第90講 医師が刑事事件・行政処分の対象になったら― 病院経営への波及
第Ⅸ部 診療報酬・指導監査・行政対応
医師が刑事事件の当事者になったとき、動き出す手続は一つではありません。①刑事手続(警察・検察・裁判所)、②医師免許に対する行政処分(厚生労働大臣・医道審議会)、③保険医・保険医療機関・医療法上の処分(厚生局・都道府県)、そして④医療機関の経営(診療体制・患者・職員・報道・医療法人の機関)が、それぞれ別の主体の判断で、別の時間軸で進みます。
この講では、これら四つの層がどう連動するのかを整理し、勤務医が当事者になった場合と、院長・理事長自身が当事者になった場合の違いを扱います。医療事故による刑事責任(刑法211条)は第Ⅷ部で触れましたので、この講では事件の種類を問わない共通の構造を見ます。
例えば、月曜の朝7時、警察署から病院に電話がありました。常勤の内科医が、前夜、酒気帯び運転で人身事故を起こし、逮捕されたとのこと。
院長の頭に、順番も脈絡もなく浮かびます。今日の外来は誰が診るのか。患者にどう説明するのか。報道されるのか。彼の医師免許はどうなるのか。病院の指定は。
そして最後に、一番重い問い。「もしこれが自分だったら、この病院はどうなるのか」。
1 同時に動く四つの層
| 層 | 内容 |
|---|---|
| ①刑事 | 主体:警察・検察・裁判所 何が決まるか:逮捕・勾留の有無、起訴・不起訴、有罪なら刑の種類と量 時間軸:通常、一つの被疑事実に関する起訴前の拘束は最長23日。早期釈放や、起訴後の勾留等は別にある。 |
| ②免許 | 主体:厚生労働大臣(医道審議会の意見を聴く) 何が決まるか:戒告・3年以内の医業停止・免許取消し(医師法7条) 時間軸:刑事手続と別に進む。処分時期は事案による。有罪確定を必須としない処分事由もある。 |
| ③保険・医療法 | 主体:地方厚生局、都道府県等の所管行政庁 何が決まるか:保険医登録・保険医療機関指定の取消し(健康保険法80条・81条)、管理者変更命令、開設許可取消し(医療法28条・29条) 時間軸:②と前後して、または独立に |
| ④経営 | 主体:医療機関・医療法人 何が決まるか:診療体制、患者・職員への説明、報道対応、当該医師の処遇、理事長・管理者の交代 時間軸:逮捕の当日から |
刑事手続、免許処分、保険・医療法上の処分及び事業継続は、それぞれ根拠と要件が異なります。医事に関する犯罪・不正等を理由とする免許処分は、有罪判決の確定を必須とするものばかりではありません。不起訴であっても行政上の問題が当然に消えるわけではなく、各手続への対応を分けて準備します。
2 刑事手続の流れと、医療機関にできること
警察が逮捕後の拘束を続ける場合は、原則48時間以内に検察官への送致手続を行います。検察官が勾留を求める場合は、受取りから24時間以内、かつ逮捕から72時間以内に裁判官へ請求します。裁判官が認めた勾留は、請求日から10日以内で、やむを得ない事情があれば通常さらに10日以内の延長が可能です(刑事訴訟法203条・205条・208条)。
これが、通常一つの被疑事実について起訴前の身柄拘束が最長23日と説明される理由です。途中で釈放される場合もあれば、別の被疑事実での逮捕や起訴後の勾留によって、拘束全体が23日を超える場合もあります。診療の代替体制は、一定期間で必ず戻れると決めずに準備します。
弁護人には、原則として立会人なしで接見する権利があります。家族等の面会は、逮捕中か勾留中か、接見等禁止の有無や施設の規則で異なり、23日間すべて面会できないという意味ではありません。診療の引継ぎに必要な情報は、本人の意向と制限を確認し、弁護人等を通じた連絡も検討します。
医療機関にできること、すべきことは限られますが、明確です。
- 弁護人の確保を家族と確認する 本人が当番弁護士や私選弁護人を依頼しているかを家族に確認する。医療機関が弁護士を紹介することは可能だが、費用負担や利益相反(後述)を考えて決める。
- 診療体制を組み替える 本人が担当していた外来・入院・当直を、他の医師で埋める。埋められなければ、診療の縮小や紹介を検討する。第149講で扱う事業継続計画の「医師が突然いなくなった」場面そのもの。
- 患者への説明を決める。担当変更、予約、処方等への影響と代替体制を伝える。事件が診療や患者被害に関係する場合は、安全確保と事実の説明も検討する。私生活上の事件の詳細を無制限に公表せず、説明の必要性とプライバシーを両立させる。
- 職員と情報管理の方針を共有する。事実と推測を分け、個人情報やうわさの拡散、SNSへの不用意な投稿を防ぐ。報道対応は窓口を決める。ただし、適法な公益通報、行政への申告、弁護士等への相談を妨げない。
- 本人の処遇は事実と規定に基づいて決める。逮捕だけで有罪と扱わない。就業規則上の休職・懲戒規定、業務への影響、本人の説明等を確認する。確認できた行為を理由とする対応が必要な場合もあるが、起訴休職や解雇が自動的に有効になるわけではない。
刑事弁護では、事実関係と嫌疑を検討し、不起訴、無罪、適切な量刑等の可能性を追求します。経営への影響だけを理由に、身に覚えのない行為を認めたり、罰金なら資格に影響しないと思い込んだりしてはいけません。
3 医師免許への行政処分
医師法4条は、罰金以上の刑に処せられたことや、医事に関する犯罪・不正の行為等を免許の相対的欠格事由としています。同法7条は、これらに該当した場合や医師の品位を損する行為があった場合に、戒告、3年以内の医業停止、免許取消しができると定めています。処分には、あらかじめ医道審議会の意見を聴く手続があります。
処分前の手続は、処分の種類によって異なります。免許取消しでは聴聞に代わる都道府県での意見聴取、医業停止では弁明の機会に代わる弁明聴取の制度があります。通知された原因事実、提出資料、期日と手続を確認し、本人の意見と証拠を準備します。
押さえておくべき点は三つです。
第一に、罰金刑も対象になることです。略式手続で罰金が確定した場合も、医師法上の検討対象になります。ただし、罰金を受けたら必ず一定の免許処分になるという対応表ではありません。行為の内容や経緯、患者・社会への影響等を踏まえた個別の判断になります。
第二に、刑事手続と免許処分の時期が一致するとは限らないことです。刑の確定を理由とする処分と、医事に関する不正等を理由とする処分を区別します。「刑事事件が終わった」「不起訴だった」だけで、行政上の問題もすべて終わったとは判断できません。通知や照会への対応を継続します。
第三に、医業停止中は、医療行為を業務として行えないことです。停止対象の医師に診察・処方・診断書作成等を続けさせず、診療体制と管理者の交代等を所管行政庁に相談します。戒告・医業停止を受けた医師には再教育研修が命じられる場合があり、管理者の資格は研修修了の登録も含めて確認が必要です(医師法7条の2、医療法7条・10条)。
免許取消し後の再免許も自動ではありません。罰金以上の刑、医事の犯罪・不正、品位を損する行為を理由とした取消しでは、医師法7条2項により、取消しから5年を経過しない間は再免許を受けられません。5年後も、その後の事情等を踏まえた判断が必要です。
4 保険医・保険医療機関・医療法への波及
免許とは別に、保険診療と医療法の側にも処分の根拠があります。
| 処分 | 内容 |
|---|---|
| 保険医登録の取消し | 要件(抜粋):健康保険法等の所定の法律による罰金又は拘禁刑以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は受けることがなくなるまでの者に当たる場合等に、取り消すことができる。 根拠:健康保険法81条5号・6号 |
