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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第56講】

スタッフ同士の院内不倫 ― 経営者はどこまで介入できるか

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第56講 スタッフ同士の院内不倫― 経営者はどこまで介入できるか

第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係

職員同士の交際や不倫は、経営者にとって、介入すべきかどうかの判断が最も難しい領域です。私生活は本人のものであり、経営者が口を出すことではない。しかし、それが職場の秩序や業務に影響し始めたとき、放置することもできない。

この講では、経営者が対応すべき問題と、当事者の私生活に委ねる問題を整理します。道徳的な非難だけで処分せず、業務や企業秩序への具体的な影響、職員の安全、対応の必要性を確認することが出発点です。

例えば、受付の職員と看護師が交際している——それ自体は、院長の知るところではありませんでした。問題は、看護師のほうが既婚だったこと、そしてその配偶者がクリニックに電話をかけてきたことです。
「おたくの職員が、うちの家庭を壊している。何とかしてほしい」
院長は、何をどこまですべきなのか、分かりませんでした。

1 私生活上の行為に、懲戒は及ぶのか

私生活上の行為について、使用者に無制限の懲戒権があるわけではありません。国鉄中国支社事件(最高裁昭和49年2月28日判決)は、職場外の行為でも企業秩序との直接の関連や、社会的評価を損なうおそれが客観的に認められる場合には、規制の対象になり得るとしました。ただし、同事件は公務執行妨害等を背景とする懲戒免職の事案で、国鉄の高度の公共性も考慮しています。不倫を理由とする処分を直接認めた判決ではありません。

交際や不倫という呼び方だけでは、処分の可否は決まりません。勤務の放棄、人事の不公正、執拗なつきまといなど、具体的な行為と職場への影響を確認します。懲戒には就業規則上の根拠が必要で、労働契約法15条により合理性と相当性が問われます。解雇なら同法16条等の要件も別に検討します。地域に噂が広まったというだけで、信用毀損や重い処分を正当化してはいけません。

配偶者から一度連絡があっただけで、職員の処分理由ができるわけではありません。勤務の実態と連絡内容を確認し、反復する電話や来院で診療が妨げられるなら、窓口の一本化や安全対策を行います。配偶者の行動を、そのまま職員本人の責任に置き換えないでください。

2 介入の根拠は「業務への影響」

介入できるかどうかの判断は、次の順で行います。

確認事項介入の可否
勤務への影響遅刻、勤務中の私的行動、業務の質などを客観的に確認する。正当な休暇や必要な配慮と区別し、実際の勤務上の問題について指導する。
他の職員への影響二人が組んだシフトで他の職員に負担が偏る、二人の関係を巡って職場が分かれる。業務の分担や配置の問題として対応できる。
患者への影響患者への不適切な言動や診療の支障があれば、事実を確認して改善する。苦情があることだけで、交際の事実や職員の責任を認定しない。
上下関係の有無上司・部下の関係では、断りにくさや評価への影響を確認する。申告があれば「恋愛のもつれ」と決めつけず調査し、評価者の変更などを検討する。事後の申告だけを警戒するのではなく、現在の安全と公正な処遇を守る。
単なる噂噂だけで交際を追及・認定しない。ただし、強要や報復などをうかがわせる情報は相談窓口で受け止める。根拠のない中傷や不必要な拡散も放置しない。

3 できること ― 配置とルール

業務への影響が確認できたなら、取り得る手段は、指導と配置の変更が中心です。

配置の変更。実際に指示や評価の公正さが損なわれている場合などは、担当、評価者、シフトの調整を検討します。労働契約と就業規則に照らして権限を確認し、職種・勤務地を限定する合意がある場合は、その範囲にも注意してください。業務上の必要性、不当な目的の有無、本人の不利益を検討し、理由を具体的に記録します。私生活を罰する目的を、業務上の理由と言い換えてはいけません。

