第47講 問題のあるスタッフを辞めさせたい― 解雇より前にやること
第Ⅴ部 スタッフ労務
「問題のあるスタッフを辞めさせたい」。患者や他の職員への影響が重なると、院長は早く決着をつけたくなります。しかし、解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です(労働契約法16条)。何が起き、どのように対応したのかを、本人の説明も含めて確認することから始めます。
この講では、事実確認、指導、必要な保護措置、退職協議、解雇の検討を整理します。患者や他の職員を守りながら、本人にも説明と改善の機会を確保するための手順です。
例えば、次のような場面です。受付のリーダー職員が、後輩に強く当たる。患者の前で他の職員を叱責する。院長が注意しても「私は間違っていません」と返してくる。半年で後輩が二人辞めました。
院長はついに言いました。「もう辞めてもらいます」。
翌週、労働組合からの団体交渉の申入書と、解雇無効を主張する通知が届きました。院長の手元には、注意した日付も内容も、何一つ記録がありませんでした。
1 解雇は最後の手段 ― 法律の前提
解雇には、理由の正当性と予告等の手続の両方が必要です。原則として30日前の予告、又は不足する日数分の平均賃金の支払を要します(労働基準法20条)。例えば10日前の予告なら、残り20日分の予告手当が必要です。法定の適用除外等はありますが、予告手当を払えばどのような解雇も有効になるわけではありません。
問題行動の内容・重大性、指導と改善の機会、改善可能性、解雇以外の対応などが検討されます。記録は事実を裏づける重要な資料ですが、記録の量だけで解雇の有効性は決まりません。本人の説明、目撃者の話、メール等も照合し、職場側の指導や業務配分に問題がなかったかも確認してください。
解雇が無効なら雇用関係が続き、解雇後の賃金支払を求められることがあります。具体的な額は、就労の意思・能力や中間収入等も含めて判断されます。紛争が長引けば負担も大きくなるため、実行前の検討が重要です。
2 記録の作り方 ― 今日から始めること
記録といっても、特別なものは要りません。次の四つを、日付つきで残してください。
| 記録 | 内容 |
|---|---|
| 事実の記録 | いつ、どこで、誰に対して、何をしたか。「態度が悪い」ではなく「10月3日14時、待合で患者の前で受付のBさんに『なんでできないの』と大声で言った」。評価や感情を交えず、事実だけを書く。 |
| 指導の記録 | 日時、指導者、問題点、期待する改善、支援内容と期限を記録する。書面を渡す場合、受領の確認と事実への同意は区別する。署名を拒否されても強要せず、交付方法や説明の経過を残す。 |
| 本人の反応 | 本人の説明、認識の違い、反証、改善の提案等を残す。「反発した」という評価だけで済ませない。健康状態や業務上の困難の申告があれば、必要な配慮も検討する。 |
| その後の経過 | 改善されたか、同じことが繰り返されたか。繰り返された場合は、また事実の記録に戻る。 |
記録は、その時点で分かった事実と対応を残すためのものです。後から解雇を正当化するために書き換えたり、改善した点を省いたりしてはいけません。記録がないから事実が存在しないことにはなりませんが、説明や立証が難しくなります。関係者のプライバシーに配慮して保管してください。
3 段階を踏む ― 注意から処分へ
対応には、例えば次のような選択肢があります。すべてを順番に実施することが、解雇の法定要件ではありません。
口頭注意・書面指導/業務や配置の調整/必要かつ相当な懲戒処分/任意の退職協議/解雇の検討
軽い問題や改善可能な問題には、具体的な指導と支援を重ねます。一方、重大な暴力や患者の安全に差し迫った危険があれば、診療・勤務の一時的な調整など、必要な保護措置を先に取ります。安全確保と、最終的な処分の判断は分けて進めてください。
懲戒には、あらかじめ定めて周知した就業規則上の根拠が必要です。フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日判決)は、懲戒の種別・事由を定めることと、就業規則の周知を求めています。処分自体も、行為の性質・態様等に照らして合理的かつ相当でなければなりません(労働契約法15条)。規則で定めた弁明等の手続を守り、本人の説明を確認します。
減給の制裁は、1回につき平均賃金1日分の半額、総額では1賃金支払期の賃金総額の10分の1が上限です(労働基準法91条)。この上限内なら自由に減給できるわけではありません。出勤停止等にも根拠と相当性が必要で、同じ行為に処分を重ねることにも注意します。
4 退職勧奨 ― できることと、できないこと
退職勧奨は、本人に合意退職を提案することです。提案自体が直ちに違法になるわけではありませんが、本人には断る自由があります。解雇できる理由があることと、退職を強要してよいことは別です。
下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決)では、本人が応じない意思を示しているのに執拗に勧奨を続けた事案で、不法行為を認めた判断が維持されました。面談の回数・時間・人数・言動を合わせて判断されます。拒否後も繰り返す、長時間拘束する、取り囲む、根拠なく解雇をちらつかせるといった対応は避けてください。
面談は必要な少人数・短時間で行い、理由と条件を具体的に説明します。即答やその場での署名を求めず、検討・相談の時間を確保してください。人数や時間に法律上の一律の安全基準があるわけではありません。拒否されたらその場で説得を続けず、対応を見直します。
