第63講 患者から録音・撮影された― 止められるのか
第Ⅶ部 患者対応・クレーム・応招義務
スマートフォンの時代、診察室での録音・撮影は珍しくなくなりました。理由は様々です。説明を聞き直したい、家族に伝えたい、後で問題になったときの証拠にしたい。そして少数ながら、SNSに公開して医療機関を攻撃するために撮る人もいます。
この講では、録音・撮影、保存、公開を分けて考えます。説明を聞き直すための記録と、他の患者や職員の情報を不必要に広める行為では、問題が異なります。媒体名だけで許否を決めず、目的、方法、映り込み、診療への影響を確認することが出発点です。
例えば、診察の途中、患者が机の上にスマートフォンを置きました。画面には録音アプリが動いています。
「先生の説明、後で聞き直したいので」
院長は一瞬、止めるべきか迷いました。断れば関係が悪くなる。しかし、何を言っても記録される。そして、その録音がどこで使われるのか、分からない。
1 録音 ― 止めにくい理由
患者が自分の診察を録音したことや、相手に告げなかったことだけで、直ちに違法になるわけではありません。ただし、目的、方法、場所、他人の情報の取り込み方によっては、プライバシー等の問題が生じます。録音は紛争で証拠として使われることがありますが、取得方法、編集の有無、前後の文脈などが評価に関わります。
録音について相談を求めるルールは設けられますが、説明を聞き直すための録音だけを理由に診療を打ち切るのは慎重であるべきです。診療の妨害や他人の情報の収集がある場合には、その行為への対応を検討します。診療を断るかどうかは、緊急性や継続中の治療なども踏まえて判断します(第65講)。
説明は録音の有無にかかわらず丁寧に行い、分からない点や不確実な点も明確に伝えます。診療録には実際の説明とやり取りを正確に残してください。録音が説明を裏づける場合もありますが、不利な資料にならないという保証はありません。録音を意識して必要な説明を省くことも避けます。
2 撮影 ― 他人の情報と診療を守る
撮影では、他の患者の受診の事実、職員の容貌、画面や書類の情報が記録されることがあります。録音でも他人の声や診療内容を拾うため、プライバシーへの配慮は共通です。施設の管理、安全な診療、他人の情報の保護という目的に沿ってルールを考えます。
他の患者や職員の無断撮影を控えるよう掲示し、撮影をしている人には理由を説明して中止を求めます。ただし、掲示しただけで、あらゆる撮影の禁止や強制的な取締りが当然に認められるわけではありません。本人の患部の記録など、安全で他人の情報を含まない方法を相談できる運用が適切です。
応じない場合も、職員が端末を取り上げたり、無理に削除させたりしないでください。撮影の場所、対象、方法、目的などから肖像・プライバシー等の侵害が認められる場合には、削除や公開の差止め等を検討できます。撮影の有無だけで結論を出さず、必要に応じて法律相談につなげます。
3 SNS公開 ― 対応できる
録音や撮影の内容がSNSに公開された場合、内容によって対応の根拠が変わります。
| 公開の内容 | 対応の根拠 |
|---|---|
| 職員の顔・名前 | 顔や名前が出たことだけで一律に違法とは決まらない。撮影・公開の方法、文脈、目的、必要性等を確認し、本人と相談して削除や保護措置を検討する。 |
| 他の患者が映っている | 患者の特定可能性や受診情報の露出を確認し、プライバシー保護のため拡散防止・削除要請等を検討する。必要な本人への説明や、施設側の漏えい対応の要否も確認する。 |
| 医師の説明の一部を切り取った音声 | 一部の発言が実際の音声でも、編集や説明文を含む投稿全体で名誉等を侵害する場合がある。真実性だけでなく、公共性・公益目的なども検討する。 |
| 虚偽の説明を付した公開 | 名誉毀損・信用毀損として、削除・発信者情報開示・損害賠償の手続を検討する(第64講)。 |
いずれの場合も、公開されたものを保存する(スクリーンショット、日時、URL)ことが最初です。削除された後では、対応の根拠を示せません。
4 院内ルールの作り方
録音・撮影に関する院内のルールは、次の形が現実的です。
- 撮影の範囲。患者・職員の無断撮影を控えるよう、理由を添えて明示する。本人の患部の記録等は、安全と情報保護を確認して相談できる運用にする。
- 録音の相談方法。「説明を記録したい場合はお申し出ください」と案内し、他の患者の声が入らない場所などを調整する。障害等に関する合理的配慮も検討し、申出がなかっただけで診療を打ち切らない。
- 公開に関する注意。他人の秘密や肖像などの権利を侵害する公開は控えるよう伝える。掲示だけで包括的な契約や差止めの根拠が成立するわけではない。弁護士への相談、行政への申告、適法な証拠提出まで妨げるルールにしない。
- 職員への周知。録音されていることに気づいたら、感情的にならず、「録音されているなら、その前提で丁寧に説明する」という対応を職員に共有する。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 院内での撮影禁止と、その理由を掲示する
- 録音の相談窓口と、他人の情報を守る方法・必要な配慮を院内で共有する
- 録音される前提で説明する、という姿勢を職員と共有する
- SNSに公開されたら、まず保存する、という手順を決める
やってはいけないこと
- 録音があるというだけで、病状や方法を確認せず診療を打ち切る
- 患者のスマートフォンを取り上げる、削除を強要する
- 録音されていると分かった途端、説明の内容や態度を変える
- 公開されたものを保存せずに、削除の交渉を始める
6 よくある質問
- 録音を断ったのに、患者が隠れて録音していました。違法ではないのですか。
- 無断であることだけで直ちに違法とはいえません。ただし、方法、目的、診療への支障、他人の情報の取り込み方などにより判断が変わります。ルールの目的を説明し、必要な記録と周囲の保護を両立できる方法を相談してください。
- 患者が待合室で他の患者を撮影しています。
- 他の患者のプライバシーを守るため中止を求め、場所の変更などで情報の露出を防ぎます。応じない場合は責任者が対応し、必要に応じて退去要請や法的対応を検討します。ただし、緊急の医療対応の要否を確認し、強制的な端末の取上げや削除は避けてください。
- SNSに、医師の説明の音声が切り取られて公開されました。
- 投稿全体、日時、URLと、可能なら元の音声を保存してください。切り取られた音声が実際の発言でも、投稿全体が与える印象や説明文、公開の目的によっては名誉等の侵害が問題になります。公開の場で診療情報を追加して反論せず、削除等の可否を個別に検討します(第64講)。
主な法令・参考資料
- 医師法
免許処分、応招義務、異状死体等の届出(21条)、診療録(24条)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 刑法
証拠隠滅、秘密漏示、窃盗・横領。成立要件と対象を区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
- 個人情報保護法
個人データの取扱い、委託、仮名加工情報・匿名加工情報の区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス
診療情報の取扱い、漏えい等の報告、第三者提供。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ - e-Gov法令検索:情報流通プラットフォーム対処法
開示請求・開示命令・消去禁止命令、大規模事業者の義務。
https://laws.e-gov.go.jp/law/413AC0000000137 - 個人情報保護委員会:漏えい等の対応
初動、報告対象事態、本人通知、報告手続。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/leakAction/ - 厚生労働省:応招義務と診療の求めへの対応
令和元年12月25日医政発1225第4号。緊急性、診療体制、患者の迷惑行為等。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf