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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第74講】

医療事故調査制度の対象になる事故・ならない事故

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第74講 医療事故調査制度の対象になる事故・ならない事故

第Ⅷ部 医療事故・紛争対応

医療事故調査制度は、2015年10月に始まった制度です。提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡・死産のうち、省令上「予期しなかった」とされるものを、管理者がセンターに報告し、原因を調査します。予期しない死亡がすべて対象になるわけではなく、管理者が法令の要件に沿って判断します。

この講では、対象の定義、予期の判断、説明・報告・調査の手順を整理します。年齢や一般的な合併症の説明だけで対象外とすることはできません。迷う場合は支援団体やセンターの助言を受け、判断の根拠を残します。

例えば、90歳の入院患者が、誤嚥性肺炎で亡くなりました。入院時、家族には「ご高齢ですので、何が起こるか分かりません」と説明していました。
医療事故調査制度の報告対象になるのか。「高齢だから予期していた」と言えるのか。院長は、報告の要否を自分で判断しなければならないと知って、戸惑いました。

1 制度の目的 ― 責任追及ではない

この制度は原因を調べ、医療安全と再発防止につなげるためのものです。報告したことだけで過失や賠償義務が確定するわけではありません。一方、民事・刑事・行政上の責任を免除する制度でもなく、調査資料が後の手続で証拠として問題になる可能性はあります。

この点を理解していないと、「報告すると責任を認めたことになる」という誤解から報告を避け、その結果、遺族の不信を招き、制度外での紛争を大きくすることになります。

2 対象の定義 ― 二つの要件

制度の対象となる「医療事故」は、法律上、①医療機関に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産であって、②管理者が当該死亡または死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの、と定義されています(医療法6条の10第1項)。

①について、通知(平成27年5月8日医政発0508第1号)は、「医療」の範囲に含まれるものとして、手術、処置、投薬およびそれに準じる医療行為(検査、医療機器の使用、医療上の管理など)を挙げています。「起因すると疑われる」も含まれますので、因果関係が確定していなくても対象になり得ます。なお、過誤の有無は問いません。過失がなくても、①②を満たせば対象です。

3 「予期しなかった」の判断 ― 省令の三つの場合

②の「予期しなかった」については、医療法施行規則1条の10の2が、次の三つのいずれにも該当しないと管理者が認めたものを対象と定めています。

号内容
1号当該医療の提供前に、医療従事者等が患者またはその家族に対して、当該死亡または死産が予期されることを説明していた場合。
2号当該医療の提供前に、医療従事者等が当該死亡または死産が予期されることを診療録等に記録していた場合。
3号管理者が当該医療従事者等から事情を聴き、医療安全管理委員会を開催している場合はその意見も聴いたうえで、医療提供前に当該医療従事者等が当該死亡・死産を予期していたと認めた場合。

三つは累積的な条件ではありません。いずれかに該当すると管理者が認めれば、「予期しなかった」という要件からは外れます。ただし、3号も、医療提供前に医療従事者等が予期していたかを確認する規定です。事故後の見方だけで、以前から予期していたことにはできません。

4 「一般的な死亡の可能性」では足りない

通知は、1号・2号について、一般的な死亡の可能性を伝えたり記録したりするだけでは足りず、その患者の臨床経過等を踏まえた当該死亡・死産の予期が必要としています。「高齢なので何が起こるか分からない」という説明や、合併症が起こる可能性だけの説明では、この判断の根拠として不十分です。

設例では、まず誤嚥性肺炎による死亡が提供した医療に起因する、又はその疑いがあるかを確認します。そのうえで、当該死亡を予期した個別の説明又は記録があったか、3号に当たるかを検討します。1号と2号は別の要件であり、両方を満たすことが対象外の必須条件ではありません。説明をしたなら、その内容を正確に記録することも大切です。

この規律から導かれる実務上の帰結は明確です。日常の診療で、患者個別のリスクを説明し、記録すること。それは制度対応のためというより、医療の質そのものですが、結果として、この制度の判断を支えます。

