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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第26講】

原状回復だけで数千万円? ― クリニック内装と退去費用

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第26講 原状回復だけで数千万円?― クリニック内装と退去費用

第Ⅲ部 不動産・開業コンサル・取引業者

クリニックの退去費用は、設備や工事の範囲によって高額になることがあります。放射線防護や特殊配管を撤去する場合は、一般的な内装より工事が複雑になるためです。ただし、費用は契約の一行だけで決まりません。法令、合意した範囲、入居時の状態、実際に必要な工事を合わせて確認します。

この講は、退去を控えている先生と、これから契約する先生の両方に向けたものです。すでに契約済みの方には確認すべき点を、これから契約する方には交渉すべき点をお示しします。

例えば、次のような場面を考えてみてください。閉院を決めたのは、体調の問題でした。患者への周知も済み、あとは片づけるだけ——のはずが、貸主から示された原状回復の見積書に、目を疑います。
2870万円。内訳を見ると、レントゲン室の鉛壁の撤去、医療ガス配管の撤去、給排水の埋戻し、増設した電気設備の復旧、そして間仕切りをすべて撤去してコンクリート躯体の状態に戻す費用。
「契約書に、スケルトンでの返還と書いてありますので」と管理会社は言いました。

1原状回復は、民法の原則と特約を分けて読む

民法621条は、通常の使用による損耗や経年変化を、原則として借主の原状回復義務から除いています。この原則は住宅だけのものではなく、事業用の賃貸借にも関係します。借主の責任によらない損傷も原則として対象外です。まず法の原則を押さえ、そのうえで特約を確認してください。

国土交通省の「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」は、民間賃貸住宅を想定した指針で、法律そのものではありません。事業用契約にその負担表をそのまま当てはめることはできませんが、事業用なら通常損耗がすべて借主負担になるわけでもありません。通常損耗の負担やスケルトン返還の特約について、合意の内容・範囲・有効性を検討します。

最高裁平成17年12月16日判決は、住宅の通常損耗を借主に負担させるには、負担範囲を契約書に具体的に示すなど、特約の明確な合意が必要だとしました。事業用では、物件の用途、入居時の状態、工事の内容、交渉経緯等も踏まえて判断します。「事業用だから契約の記載は何でも有効」と考えず、何を戻す約束だったのかを確かめてください。

2 クリニックで費用が膨らむ理由

見積書の内訳で高額になりやすいのは、次のような項目です。

項目なぜ高くなるか
放射線室の防護鉛板や防護コンクリートを用いた壁・扉の撤去は、重量物の解体と搬出を伴う。処分にも手間がかかる。
医療ガス・特殊配管酸素・吸引、歯科のエア配管、検査系の給排水など。契約上の撤去対象と、共用・貸主設備との接続箇所を確認する。
給排水・排気処置室・手洗い・現像・滅菌のために増設した給排水や排気ダクト。床や壁の復旧を伴う。
電気容量大型機器のために増設した幹線や分電盤。増設したものを元に戻す作業。
造作全般受付カウンター、診察室の間仕切り、待合の造作。スケルトン返しでも、撤去対象と合意により残せる設備を具体的に確認する。

退去費用は、撤去対象の量、搬出経路、工事時間の制限、廃棄物の処理などで変わります。一般的な坪単価だけでなく、各設備の所有者と撤去義務、工事の数量・単価を確認してください。貸主やリース会社の設備まで、借主の判断で撤去してはいけません。

3 造作買取請求権について

借地借家法33条は、期間満了または解約申入れによって建物賃貸借が終了するとき、貸主の同意を得て付加した造作等を時価で買い取るよう請求できる場合を定めています。すべての内装・機器が対象になるわけではなく、物の性質、設置の経緯、契約終了の原因を確認します。購入額や工事代金をそのまま回収できる制度でもありません。

現行の借地借家法では、この権利を排除する特約も認められます。放棄・排除条項があるか確認してください。古い契約では旧法の適用が問題になる場合もあります。買取請求ができるかと、合意により設備を残せるかは、分けて検討します。

