第44講 医師の働き方改革― 院長が押さえるべき時間外労働のルール
第Ⅴ部 スタッフ労務
2024年4月から、医師の時間外労働に上限規制が本格適用されました。「医師の働き方改革」という言葉は大学病院や救急病院の話として語られがちですが、診療に従事する勤務医を一人でも雇っていれば、クリニックも対象です。しかも、副業先の労働時間まで通算して判断されるため、自院だけを見ていても管理できません。
この講では、院長が経営者として押さえるべき点に絞って、上限の数値、面接指導、追加的健康確保措置、36協定、副業の通算を整理します。制度の細部は膨大ですが、クリニックでは、自院の勤務実態を把握したうえで、必要な通知・省令まで確認することが重要です。
例えば、次のような場面です。「うちは診療所で、常勤医は私と勤務医の2人。働き方改革は大病院の話でしょう」
そう言っていた院長のもとに、労働基準監督署から調査の連絡が来ました。勤務医の時間外労働が、副業先の当直と合わせると月100時間を超えていたのです。副業先の勤務時間を把握していなかったこと、36協定を結んでいなかったこと、面接指導を行っていなかったこと。指摘は三つ重なりました。
1 上限の数値 ― A水準と特例水準
診療に従事する勤務医にも、36協定の時間外労働の限度は原則として月45時間・年360時間です(一定の変形労働時間制には別の限度があります)。臨時的な必要がある場合の特別条項には、医師の特例があります。2024年4月以降、A水準では時間外・休日労働が年960時間、月100時間未満を上限とします。月100時間については、面接指導等による例外があります。年960時間まで自由に働かせられる、という意味ではありません。
地域医療や集中的な研修のため、知事の指定を受けた医療機関で対象業務に従事する医師には、B・連携B・C水準が適用される場合があります。B・C水準の年上限は1,860時間です。連携B水準は、各医療機関では年960時間、複数の勤務先を通算した医師個人の上限は年1,860時間です。いずれも月100時間未満を原則とし、面接指導等による例外があります。指定には、時短計画・第三者評価など、水準ごとの要件と手続が必要です。
まず、自院で適用する水準と、医師本人が副業先で適用を受ける水準を確認します。自院がA水準でも、副業先で特例水準が適用される医師は、通算の年上限が1,860時間となる場合があります。その場合も、自院で定めた36協定の範囲を超えることはできません。月・年の残り時間と勤務予定を合わせて管理してください。
2 36協定 ― 医師にも必要
法定時間外・法定休日に労働させるには、原則として36協定の締結・届出が必要です。協定の相手は事業場の過半数労働組合、なければ適正に選ばれた過半数代表者です。院長が一方的に代表者を指名する方法では足りません。診療に裁量があるだけで、裁量労働制や管理監督者の扱いになるわけでもありません。
医師を対象に含む36協定で、適用水準、延長時間、休日労働等を具体的に定めます。特例水準の指定を受けた病院でも、全医師が自動的に特例の対象になるわけではありません。また、36協定は残業代を不要にするものではなく、雇用契約等の時間外勤務を命じる根拠も確認します。
3 面接指導 ― A水準でも義務
病院・診療所の管理者は、月の時間外・休日労働が100時間以上となる見込みの対象医師に、面接指導を実施します。A水準でも義務があり、副業先との通算で判断します。原則として100時間に達するまでに行います。A水準等で、勤務・睡眠・疲労の状況等を確認して疲労の蓄積が認められない場合に限り、100時間以上となった後、遅滞なく実施できる例外があります。単に翌月にまとめればよい、という扱いではありません。
面接指導の担当者は、対象医師が勤務する病院・診療所の管理者ではなく、所定の講習を修了した医師でなければなりません(医療法施行規則附則65条)。院外の医師に依頼することもできます。自院の管理者である院長が、自院勤務医へのこの面接指導を担当することはできません。
面接後は担当医の意見を聴き、必要に応じて労働時間の短縮や当直回数の削減等を行います。月155時間を超えた医師には、労働時間を短縮するための必要な措置を必ず講じます。面接結果等は5年間保存します。複数の勤務先がある場合は、一つの勤務先での面接結果を必要な書面で共有する方法もありますが、各院で意見聴取・措置等を適切に行う必要があります。
4 追加的健康確保措置
長時間労働となる医師の健康を守るための措置として、次のものが定められています。
| 措置 | 内容 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 連続勤務時間の制限 | 通常の日勤では、始業から24時間以内に9時間の連続した休息を確保する仕組み(連続勤務は原則15時間まで)。許可のない宿日直を含む場合は、46時間以内に18時間の連続した休息を確保する仕組みもある(連続勤務は28時間まで)。 | 対象となる特例水準の医師は義務。対象となるA水準の医師は努力義務。 |
| 勤務間インターバル | 休息を勤務予定に組み込む。許可のある宿日直や、C-1水準の臨床研修医には別の取扱いがあり、一律に「当直後9時間」とはしない。 | 同上 |
| 代償休息 | やむを得ず確保できなかった休息等に対応する休息を、原則として翌月末までのできるだけ早い時期に付与する。あらかじめ恒常的に休息を削る運用にはしない。 | 同上 |