指導。勤務中の私的な行動、他の職員への態度、患者の前での言動について、事実に基づいて注意する。第47講の記録の作法がそのまま当てはまります。

ルールの明示。就業規則の服務規律に、勤務中の私的行為の禁止、職場秩序を乱す行為の禁止があるかを確認する。今後のためには、職員同士の交際を禁止するのではなく、交際が業務に影響する場合の対応(配置の変更等)を、あらかじめ明示しておくことが現実的です。

4 できないこと ― プライバシーと、外部の紛争

交際の事実を問いただすこと。「交際しているのか」「不倫なのか」を職員に問いただすことは、業務上の必要性がなければ、プライバシーの侵害と評価され得ます。確認すべきは勤務の実態であって、私生活の中身ではありません。

交際を理由に当然に辞めさせること。交際・不倫が判明しただけで、解雇が有効になるわけではありません。業務や企業秩序への影響と処分の相当性を個別に検討します。退職勧奨も直ちに違法とは限りませんが、私生活への非難を材料に退職を強制したり、拒否後も執拗に迫ったりすることは避けてください。

配偶者との紛争を裁定すること。院長が不貞の有無や慰謝料を決めたり、配偶者の要求だけで退職を迫ったりしてはいけません。連絡には、私生活上の請求は当事者間で扱ってもらうこと、職場の問題は別途確認することを伝えます。勤務予定、連絡先、相談内容などを安易に開示せず、脅迫やつきまといがあれば警察への相談を含め安全を確保します。業務に関連するハラスメントや法人の対応不備が問題となる場合は、法人自身の責任も検討が必要です。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 勤務の実態(遅刻・勤務中の行動・他の職員への影響)に問題があるかを、事実として確認する
  • 問題があれば、業務上の理由を明示して指導・配置の変更を行い、記録を残す
  • 就業規則の服務規律と、労働契約上の職種・勤務地、配置変更の権限を確認する
  • 外部からの連絡は記録し、私生活上の請求と、診療・職員の安全に関わる問題を分けて対応する

やってはいけないこと

  • 業務上の必要性なく、交際や性生活の詳細を問いただす
  • 交際・不倫が判明しただけで処分や退職を決め、本人に強いる
  • 配偶者からの要求に応じて、職員に何かを求める
  • 噂を根拠に配置を変える、他の職員に事情を話す

6 よくある質問

職員同士の交際を、就業規則で禁止できますか。
交際そのものを禁止する規定は、私生活への過度な介入として効力が疑われます。実務では、交際が業務に影響する場合に配置を変更し得ること、勤務中の私的行為を禁止することを定めるにとどめるのが現実的です。
配偶者から「職員を辞めさせろ」と言われました。
配偶者の要求だけで退職させることはできません。職場への影響がある場合は、本人からも事情を聞き、業務上の問題として別途検討します。電話や来院が診療を妨げる場合は対応窓口を決め、職員や患者の安全を確保してください。
関係が壊れた後、一方が「職場に居づらい」と退職を申し出ました。
本人が自由な意思で退職を選ぶ場合は、通常の手続を進めます。ただし、強要、報復、孤立化などがないか、退職の背景を確認してください。上司・部下に限らずハラスメントが疑われるなら、本人の意向に配慮して必要な調査と保護を行い、退職だけで対応を終わらせないことが大切です。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 民法

    契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  2. e-Gov法令検索:労働契約法

    16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
  3. 厚生労働省:退職勧奨

    下関商業高校事件(最高裁昭和55年7月10日判決)の概要・判示。

    https://www.check-roudou.mhlw.go.jp/hanrei/taisyoku/kansyou.html
  4. 最高裁:令和6年4月26日判決

    令和5年(受)第604号。職種・業務内容を限定する合意と配置転換命令。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-92928.pdf
  5. e-Gov法令検索:男女雇用機会均等法

    11条(セクハラ対策)、17・18条(援助・調停)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000113
  6. 厚生労働省:セクシュアルハラスメント防止指針

    平成18年告示第615号。双方の聴取、配慮、プライバシー保護等。2026年9月時点の適用内容。

    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf
  7. 最高裁:昭和49年2月28日判決(国鉄中国支社事件)

    企業秩序と職場外の行為、社会的評価、懲戒処分の相当性。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-51996.pdf

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