第68講 未成年・認知症患者の同意― 誰の意思で診療するのか
第Ⅶ部 患者対応・クレーム・応招義務
医療は患者の同意に基づいて行われます。しかし、同意する能力が十分でない患者、あるいは同意できるかどうかの判断が難しい患者は、毎日の診療の中にいます。未成年、認知症、意識のない救急患者、身寄りのない高齢者。
この講では、本人の理解と意思をどう確かめ、家族や後見人とどう協力するかを整理します。一般的な診療を中心に扱い、精神科の入院など個別の法律が特別な手続を定める場面は、別途その要件を確認します。記録は重要ですが、記録さえあれば本人の意思を無視できるわけではありません。
例えば、16歳の患者が一人で来院し、「親には言わないでほしい」と言いました。
同じ日の午後、認知症のある80代の患者の娘が、「本人は分からないので、私が全部決めます」と言いました。そして夕方、身寄りのない入院患者について、後見人から「私には医療の同意はできません」という電話がありました。
三人とも、誰の意思で診療するのか、はっきりしません。
1 基本 ― 同意の主体は患者本人
診療への同意は、患者本人が行うものです。これは、患者が未成年であっても、高齢であっても、変わりません。問題は、本人にその判断をする能力があるかどうか、そして能力が十分でない場合に誰がどう関わるか、です。
ここで押さえるべきは、「同意能力」は年齢や診断名で一律に決まるものではなく、その医療行為の内容と、本人の理解力との関係で判断されるということです。簡単な処置への同意と、侵襲の大きい手術への同意とでは、求められる理解の程度が違います。同じ患者でも、行為によって同意できる場合とできない場合がある。この考え方が、以下すべての前提です。
2 未成年
成年年齢は18歳です。18歳未満の患者については、医療への同意能力、親権の行使、診療契約への同意、秘密の保護を分けて考えます。医療行為全般について「何歳なら単独で同意できる」とする統一的な法定年齢はありません。
| 場面 | 考え方 |
|---|---|
| 原則 | 本人に分かる方法で説明し、意思を確認する。本人の同意能力が十分でない場合等は、親権者等の関与と権限を確認する。署名を得るだけで説明を終えない。 |
| 判断能力のある未成年 | 年齢だけで決めず、治療の目的、利益・危険、代替手段等を理解して選べるか確認する。本人の意思を尊重しつつ、侵襲性、緊急性、診療契約の扱いに応じて親権者等の関与を検討する。「中学生なら一人でよい」と一律に運用しない。 |
| 親権者の意見が分かれる | 双方が親権者かを確認する。2026年4月施行の民法824条の2では、共同での行使が原則だが、日常の行為や子の利益のため急迫の事情がある場合等は単独行使が可能。重大な非緊急の治療で対立する場合は、必要に応じ家庭裁判所で行使者を定める手続も検討する。 |
| 親権者が同意しない | 必要な治療の拒否が子の生命・健康を危険にさらす場合は、医療上の緊急対応と並行し、児童相談所等に相談する。医療ネグレクトの通告、一時保護、親権停止の審判・保全処分等の必要性を検討し、単に父母の合意を待ち続けない。 |
| 本人が親への秘匿を求める | 本人の能力、診療内容、秘匿を求める理由を確認する。虐待等の危険にも配慮し、本人の安全を損なう連絡を機械的に行わない。一方、絶対に秘密にできるとも約束せず、必要な連携や情報提供の範囲を説明する。 |
3 認知症・判断能力が低下した成人
(1)成年後見人には医療の同意権がない
成年後見人の権限には、一般の医療行為への包括的な同意権は含まれないと解されています。本人を代理して診療契約を締結することと、手術等を受けることに同意することは別です。厚生労働省が周知する支援ガイドラインも、後見人に同意書への署名を強要しないよう求めています。
後見人には、本人の理解を助け、希望や生活状況を伝え、必要な契約や支払を支援してもらいます。後見人が代理して診療契約を締結しても、契約の当事者は患者本人です。後見人を患者に代わる包括的な医療同意者と扱ってはいけません。
(2)家族の「同意」の位置づけ
成人本人の判断が難しい場合、家族の協力は重要ですが、家族だから一般の医療行為すべてを本人に代わって決定できる権限があるわけではありません。まず本人への意思決定支援を行い、なお意思を確認できないときに、本人の希望や価値観を知る人から情報を得て協議します。個別法に特別の同意手続がある場面は別に確認します。
人生の最終段階では、厚生労働省の決定プロセスに関するガイドラインが、本人の推定意思を尊重し、推定できないときは本人にとっての最善を家族等と医療・ケアチームで話し合う手順を示しています。この指針は人生の最終段階を対象とするもので、すべての医療について一律の代諾権を定めるものではありません。認知症という診断だけで意思決定能力を否定せず、説明の方法、時間帯、環境を調整して本人の意思を確かめます。
