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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第43講】

固定残業代にしておけば大丈夫、ではない

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第43講 固定残業代にしておけば大丈夫、ではない

第Ⅴ部 スタッフ労務

固定残業代は、一定額を時間外労働等の対価として支払う仕組みです。給与の見通しを立てやすくする一方、毎月の労働時間の把握や割増賃金の計算は必要です。定額を払えば精算が不要になる制度ではありません。

固定残業代として認められるには、通常の賃金との区別や、時間外労働等の対価といえる実態が必要です。認められない場合には、別途の割増賃金に加え、その手当を算定基礎に含めるかも問題になります。スタッフの給与では、最低賃金との比較も欠かせません。

例えば、次のような場面です。院長は「月3万円の固定残業代を払っているから大丈夫」と考えていました。社労士に給与明細を見せると、「この3万円がどの労働の対価なのか、契約と説明を確認しましょう。毎月の不足額の計算と、最低賃金との比較も必要です」と指摘されました。

1区別・対価・精算を確認する

固定残業代では、合意の内容と実際の支払を分けて確認します。次の三点が、実務上の確認の柱です。

第一に、通常の賃金と区別できること。通常の労働に対する部分と、時間外労働等に対する部分を判別できる必要があります。「月給25万円、残業代込み」とだけ書き、他の合意からも区別できなければ、固定残業代として扱えません(第31講・康心会事件)。

第二に、時間外労働等の対価といえること。日本ケミカル事件(最高裁平成30年7月19日判決)は、契約書等の記載、使用者の説明、実際の勤務状況等を考慮するとしています。手当の名称だけで決まるわけではなく、実際の残業が想定時間より短いだけで直ちに無効になるわけでもありません。

第三に、不足額を精算すること。毎月、対象となる労働について法定の方法で計算した額と固定分を比較し、不足を支払います。この支払義務と、固定残業代の合意自体の有効性は区別して検討します。差額を払わなかっただけで合意のすべてが当然に無効になる、と決めつけることも適切ではありません。

2 契約書に何を書くか

実務で求められる書き方は、次のとおりです。

  • 基本給の額と、固定残業代の額を分けて記載する。
  • 対象が法定時間外・法定休日・深夜のどれかを明らかにし、金額と対応する時間数・計算方法を示す。時間数の記載だけが、有効・無効を決める独立の基準ではない。
  • 対象労働について計算した割増賃金が固定分を上回る場合には、不足額を追加で支払うと定める。
  • 給与明細でも、基本給と固定残業代を分けて表示する。

毎月の時間外・休日・深夜労働を記録し、支給額と比較します。昇給で計算の基礎が変わる場合や、対象に含めていない深夜・休日労働がある場合は、想定時間数以内でも追加支払が必要になり得ます。実際の残業が少ない月も、合意した固定額をその理由だけで当然に減らすことはできません。

3 最低賃金という、もう一つの壁

最低賃金との比較では、所定時間外・所定休日の労働に対する賃金や、深夜労働に対する割増部分などを除きます。通勤手当、家族手当、精皆勤手当など、ほかにも除外される賃金があります。月給なら、比較対象の月額を1年間における1か月平均所定労働時間で割り、適用される最低賃金以上かを確認します。

例えば、月給25万円の内訳が基本給20万円と固定残業代5万円だけなら、比較に用いる月額は原則として20万円です。手当を増やして基本給を抑えた設計では、最低賃金を下回ることがあります。改定額だけでなく発効日も確認し、給与を見直してください。

4時間数は実態と上限規制を踏まえて決める

想定する時間数は、実際の業務量と給与水準を踏まえて決めます。固定分を大きくしても勤怠把握と毎月の比較計算は省けず、職員にその時間まで残業する義務が当然に生じるわけでもありません。

看護師・受付・医療事務など一般の労働者では、時間外労働は原則として月45時間・年360時間が限度です。特別条項や一定の変形労働時間制には別の要件・限度があります。固定残業代は36協定の代わりにはならず、長時間労働を許すものでもありません。想定時間が大きい場合は、合意の合理性と実際の勤務体制を点検してください。医師の特例は第44講で扱います。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 雇用契約書と給与明細で、基本給と固定残業代が分けて記載されているか確認する
  • 固定残業代の対象・金額・時間数等を明示し、法定の計算額に不足すれば差額を支払うと定める
  • 固定残業代を除いた時給を計算し、現在の最低賃金と比較する
  • 毎月の時間外・休日・深夜労働を把握し、対象となる賃金額を計算して固定分の不足を精算する

やってはいけないこと

  • 「月給○円(残業代込み)」という書き方をする
  • 固定残業代を払っているからと、時間外労働の把握をしない
  • 固定残業代を含む総額だけで、最低賃金を満たすと判断する
  • 最低賃金の改定後も、給与設計を見直さない

6 よくある質問

固定残業代の時間数を超えることはほとんどありません。差額の支払は形式的なものですか。
時間数以内でも、昇給や深夜・休日労働の扱いによって不足することがあります。時間数だけでなく金額を比較し、固定分で支払った範囲と別途支払う範囲を確認します。毎月の記録と計算を省くことはできません。
今の契約書に時間数が書かれていません。今から直せますか。
本人に対象・金額・計算方法を説明し、必要な合意を得て明確にできます。ただし、従来の基本給の一部を一方的に固定残業代へ振り替えることはできません。時間数の記載がないだけで直ちに無効とは限らず、過去の有効性と未払の有無は、その時点の合意・説明・支払実態から別に検討します。
医師にも固定残業代は使えますか。
使えますが、同じ要件が求められます。医師の年俸について最高裁が判別可能性を要求した事案(康心会事件)を第31講で扱いましたので、あわせてお読みください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 労働基準法

    法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049

  2. 最高裁判所:平成29年7月7日第二小法廷判決

    平成28年(受)222号。勤務医の年俸と割増賃金。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86897.pdf
  3. 全基連:日本ケミカル事件

    最高裁平成30年7月19日判決の理由等。定額手当と割増賃金。

    https://www.zenkiren.com/Portals/0/html/jinji/hannrei/shoshi/09244.html
  4. e-Gov法令検索:最低賃金法

    4条。最低賃金以上の賃金の支払。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000137
  5. 厚生労働省:地域別最低賃金の全国一覧

    適用地域の金額と発効日の確認。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/minimumichiran/index.html

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