第14講 理事長を辞めさせたい・辞めさせられた― 医療法人のトップ交代
第Ⅱ部 医療法人・ガバナンス・内部紛争
理事長の交代では、理事長としての解職と、理事としての解任・任期満了を分けて考えます。決議する機関、議決に参加できる人、後任の要件、損害賠償の問題が異なります。本講では、交代を求める側と求められる側の双方について、手続・証拠・診療継続の観点から整理します。
本講の社員・社員総会に関する説明は、社団医療法人を対象とします。財団医療法人では評議員会が役員を選任し、解任にも別の要件があります。
「先生、明日の社員総会、議題に『役員の改選』が入っています」――。
事務長から渡された招集通知を見て、理事長は初めて理解します。ここ数か月、義弟と妹が頻繁に会っていたこと。顧問税理士が最近よそよそしかったこと。すべては明日のためだったのだと。
あるいは逆の立場。父が理事長のまま10年、経営判断は止まり、職員は疲弊している。「もう交代してもらうしかない」と決意した長男が、最初に調べるべきことは何か。
1 「理事長でなくなる」には二つのルートがある
対立に伴う交代で中心となるのは、理事長の地位だけを失う場合と、理事の地位自体を失う場合です。ほかに辞任・死亡等もあり、以下の二つが退任事由のすべてではありません。知事認可により理事1人とする法人では、その理事を理事長とみなす例外もあります。
| ルート | 中身と難易度 |
|---|---|
| ①理事長の地位だけを失う | 理事にはとどまるが、代表者の地位から降ろされる形。理事長は理事の中から選出される立場で、その選出・解職は理事会が行う。理事としては残るため、法人内での発言権は保たれる。なお理事長は原則として医師または歯科医師である理事から選出される(医療法46条の6第1項。都道府県知事の認可を受けた場合は例外)。 |
| ②理事の地位ごと失う | 理事の地位を失えば、原則として理事長の基礎となる資格も失う。任期満了による不再任と、社員総会による任期途中の解任を分ける。役員の任期は2年以内。ただし、任期満了・辞任による必要員数の不足では権利義務が続く場合があり、理事長の欠員にも準用規定がある。後任就任までを確認する(医療法46条の5の3・46条の6の2)。 |
任期満了時の不再任と、任期途中の解任では、医療法46条の5の2第2項の損害賠償の扱いが異なります。ただし、不再任なら常に争いなく交代できるわけではありません。後任の選任、必要員数、権利義務の継続、別途の契約上の約束を確認します。資金流用や安全上の問題が続く場合には、改選を待つ不利益も比較してください。
2 攻める側の準備 ― 「頭数・カレンダー・手続」
親の代からの共同経営者を降ろしたい、経営判断ができなくなった創業者に退いてもらいたい、法人の資金を私的に流用している理事長を止めたい。動機がどうあれ、準備すべきことは同じです。
第一に、決議する機関と参加資格を確認します。理事長の解職は理事会、理事の解任は社員総会です。名簿だけでなく選任・入退社の実体、議長、定足数、決議要件、特別利害関係を確認します。多数の賛同を得られなくても、違法行為への是正要求、監事への相談、差止め等の法的手段が検討できる場合があり、「人数がなければ何もできない」とは限りません。
第二に、任期と後任の就任時期を確認します。任期満了による退任で必要員数を欠く場合は、後任が就任するまで役員の権利義務が残ります。辞任・解任・死亡は同じ扱いではありません。欠員の状況によっては、知事による一時役員等の制度や、欠員補充の期限も確認します。
第三に、手続。ここが最も落とし穴の多いところです。社員総会の招集は誰が、どのように行うのか。定款所定の期間・方法を守っているか。議決権を行使できるのは誰か(委任状の扱いを含む)。議事録は作成・保管されているか。手続に瑕疵があれば、決議そのものの効力を争われ、交代したはずの理事長が復帰する事態にもなり得ます。「実質的に正しいのだから細かい手続は」と考えた側が、最後に負ける類型です(第16講で詳述)。
管理者を兼ねる理事長でも、理事長の解職だけで管理者や勤務医の地位が当然に消えるわけではありません。どの立場を変更するかを特定し、後任が必要なら要件・勤務体制・手続を整えます。経営上の対立を理由に患者対応を途切れさせず、安全を維持できない場合は代診・転医支援等も検討します。
3 守る側の初動 ― 「まだ理事長である」うちにやること
逆に、自分が降ろされそうだと察知した理事長は、何をすべきか。
第一に、社員名簿と定款を確認する。相手が本当に頭数を持っているのか、思い込みで諦めていないか。名簿が実態と食い違っている場合(本人の知らない入社・退社)は、その点自体が争点になります(第17講)。
第二に、手続を精査する。招集通知の期間・方法、議題の記載、議決権の行使方法。守る側にとって、手続の瑕疵は最大の武器です。