冒頭の「本人は分からないので私が全部決めます」という娘の言葉に対して、医療機関がすべきことは、その言葉をそのまま受け入れることではなく、本人に説明し、本人の意思を確認する努力をしたうえで、家族と協議することです。
(3)身寄りのない患者
身寄りがない場合も、本人の意思を確かめる努力を続けます。厚生労働省が周知する2019年の支援ガイドラインは、成年後見人や医療・福祉の関係者との連携、医療・ケアチームや倫理委員会等の活用を示しています。同意書に署名する家族がいないことだけを理由に必要な医療を断らず、本人の推定意思と利益を検討し、過程を記録します。
4 緊急時
意識がなく同意を得られないうえ、処置を待つことで重大な危険が生じる場合には、本人の推定意思や医療上の必要性等を踏まえ、緊急に必要な対応を行うことがあります。ただし、「救急なら同意は関係ない」という意味ではありません。本人の判断能力がある場合の意思や、確認できる事前の希望・治療拒否を無条件に無視せず、内容と状況を検討してください。同意を得られなかった理由、必要性、代替手段、実施内容を記録し、可能になった段階で説明します。
5 記録 ― すべての場面に共通する結論
診療契約や親権の行使には法律上のルールがあり、医療への意思決定には個別の能力と状況に応じた判断が必要です。誰が署名したかだけでなく、本人の意思をどう支援し、なぜその方針を選んだかを残します。
- 本人に説明したか、本人の理解と反応はどうだったか。
- 本人の判断能力について、どう評価したか(その根拠)。
- 誰(親権者・家族・後見人)に説明し、その人はどういう立場で関わったか。
- 本人の推定意思、または最善の利益について、誰とどう協議したか。
- 緊急の場合、同意を得られなかった事情と、行った医療行為の必要性。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 未成年・判断能力が低下した患者への説明と同意の手順を、院内で文書にする
- 厚生労働省の意思決定支援に関するガイドラインを、関係する職員と共有する
- 成年後見人に医療同意権がないことを、職員に周知する
- 同意に関する記録の様式(誰に説明し、誰がどう関わったか)を整える
やってはいけないこと
- 「後見人の同意をもらった」ことで医療行為の同意が足りたと考える
- 本人に説明する努力をせずに、家族の言葉だけで診療方針を決める
- 緊急時に「同意が取れないから」と必要な処置を控える
- 判断の根拠を記録せずに、慣行で処理する
7 よくある質問
- 成年後見人が「手術に同意します」と言っています。それでよいですか。
- 成年後見人であることだけで、一般の手術への同意を代行できるわけではありません。説明を受けたことや協議への参加は、その事実として記録します。後見人の署名を取るなら役割が分かる書式とし、本人の意思決定支援や医療上の判断を署名で置き換えないでください。
- 認知症の患者の家族の意見が割れています。どうすればよいですか。
- まず本人が意思を示せるよう支援し、家族の多数決や年長者の意見だけで決めないでください。本人の希望や価値観を確認し、医療・ケアチームで検討します。合意が難しければ倫理委員会等に相談し、緊急性と延期による不利益も考慮します。
- 16歳の患者が親に内緒で受診を希望しています。応じてよいですか。
- 年齢だけでは決まりません。診療内容、本人の理解、契約の扱い、親に知られたくない理由を確認します。親権者の関与が必要な場合でも、虐待等の危険があれば連絡方法を慎重に検討し、必要に応じ児童相談所等と連携します。緊急性が高い場合は、親への連絡がつかないことだけで必要な処置を遅らせないでください。
主な法令・参考資料
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス
診療情報の取扱い、漏えい等の報告、第三者提供。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ - 厚生労働省掲載:身寄りがない人等への支援に関するガイドライン
研究班作成、2019年5月。医療の意思決定支援、成年後見人の役割、保証人がいない場合の支援。
https://www.mhlw.go.jp/content/000516181.pdf - 厚生労働省:人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン
2018年改訂。本人の意思確認、推定意思、医療・ケアチームの協議。
https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf