余金配当の禁止や基金返還の制限を回避できません。生命保険を原資とする場合も、契約者・被保険者・受取人と、実際に誰が支払義務を負うかを一致させます。
5 すでに膠着が始まっていたら ― 初動の三原則だけ
対立が始まった場合は、三つの対応を優先してください。①患者対応・医療安全について、経営上の争いと切り分けた暫定合意を目指す。合意できない場合も、各自の権限と責務に沿って安全確保の措置を検討する。②協議の申入れ、相手の応答、支出や契約の動きを日付とともに記録する。③スタッフや患者に経営者同士の対立への加担を求めない。具体的な初動は第20講で扱います。
保存版 共同開業契約・社員間協定チェックリスト(12項目)
- 器と社員構成――個人連携か共同経営か。法人なら社員を誰にするか(2名構成の危険を理解した上での選択か)。
- 意思決定の線引き――単独で決められる範囲と、両者一致が必要な範囲(金額基準つき)。
- 膠着解消の手続――再協議→第三者関与→調停等の段階条項。
- 報酬の算定式と見直し手続――金額ではなく決め方を書く。年1回の見直し時期も。
- 勤務量・休暇・療養時の調整――当直・学会・産休育休・病気療養と報酬の扱い。法令上の休業や不利益取扱いの禁止等を踏まえる。
- 追加資金の負担ルール――負担割合と、応じない場合の取り扱い。
- 退出の予告期間と残る側の決め方。
- 精算の算定式――貸付金、基金、退職金等を区別し、法令・必要な決議に沿った金額と支払時期を定める。
- 死亡・長期離脱――診療体制・遺族への支払い・生命保険の設計・管理者の後任(第6講の要件確認を含む)。
- 患者への案内と働きかけの節度――共同案内文の合意と、個別勧誘に関する取り決め。
- 競業に関する合意――期間・地域・範囲を実効的な限度に絞って。
- 保証・担保の整理――退出時の保証解除への協力義務と、解除できない場合の内部負担。
※ 法人の権限に関わる事項は、当事者間契約だけでなく、法令・定款・規程と必要な決議を整合させます。議事録は実際の決議内容を正確に記録するためのものであり、手続の代わりにはなりません。
6 よくある質問
- それでも「対等」でやりたいのです。50対50は絶対にだめですか。
- 対等な関係を目指すこと自体に問題はありません。ただし、出資・報酬・社員の議決権・理事会での決議を分け、どの事項で合意が必要かを確認してください。協議と退出の手順を整えても、対立を完全に防げるわけではありません。「50対50」と「51対49」の数字だけで安全性を比べないことが大切です。
- 途中から社員を3人にすれば解決しますか。
- 必ず解決するわけではありません。定款に基づく入社の手続が必要で、既に対立していれば入社の承認自体が争点になります。議長の扱いや決議要件によっては、3人でも膠着します。加える人の中立性だけでなく、実際に参加・判断できるかも確認してください。
- 夫婦で社員2名の医療法人です。この講の話は当てはまりますか。
- 関係します。定款例は社員3名以上を望ましいとしていますが、2名という人数だけで全決議が無効になるわけではありません。定足数や議長の扱いを含めて運営を確認します。離婚と、社員・役員の地位、持分、保証等は別の問題であり、離婚だけで法人関係が自動的に解消されることもありません(第115〜117講)。
- すでに膠着して1年になります。もう出口はありませんか。
- 合意による解消を目指すほか、個別の権利義務や決議の効力を裁判で争う、差し迫った権利侵害への仮処分を検討するなどの方法があり得ます。医療法人に株式会社の解散の訴えをそのまま使えるわけではありません。資金繰りや診療継続の状態を確認し、暫定措置と最終的な解決を分けて相談してください。
主な法令・公的資料
- 医療法
社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 医療法施行規則
管理者変更等の届出、面接指導実施医師(65条)、記録・安全管理。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 厚生労働省:社団医療法人定款例
社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf
- 厚生労働省:医療法人運営管理指導要綱
医療法人の機関運営、資産・会計・人事等の指導事項。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000548754.pdf
- e-Gov法令検索:会社法
株式会社の議決権と株主総会決議の比較(308条・309条等)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086
- e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律
医療法により準用される理事会の決議等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048