第三に、記録を残す。この時期のやり取りは、後に「解任に正当な理由があったか」「経営が適正だったか」を判断する材料になります。感情的なメールや職員への働きかけは、後で自分の首を絞めます。
第四に、事実の支配の確認。印鑑・口座・電子カルテ権限・契約書原本の所在を確認します(第13講第5章)。ただし、降ろされそうだからといって、法人の財産や情報を持ち出す・隠す・独断で処分することは絶対に避けてください。それは正統性を自ら手放す行為であり、後の損害賠償や刑事の問題にもなり得ます。
第五に、合意による解決も検討します。退任時期、正当な未払報酬・退職金、持分・貸付金、個人保証、雇用、診療の引継ぎを分けて整理します。決議に反対しても財産上の権利まで当然に失うわけではなく、競業制限にも合理性が必要です。交渉案と法的手続の見通しを比較してください。
4 交代が決まった後 ― 登記・届出・銀行・診療
交代の決議は終点ではなく、実務の始まりです。少なくとも次の作業が同時に走ります。
- 登記――理事長(代表者)の変更登記。ここが遅れると、対外的には誰が代表者か不明確な期間が生じます。
- 行政への届出――役員変更の届出。管理者も交代するなら、その届出も。
- 金融機関――代表者変更、口座・ネットバンキングの権限、そして連帯保証の扱い。退任する理事長個人の保証が自動的に外れるわけではなく、金融機関との協議が必要です(第5講)。ここは退任交渉の重要項目でもあります。
- 診療と職員への説明――対立の詳細を広めず、診療予定・責任者・連絡先を正確に案内する。継続の見通しが立っていないのに継続を約束せず、代診・転医支援・休止等が必要なら具体的に知らせる。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 役員の任期満了日を確認し、カレンダーに入れる(対立の有無にかかわらず)
- 社員名簿・定款の招集と議決の定めを読む
- 登記事項証明書で、現在の登記と実態の一致を確認する
- (対立が始まっているなら)やり取りの記録を日付つきで残し始める
やってはいけないこと
- 「解任だけ警戒して」任期満了という時限装置を見落とす
- 手続の細部(招集期間・議題の記載・議事録)を軽視する(攻める側の最大の失点です)
- 降ろされそうな側が、法人の財産・データを持ち出す/独断で処分する
- 後任の診療体制の目処なしにトップを交代させる
- 職員や患者を巻き込んで多数派工作をする(第20講)
6 よくある質問
- 理事長を解任するのに「正当な理由」は必要ですか。
- 理事長の地位だけを解く「解職」と、理事の地位を失わせる「解任」を区別してください。社団医療法人の理事の解任では、正当な理由がなければ医療法46条の5の2第2項による損害賠償が問題になります。一方、理事長だけの解職へこの条文を当然に同じ形で当てはめることはできません。契約・報酬・具体的な経緯も踏まえ、決議の適法性と金銭請求の根拠を別に検討します。
- 父が高齢で判断が難しくなっています。話し合いでの交代は無理そうです。
- 判断能力の低下が疑われる場合、多数決で押し切る前に、本人の状態に応じた法的手当(後見等)と、法人の意思決定を止めないための手続の両面を検討する必要があります。強行すると、後日「そのときの本人の意思」をめぐって親族間の紛争が再燃します。第127講・第129講と併せてご相談ください。
- 交代させられた後、退職慰労金や持分の払戻しは請求できますか。
- 退職慰労金は規程や決議の有無によります。持分あり法人の出資持分は、社員としての退社と結びついた財産権で、退社すれば払戻請求の問題になります(第18講)。理事長を降りることと、社員をやめることは別ですから、退任交渉では「どの帽子をいつ脱ぐか」を分けて設計してください(第12講)。
- 登記だけ勝手に書き換えられてしまいました。
- 決議の効力自体を争う手続と、対外的な混乱を止める手続を並行して検討することになります。急ぐべき事案ですので、通帳・カルテ・契約関係の状況を整理したうえで、早急にご相談ください(第20講)。
主な法令・公的資料
- 医療法
社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 厚生労働省:社団医療法人定款例
社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf
- e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律
医療法により準用される理事会の決議等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048