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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第54講】

院長自身がハラスメントを告発されたら ― 誰が調査するのか

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第54講 院長自身がハラスメントを告発されたら― 誰が調査するのか

第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係

院長自身が申告の対象となったときは、院長が調査と結論を独占しない仕組みが必要です。事実を確認する担当者と、必要な措置を決める権限を持つ人・機関を整理します。

この講では、その構造的な問題をどう解くか——誰に調査を委ねるか、暫定的に何をするか、調査結果をどう扱うか——を整理します。個人開設と医療法人とで使える手段が違いますので、分けて見ていきます。この局面で院長がすべき最初のことは、自分で判断しないと決めることです。

例えば、労働局から、クリニック宛てに通知が届きました。職員から、院長によるハラスメントについて相談があったというのです。
院長は事業主であり、管理者であり、相談窓口でもあります。つまり、自分が自分を調査し、自分が自分を処分する構造になっている。
「誰が、この件を扱うのか」——この問いに、クリニックの体制は答えを持っていませんでした。

1 院長が自分で対応してはいけない理由

院長が自分の言動を調べ、自分だけで「問題なし」と結論づけると、公正さや事実認定への信頼が損なわれます。ただし、院長の説明や記録が法的に無意味になるわけではありません。関係資料を保全し、公正に調査できる担当者に提出してください。外部調査が全件で法定の必須要件というわけではありませんが、自分への申告では独立した視点を確保することが重要です。

申告者を呼び出して撤回を求めたり、自分の説明を受け入れさせたりしてはいけません。直接の連絡すべてが直ちに違法となるわけではありませんが、聴取や結果説明は別の担当者を通し、院長は当事者として説明する立場を保ちます。必要な業務連絡も、第三者の同席や書面などで圧力を感じさせない方法を選びます。

2 誰に委ねるか ― 個人開設と医療法人

形態委ねる先
医療法人利害関係を確認した他の理事が中心となり、適切な機関決定により外部調査を委託する方法がある。監事は監査・報告等の役割を担うが、監事であるだけで業務執行や処分を決定する権限を持つわけではない。特別の利害関係がある理事の議決参加にも注意する。
個人開設院長から独立して聴取・評価できる外部専門家などを確保する。弁護士や社労士に依頼する場合は、調査の経験、利益相反、対応できる業務範囲を確認する。労働局や医師会の一般相談窓口は、院内調査を受託する機関とは限らない。

委託時には、①双方と関係者からの聴取・資料保全、②認定した事実と認定できない事項、③必要な措置の提言、④報告先と共有範囲を決めます。顧問という立場だけで中立性を保証できるわけではありません。法人の調査担当と院長個人の代理人の役割を区別し、院長による結論の誘導を避けます。外部に委託しても、事業主の対応責任は残ります。

3 暫定措置 ― 調査中の申告者の安全

調査には時間がかかります。その間、申告者と院長は同じ職場にいます。10人のクリニックで、院長との接触を完全に断つことは、事実上できません。それでも、できることはあります。

  • 業務上の指示の経路を変える。院長から申告者への直接の指示を避け、事務長や看護師長を通す。
  • 一対一の場面を作らない。院長室に呼ばない、二人きりで面談しない。必要な連絡は書面か、第三者同席で。
  • 申告者の希望を聞き、休暇、配置や勤務方法の調整を検討する。無給の休みやシフト減を一方的に負わせず、賃金、期間、復帰方法を説明して確認する。
  • 院長自身の言動を記録する。調査期間中に、申告者とどう接したかを、自分で記録しておく。報復の疑いを避けるためであり、自分を守るためでもある。

4 調査結果の扱い

ハラスメントが認められたら、被害の回復、接触回避、謝罪の方法、指示経路の変更、研修などを検討します。医療法人では、院長の職員としての地位、理事・理事長としての地位、医療法上の管理者の地位を区別します。理事長の解職、理事の解任、役員報酬の変更は、それぞれ権限を持つ機関と必要な手続が異なり、理事会だけですべてを決められるわけではありません。個人開設でも、対応は謝罪だけに限られず、必要な損害賠償や就業環境の改善が問題になります。