管理者が死亡・死産を漏れなく把握できる院内の連絡体制も必要です。遺族から医療事故ではないかとの申出があり、対象外と判断した場合は、その理由を分かりやすく説明します。報告対象と判断した場合は、遺族が調査を望まないという理由だけで報告を省略できません。

5 報告と調査の流れ

段階内容
判断管理者が、対象に該当するかを判断する。判断に際して、医療事故調査等支援団体(医師会、病院団体、学会など)に相談できる。
遺族への説明報告前に、事故の状況、制度と調査計画の概要、必要な解剖・死亡時画像診断の同意取得に関する事項等を説明する。遺族がいない、所在不明の場合は例外がある。
センターへの報告遅滞なく、医療事故調査・支援センター(一般社団法人日本医療安全調査機構)に報告する。
院内調査管理者が速やかに必要な調査を行い、支援団体に必要な支援を求める(医療法6条の11第1項・2項)。報告の準備中も、必要な資料の保全を進める。
結果の報告原則として、まず遺族に結果を説明する。そのうえで、遅滞なくセンターに結果を報告する(医療法6条の11第4項・5項)。
センター調査センターに医療事故として報告された事案について、管理者又は遺族がセンター調査を依頼できる。院内調査の終了前でも依頼は可能。

6 診療所も対象である

病院だけでなく、診療所・助産所も対象です。クリニックの処置後に搬送先で死亡した場合も、自院で死亡していないという理由で検討を終えてはいけません。紹介元・搬送先で情報を共有し、それぞれが提供した医療と死亡との関係を踏まえて管理者が判断します。報告・調査の進め方に迷えば、支援団体等に相談します。

7 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 医療事故調査等支援団体のうち、自院が相談できる先(医師会等)を確認する
  • 患者個別のリスク(一般論ではなく)を説明し記録する習慣を、職員と共有する
  • 死亡事案が生じたときの判断の手順(事実の聴取、支援団体への相談、判断、遺族への説明、報告)を文書にする
  • 「報告は責任の承認ではない」ことを、院長自身と職員が理解する

やってはいけないこと

  • 「高齢だから」「合併症の可能性は説明していたから」で、予期していたと判断する
  • 報告すると責任を認めたことになると考えて、報告を避ける
  • 判断を先送りにして、遺族への説明も報告も遅れる
  • 「診療所だから対象外」と考える

8 よくある質問

過失がないと考えています。それでも報告するのですか。
制度の対象は、過誤の有無を問いません。医療に起因すると疑われる死亡で、予期しなかったものであれば、過失の有無にかかわらず報告の対象です。報告は責任の承認ではなく、原因を明らかにして再発を防ぐための手続です。
対象かどうか判断に迷います。誰に相談すればよいですか。
医療事故調査等支援団体(都道府県医師会、病院団体、学会など)が、判断についての相談に応じています。センターにも相談できます。一人で判断せず、相談したうえで判断し、相談の経過も記録してください。
報告すれば、行政処分や刑事事件になりますか。
センターへの報告だけで、処分や刑事責任が自動的に決まるわけではありません。ただし、責任を免除したり、資料の証拠利用を一律に禁じたりする制度でもありません。医師法21条の届出は要件も主体も異なり、別途検討が必要です(第71講)。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 医療法施行規則

    医療事故調査(1条の10の2〜4)、管理者変更等の届出、面接指導実施医師(65条)、記録・安全管理。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050

  3. 医師法

    免許処分、応招義務、異状死体等の届出(21条)、診療録(24条)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201

  4. 日本医療安全調査機構:医療事故調査制度と関係法令・通知

    医療法、施行規則、2015年5月8日通知及び2016年6月24日通知の関係部分。対象判断、説明・報告の順序、調査資料の扱い。

    https://www.medsafe.or.jp/survey
  5. 日本医療安全調査機構:よくあるご質問

    報告・調査、外部委員、当事者の関与、搬送先との連携等。

    https://www.medsafe.or.jp/survey/faq

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