| 面接指導と就業上の措置 | 月100時間以上見込みの医師への面接指導と、結果に基づく措置 | 全水準で義務 |
A水準の休息確保の努力義務は、年の時間外労働が720時間を超える見込み、又は月45時間を超える月が年6か月を超える見込みの医師等を対象とします。C-1水準の臨床研修医には、連続勤務を原則15時間までとするなど、手厚い別のルールがあります。自院で該当する医師の区分を確認してください。
許可のある宿日直を一定の条件で連続9時間行う場合は、勤務間インターバルを確保したと扱う仕組みがあります。そのため、当直明けの外来がすべて直ちに違反となるわけではありません。ただし、実際の呼出し、睡眠、疲労を確認し、必要な休息を確保します。制度上の区分だけで患者の安全を判断しないでください。
5 副業・兼業の通算 ― クリニックにとって最大の論点
雇用先が複数あるときは、労働時間の通算が必要です。ただし、「自院の残業+他院の全勤務時間」という計算で常に足りるわけではありません。所定時間、法定時間、休日等の関係を整理して時間外・休日労働を算出し、同じ時間を二重に数えないようにします。各院の36協定の上限と、通算した医師個人の上限は、別に確認します。
したがって、クリニックがすべきことは次の三つです。
- 副業の把握。雇用契約で副業を届出制とし、副業先と勤務時間を申告してもらう(第31講)。申告の様式を作り、変更があれば更新する。
- 通算した時間の管理。勤務先ごとの実績・予定と適用水準を確認し、医師個人の月・年の上限、各院の36協定、面接指導・休息の要否を管理する。宿日直許可の範囲内の時間と通常勤務の時間を区別する(第45講)。
- 面接指導の要否の判断。通算して月100時間以上が見込まれれば、面接指導の対象になる。
本人の申告を基本に、必要に応じて本人の同意を得て勤務先間で勤務実績・予定等を確認します。面接指導の実施先と結果の共有方法も決めておくと円滑です。申告書を提出させるだけで管理責任を果たせるわけではなく、把握した長時間勤務や疲労に対して、自院の勤務を調整する等の対応が必要です。
6院長自身にも適用されるか
労働基準法の上限規制は、労働者に適用されます。自ら事業を営む個人開設者や、実質的な経営者としての理事長は、通常その立場では労働者に当たりません。一方、「院長」「理事」という肩書だけで対象外と決まるわけではなく、指揮命令や勤務実態から判断します。管理監督者についても実態に基づく検討が必要で、健康確保の義務まで一律に消えるわけではありません。院長自身の過重勤務も、医療安全の観点から管理してください。
7 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 勤務医がいるなら、36協定を締結・届出しているか確認する
- 勤務医の副業先と勤務時間を、申告の形で把握する
- 各院の所定・実労働時間から通算した時間外・休日労働を算出し、月・年の上限と勤務予定を確認する
- 月100時間以上が見込まれる医師がいれば、面接指導の体制(実施医師の確保)を作る
やってはいけないこと
- 「診療所だから働き方改革は関係ない」と考える
- 副業先の勤務時間を把握しないまま、自院の時間だけで管理する
- 「医師は裁量で働くから36協定は不要」と考える
- 副業先での当直の実態や睡眠・疲労を確かめず、そのまま自院の外来に立たせる
8 よくある質問
- 勤務医が副業先の勤務時間を申告してくれません。
- 申告が必要な理由・項目・期限を具体的に説明し、負担の少ない様式を用意します。本人同意による勤務先間の確認も検討してください。「求めた記録」だけで免責されるわけではなく、長時間勤務が疑われる場合には自院の勤務調整等を進めます。申告拒否だけで直ちに解雇せず、理由と就業規則等を確認して対応します。
- 面接指導を行う医師が院内にいません。
- 面接指導実施医師は、対象医師が勤務する病院・診療所の管理者でない医師で、所定の研修修了等の要件を満たす人を確保します。院長が自院の管理者である場合、自院の勤務医に対するこの面接指導の実施医師にはなれません。
- 非常勤の医師にも上限規制は適用されますか。
- 診療に従事する労働者である医師には、常勤・非常勤を問わず原則として適用されます。自院での勤務が短くても、他院と通算すると上限や面接指導の対象になる場合があります。契約名だけでなく勤務実態を確認します(第32講)。
主な法令・参考資料
- 医療法
社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 医療法施行規則
管理者変更等の届出、面接指導実施医師(65条)、記録・安全管理。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
- 労働基準法
法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索:労働基準法施行規則
5条。労働条件の明示事項・方法。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322M40000100023 - 厚生労働省:医師の働き方改革・制度解説
上限規制、面接指導、勤務間インターバル、宿日直許可の解説・FAQ。
https://iryou-kinmukankyou.mhlw.go.jp/information/explanation