該当しない、又は事実を確認できないと判断した場合も、別の担当者から、確認できたことと判断の理由を説明します。結論だけを示して終わらせず、防止方針の再周知などを行ってください。調査報告書全体の開示が常に必要というわけではなく、関係者のプライバシーに配慮して説明範囲を決めます。

いずれの結果でも、申告者が引き続き働ける環境を保つことが、事業主の義務として残ります。申告を理由に退職を促す、評価を下げる、他の職員から孤立させる——これらは、調査の結果がどうであれ、それ自体が違法です。

5 名誉と反撃について

身に覚えのない申告を受けた院長が、「名誉毀損だ」「虚偽の申告だ」と反撃したくなる気持ちは、理解できます。しかし、ハラスメントの申告そのものは、事業主の措置義務の前提となる正当な行為であり、その内容が結果として認められなかったとしても、申告したこと自体を違法と評価するのは困難です。

認定できなかったことと、故意に虚偽を述べたことは別です。証拠の捏造や悪意のある虚偽の拡散が疑われる場合でも、具体的な行為、故意、損害などを別途確認し、相談への報復にならないよう慎重に判断します。院長から申告者を威圧せず、必要な法的対応は調査担当とは役割を分けた弁護士に相談してください。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 自分が被申告者となった場合に調査を委ねる先(医療法人なら理事・監事+外部、個人なら外部)を、平時に決めておく
  • 申告を受けたら、自分で判断せず、直ちに委ねる先に連絡する
  • 申告者との一対一の場面を避け、指示の経路を変える
  • 調査期間中の自分の言動を記録する

やってはいけないこと

  • 自分で申告者を呼び出して事情を聞く
  • 自分で「ハラスメントには当たらない」と結論づける
  • 他の職員に「あの人が申告した」と話す、味方を集める
  • 「名誉毀損だ」と申告者に反撃する
  • 別の説明担当者を置かず、自分だけで「問題なし」と申告者に押し付ける

7 よくある質問

個人開設で、顧問の社労士も弁護士もいません。誰に頼めばよいですか。
まず、弁護士や社労士に調査の受託可否と対応範囲を相談します。医師会の窓口は専門家紹介などの支援内容を確認してください。労働局には相談、助言・指導・勧告、調停の制度がありますが、院内調査を丸ごと代行する制度ではありません(男女雇用機会均等法17・18条、労働施策総合推進法30条の5・6)。
調査で「当たらない」と判断されました。申告者に辞めてもらえますか。
できません。申告したことを理由とする不利益取扱いは、調査の結果にかかわらず禁止されています。申告者が引き続き働ける環境を保つことが、事業主の義務です。関係が難しいなら、業務の分担や指示経路の工夫で対応してください。
理事が親族中心です。理事会に委ねる意味がありますか。
親族中心でも理事会の権限や責任はなくなりませんが、公正さへの疑念を避けるため外部調査を活用し、監事とも連携してください。医療法人は原則として理事3人以上・監事1人以上が必要で、理事を1人又は2人とするには知事の認可が必要です。「監事がいれば」という任意の制度ではありません(医療法46条の5)。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. e-Gov法令検索:一般社団法人及び一般財団法人に関する法律

    医療法により準用される理事会の決議等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000048

  3. e-Gov法令検索:労働施策総合推進法

    30条の2(相談対応・不利益取扱い禁止)、30条の5・6(援助・調停)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132
  4. 厚生労働省:パワーハラスメント防止指針

    令和2年告示第5号。三要素、判断基準、相談・調査・再発防止等。2026年9月時点の適用内容。

    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
  5. e-Gov法令検索:男女雇用機会均等法

    11条(セクハラ対策)、17・18条(援助・調停)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000113
  6. 厚生労働省:セクシュアルハラスメント防止指針

    平成18年告示第615号。双方の聴取、配慮、プライバシー保護等。2026年9月時点の適用内容。

    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf

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