4承継・居抜きで、撤去を減らせるか検討する

次の入居者が設備を使えるなら、撤去の範囲を減らせる可能性があります。ただし、後継者が見つかっただけで原状回復義務がなくなるわけではありません。

承継や居抜きの交渉では、貸主・現借主・後継者の間で、残す設備、所有権、修理責任、将来の撤去費用を明確にします。現借主の原状回復義務をどこまで免除するのか、敷金・保証や未払債務をどう精算するのかも書面に残してください。リース機器は所有者の承諾なく譲渡できません。

閉院と承継は、費用や診療継続への影響を比較したい選択肢です。承継で撤去費用を抑え、対価を得られる場合もありますが、相手探しの期間や仲介費用、貸主の承諾が必要になります。健康状態や希望する終了時期も踏まえ、無理のない範囲で早めに検討してください(第141講・第148講)。

5 これから契約する先生へ

開業時の交渉で、次の点を確認してください。第2講で述べた「撤退条件を先に決める」の具体的な中身です。

  • 原状回復の範囲——スケルトン返しか、引渡し時の状態への回復か。契約書の文言と、可能であれば引渡し時の写真を残しておく。
  • 残置できるものの範囲——空調、給排水、電気設備など、次のテナントも使うであろう設備を残せるか。個別に交渉する余地がある。
  • 承継時の扱い——将来クリニックを承継・譲渡する場合に、賃借権を引き継げるか。貸主の承諾の要否と条件を、契約時に確認しておく。
  • 費用の目安——設計段階で退去工事の概算も相談する。調査・見積りの費用や前提条件を確認し、物価や工法の変化を見込んで定期的に見直す。

入るときに、出るときの工事と費用も考えておくと、設備の配置や施工方法を選びやすくなります。契約書、引渡し時の写真、竣工図、貸主の工事承諾書をまとめて保存してください。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 契約書の原状回復条項を読み、「スケルトン」「造作買取請求権の放棄」の記載を確認する
  • 引渡し時の写真や図面が残っているかを確認する
  • 退去を検討しているなら、原状回復の見積りを自分でも複数社から取る
  • 閉院を考え始めたら、承継の可能性を並行して検討する

やってはいけないこと

  • 貸主側が指定する業者の見積書を、比較なしに受け入れる
  • 対象となる造作、契約終了の原因、放棄条項を調べずに「買い取ってもらえる」と見込む
  • 原状回復の範囲を確認しないまま、退去日を先に確定する
  • 貸主の免除や所有者の承諾がないまま、後継者が使うから撤去は不要と判断する

7 よくある質問

見積りが高すぎると感じます。減額の交渉はできますか。
できる場合があります。まず、契約書上の原状回復の範囲を超えた項目が含まれていないかを確認します。そのうえで、他社の見積りを取って金額の妥当性を検証します。指定業者による施工が契約で定められている場合でも、範囲と単価について協議の余地が残ることはあります。見積書と契約書をお持ちください。
「スケルトンで返す」と書いてあります。全部撤去するしかないのですか。
「スケルトン」の具体的な範囲を、図面や引渡し時の状態、特約で確認します。共用設備や貸主所有の設備まで一律に撤去する意味とは限りません。残置できる設備があれば、貸主の承諾と義務の免除範囲を施工前に書面化してください。
敷金から差し引かれると言われました。
敷金は、賃貸借が終了して物件を返還したとき等に、未払賃料その他の担保する債務を控除して残額を返すのが原則です(民法622条の2)。見積書があるだけで全額控除が正当になるわけではありません。精算後でも請求できる場合がありますが、清算合意・請求放棄の文言や時効に注意し、不明な項目は早めに確認してください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 民法

    契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  2. e-Gov法令検索:借地借家法

    建物賃貸借の更新・解約申入れ・借賃増減請求等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090
  3. 国土交通省:原状回復をめぐるトラブルとガイドライン

    賃貸住宅を対象とする原状回復の考え方。

    https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html
  4. 最高裁平成17年12月16日判決(RETIO掲載の判決全文)

    平成16年(受)1573号。住宅の通常損耗の補修費用を負担させる特約。

    https://www.retio.or.jp/wp-content/uploads/2005/12/901.pdf

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