合意する場合は、退職日、支払金額・性質・期限、有給休暇、貸与物、清算の対象範囲などを書面にします。離職理由は実態に即して記載し、雇用保険上の判断を当事者だけで確約しないでください。秘密保持を定める場合も、適法な通報や専門家への相談を妨げない内容にします。合意書があっても、強要等の問題があれば争われます。
5 やってはいけないこと
感情的になった院長が取りがちな行動で、法的に最も危険なものを挙げます。
- 曖昧に「明日から来なくていい」と告げる——解雇か一時的な待機命令かが争われる。目的・期間・賃金の扱いを明確にし、必要な手続を確認する。
- 辞めさせるためにシフトを外す・仕事を与えない——嫌がらせや賃金・休業手当の問題になる。医療安全上必要な勤務調整とは区別する。
- 根拠なく給与を減らす——賃金不払や労働条件の不利益変更が問題になる。懲戒減給にも規則上の根拠、相当性と法定の上限が必要。
- 他の職員の前で叱責する——問題職員への対応が、逆に院長のパワーハラスメントとして問題になる。
- 退職届を書かせる——本人の意思によらない退職届は、後に無効とされ得る。強要の事実は、それ自体が損害賠償の原因になる。
6 解雇を選ぶなら
解雇を検討するときは、①問題の事実と重大性、②就業規則の解雇事由、③指導や代替措置を含む相当性、④解雇制限、⑤予告・予告手当、⑥理由の説明と証明書を確認します。退職勧奨を先に行うことが、すべての解雇の条件ではありません。請求された解雇理由証明書等は遅滞なく交付し、請求されていない事項は記載しません(労働基準法22条)。
業務上の傷病による療養休業中とその後30日間、産前産後休業中とその後30日間は、原則として解雇できません(労働基準法19条)。妊娠・出産、育児介護休業、組合活動や適法な通報等を理由とする不利益取扱いにも別の規律があります。有期契約の途中の解雇には「やむを得ない事由」が必要で、期間満了時の雇止めも自由とは限りません(労働契約法17・19条)。
解雇の意思表示は、使用者が一方的に撤回して当然に雇用関係を元どおりにできるとは限りません。労働者との合意による解決は可能ですが、実行前に記録一式を持って専門家へ相談してください。
保存版 問題スタッフへの対応チェックリスト
- 問題行動を、日付・場所・相手・内容の形で記録しているか。評価や感情は書かない。
- 口頭で注意した日と内容を、その日のうちにメモしているか。
- 書面による指導を行い、本人の受領を確認しているか。
- 就業規則に懲戒の種類と事由が定められ、職員に周知されているか。
- 懲戒処分をするなら、行為の程度に見合った処分か。
- 配置の変更など、解雇以外の手段を検討したか。
- 退職勧奨は、短時間・少人数で、拒否されたら引き下がる形で行っているか。
- 合意退職の条件を、検討時間を確保したうえで書面にしているか。離職理由は実態に即しているか。
- 解雇を選ぶなら、就業規則の事由・解雇制限・予告・解雇理由証明書を確認したか。
- 院長自身の対応が、ハラスメントと評価される形になっていないか。
7 よくある質問
- 試用期間中です。それなら簡単に辞めてもらえますか。
- 試用期間中の本採用拒否は、通常の解雇より認められる幅が広いと考えられていますが、それでも客観的に合理的で社会通念上相当な理由が必要です(第41講)。試用期間中も、観察と指導の記録は必要です。
- 他の職員が「あの人がいるなら辞める」と言っています。それは解雇の理由になりますか。
- 他の職員への影響は考慮される事情の一つですが、それだけで解雇が正当化されるわけではありません。本人の具体的な問題行動と、指導の経過が示せることが前提です。他の職員の申告は、事実の記録として日付つきで残してください。
- 退職勧奨に応じてもらうために、いくら上乗せすればよいですか。
- 一律の金額や法定の上乗せ額はありません。勤続年数、再就職の見込み、争点、解雇を選んだ場合のリスク等を踏まえ、提示条件を検討します。金銭条件だけでなく、退職日や年休、貸与物の返却等も合わせて整理してください。
- 問題職員がハラスメントの被害を訴えてきました。
- 問題行動が指摘されている職員からの申告でも、相談として受け止め、必要な事実確認と保護措置を行います。申告の対象行為と本人の問題行動は分けて判断し、相談や調査への協力を理由に不利益な扱いをしてはいけません。申告したことだけで、別の問題行動に対する適正な対応が一切できなくなるわけでもありません(第Ⅵ部)。
主な法令・参考資料
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 労働基準法
法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - 厚生労働省:就業規則の効力
フジ興産事件(最高裁平成15年10月10日判決)の概要・判示。
https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/shogu/kisoku.html - 厚生労働省:退職勧奨
下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決)の概要・判示。
https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/taisyoku/kansyou.html