第36講 経歴詐称・資格詐称の医師を採ってしまった
第Ⅳ部 医師の採用・退職・独立
医師を採用するときは、免許と経歴を自院でも確認します。資格の有無や診療経験の食い違いは、患者の安全、雇用、保険請求に関わります。紹介会社が確認した場合でも、医療機関として必要な確認を省かないことが大切です。
この講では、採用時に何をどう確認するか、詐称が発覚したときに何ができるか、そして患者と行政にどう向き合うかを整理します。
例えば、次のような場面を考えてみてください。「あの先生、本当に専門医なんですか」
看護師の何気ない一言から始まりました。履歴書には「○○学会専門医」とあり、ホームページにもそう掲載しています。学会の専門医検索で名前を引くと、該当がありません。
その医師は、すでに半年間、その専門を掲げて外来を担当していました。
1 採用時の確認 ― 手段はある
採用前に、自院で資格と担当業務に必要な経歴を確認します。紹介会社の確認内容も共有してもらい、次の方法を組み合わせてください。照会できない事項があれば、理由と代替資料を確認します。
| 確認対象 | 確認方法 |
|---|---|
| 医師免許 | 免許証原本と本人確認書類を照合し、確認日と必要な写しを保管する。厚生労働省の医療機関向け資格確認検索も併用する。検索は原本確認を補うもので、検索結果や写しだけで本人の資格を確定しない。 |
| 保険医登録 | 保険医登録票を確認する。保険医療機関で保険診療に従事する医師には保険医登録が必要(健康保険法64条)。古い登録票だけで現在の登録状態や取消歴のすべてが分かるわけではなく、疑問があれば地方厚生局へ照会する。 |
| 行政処分歴 | 厚生労働省の資格確認検索と公表資料、本人の申告を照合する。検索の処分情報は原則として業務停止期間中等の表示であり、表示がないことは処分歴が一切ないことを意味しない。 |
| 専門医・認定医 | 認定主体の検索や有効な認定証で、資格名・有効期間・更新状況を確認する。検索に出ないときは本人と認定主体に確認する。資格が実在しても、広告可能な資格・表示方法かは別途確認する。 |
| 職歴 | 照会する目的・相手・項目を本人に説明し、同意を得て必要な範囲で前職に確認する。在籍期間に加え、勤務形態や担当業務も区別する。人脈を通じて本人に無断で情報を集めたり、噂だけで判断したりしない。 |
| 賞罰・処分歴 | 医師免許・保険医登録の現在の制限や診療業務に関係する処分等について、確認する目的と範囲を具体的に示す。賞罰欄だけで一括して尋ねず、犯罪歴等の要配慮個人情報は取得の根拠・必要性・管理方法にも注意する。 |
確認の目的と手順をあらかじめ説明し、すべての候補者に同じ基準で対応すると、行き違いを減らせます。質問や提出方法の相談をしたことだけで、不誠実な候補者と決めつけないでください。取得した書類へのアクセスも担当者に限ります。
資格検索は、届出の状況や氏名の表記などにより該当者が表示されないことがあります。専門医の公開名簿も、更新・公開範囲等の確認が必要です。「検索に出ない」と「資格がない」を分け、原本や本人確認、発行元への照会を通じて事実を確かめます。
2 発覚したとき、雇用関係はどうなるか
(1)医師免許がなかった場合
医師免許がないことが確認できたら、直ちに診療から外し、有資格者による患者対応を確保します。医師でない者の医業は医師法17条で禁止されています。免許証・勤務記録・診療録等を保全し、警察、保健所、地方厚生局への相談・対応、患者への説明、請求の訂正等を進めてください。契約の終了方法は別に検討し、「診療を止めること」と「その日に雇用を終了できること」を混同しないことが大切です。
(2)専門医資格や職歴の詐称の場合
医師免許は本物だが、専門医資格や職歴が虚偽だった場合、雇用契約をどうするかという問題になります。
経歴詐称による懲戒では、採用判断に与える影響、虚偽の内容、本人の認識、その後の勤務等を踏まえます。炭研精工事件の最高裁平成3年9月19日判決は、学歴の詐称や二度の懲役刑等に関する原審認定を前提に、懲戒解雇を有効とした判断を是認したものです。医師の専門医資格の詐称なら常に懲戒解雇できる、と判断した判例ではありません。
確認すべきなのは、何を尋ね、何を答え、何が採用判断に影響したかです。積極的な虚偽の説明と、尋ねていない事項を申告しなかったことは区別します。「賞罰」の対象や申告義務の有無は、質問内容・職務・法令上の資格制限等によって異なり、過去の処分をすべて申告すべきだとも、聞かれなければ一切申告不要だとも断定できません。
懲戒処分を検討する場合は、あらかじめ定めて周知した就業規則の根拠を確認し、事実調査と本人の説明を踏まえて判断します。弁明手続などの定めがあれば従ってください。懲戒事由があっても、処分が重すぎれば無効になり得ます(労働契約法15・16条)。有期契約の途中の解雇では、同法17条の要件も確認します。
解雇予告・予告手当は、解雇理由の有無とは別の問題です。労働者の責めに帰すべき事由を理由に予告等を省くには、労働基準監督署長の除外認定が必要です。「懲戒解雇だから予告手当は不要」とは限りません(労働基準法20条)。
(3)解雇以外の選択
資格の誤記、更新切れ、意図的な虚偽などを区別し、診療能力と安全性を評価したうえで、担当変更や合意退職を検討する場合もあります。担当や報酬を一方的に変更してよいわけではありません。誤った広告・ホームページの表示は、証拠を保存したうえで速やかに修正し、診療や算定への影響も調べます。
3 患者と行政への向き合い方
専門医資格について誤った説明で受診を勧めていた場合は、診療への影響と患者の選択への影響を調べます。表示の訂正だけで足りるか、対象患者に個別説明や再診の案内が必要かを検討してください。患者に危険が及ぶおそれがあるときは、相談や調査の完了を待たず必要な安全確保を進めます。説明する事実と窓口も統一します。
保険診療の面では、資格を前提とする施設基準や加算の算定があれば、その扱いを確認します。専門医資格が算定要件に関わっていた場合、返還の問題が生じ得ます(第Ⅸ部)。
4 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 在籍する全医師について、医師免許証の写しと資格確認検索の照合結果が保管されているかを確認する
- ホームページの専門医資格を、認定証・認定主体の検索等で照合し、有効期間と広告表示を確認する
- 採用時の確認書類と質問を定型化し、資格・職務に必要な範囲で申告を求める
- 就業規則の懲戒事由に経歴詐称が含まれているかを確認する
やってはいけないこと
- 紹介会社の「確認済み」を信じて、自院での確認を省く
- 免許証の写しだけで確認を終える(原本と公的な検索の両方で)
- 詐称が発覚した日に、調査も弁明の機会もなく即日解雇を告げる
- 詐称の事実を知りながら、広告やホームページの表示を放置する
5 よくある質問
- 専門医資格の詐称が分かりました。すぐ解雇できますか。
- 採用判断に重要な資格なら懲戒事由になり得ますが、直ちに解雇が有効になるわけではありません。虚偽の内容と経緯、就業規則、処分の相当性、弁明等の手続を確認します。診療への安全措置と、解雇・予告手当等の判断を分けて進めてください。
- 採用時に処分歴を聞いていませんでした。後から分かった場合、詐称になりますか。
- 尋ねていない事項の不申告を、直ちに詐称とはいえません。一方、現在の医業停止など診療資格に関わる事情は別途の検討が必要です。採用時の質問・説明、処分内容、当時と現在の業務への影響を確認してください。今後の質問も、職務上必要で合理的な範囲に絞ります。
- 患者に説明する義務はありますか。
- 診療の安全や患者の受診判断にどのような影響があったかを確認します。個別説明が必要な患者の範囲、再診・転院の対応、告知の方法を決めてください。危険がある場合は安全確保を急ぎ、表示を直しただけで対応を終えないことが大切です。
主な法令・参考資料
- 労働基準法
法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- 個人情報保護法
個人データの取扱い、委託、仮名加工情報・匿名加工情報の区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - e-Gov法令検索:医師法
7条(行政処分)、17条(無資格者の医業の禁止)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201 - e-Gov法令検索:健康保険法
64条、70条の2、80・81条。保険医登録と管理者の責務等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070 - 厚生労働省:医師等資格確認検索
原本確認と検索の関係、掲載対象・行政処分情報の表示期間。
https://licenseif.mhlw.go.jp/search_isei/index.jsp - 全国労働基準関係団体連合会:炭研精工事件
最高裁平成3年9月19日判決の判決理由等。
https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/05797.html