| 保険医療機関指定の取消し | 要件(抜粋):開設者又は管理者が、所定の法律による罰金又は拘禁刑以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は受けることがなくなるまでの者に当たる場合等に、取り消すことができる。 根拠:健康保険法80条8号・9号 |
| 管理者変更命令 | 要件(抜粋):管理者に犯罪もしくは医事に関する不正行為があり、または管理をなすのに適しないと認めるとき 根拠:医療法28条 |
| 開設許可取消し・閉鎖命令 | 要件(抜粋):開設者に犯罪または医事に関する不正の行為があったとき 根拠:医療法29条1項5号 |
| 医療法人役員の欠格 | 要件(抜粋):医療法・医師法等の所定の医事法令による罰金以上の刑に処せられ、執行終了等から2年を経過しない者。これを除き、拘禁刑以上の刑に処せられ、執行を終わり又は受けることがなくなるまでの者等。 根拠:医療法46条の4第2項・46条の5第5項 |
健康保険法の罰金に関する取消事由は、所定の保健医療関係法令によるものに限られます。一方、拘禁刑以上の刑に関する事由は、犯罪の種類を限定していません。交通違反の罰金がこの罰金に関する事由に当たらなくても、医師法上の処分や医療法28条・29条等が問題にならないとはいえません。それぞれの要件を確認します。
医療法人の役員欠格では、所定の医事法令による刑に、執行終了等から2年間の制限がある点にも注意します。その他の犯罪で拘禁刑以上の刑が確定した場合も、執行猶予期間中は原則として役員欠格に当たります。逮捕や一審判決の段階と、刑が確定した段階を区別してください。
刑の全部の執行猶予は、取消しなく期間が満了すると、原則として刑の言渡しの効力が失われます。実刑の執行終了と同じ起算方法で、必ずその後2年間も欠格が続くとは限りません。復職・再任を検討するときは、判決、刑の確定日と執行状況、刑法27条等を照合します。
指定・登録の取消しは、該当すれば必ず行われるとは限りません。一方、医療法人の役員欠格に該当すると、役員を続けられません。理事長に拘禁刑以上の刑が確定した場合は、執行猶予を含め、欠格の該当性と後任選任・届出等を速やかに確認します。
5 院長・理事長本人が当事者になったとき
勤務医の事件でも、医療機関自身の監督や被害対応が問われる場合があります。院長・理事長が当事者の場合は、これに加えて管理・代表・意思決定の体制を確保する必要があります。個人と医療機関の立場を分けて対応します。
診療所(個人開設)
開設者兼管理者の院長が勾留された場合は、管理を実際に行える体制を直ちに確認します。逮捕されたというだけで診療所が自動的に閉鎖されるわけではありません。代診医の確保に加え、管理者変更や医療法12条の許可等の要否を保健所に相談します。安全な診療・管理体制が整わなければ、診療の縮小や休止と患者の引継ぎを検討します。
医業停止等を受けた場合は、医療機関の開設・管理の要件を改めて確認します。開設者の地位と医師の業務の可否は別ですが、開設者に犯罪・医事の不正がある場合には、医療法29条による許可取消し又は閉鎖命令等も問題になります。休止する場合は、医療法8条の2等に基づく届出にも対応します。
医療法人
理事長が逮捕・勾留されただけで、地位が自動的に失われるわけではありません。ただし、代表行為や意思決定に支障がある場合は、理事会等の運営と権限を確認します。理事会は原則として理事長の選出・解職を行い、後任は医師又は歯科医師である理事から選びます。都道府県知事の認可を受ければ、それ以外の理事から選ぶこともできます(医療法46条の6・46条の7)。理事1人の認可を受けた法人等では、機関構成に応じた手続を確かめます。
理事長の不在に備え、理事・監事の実際の職務、会議の招集方法、定款・寄附行為、印章や契約の管理を確認しておきます。理事長の解職と、理事そのものの解任・選任は手続が異なります。社員総会や評議員会が必要な場面も含め、権限のない者が便宜的に法人を代表しないようにします。
利益相反
院長個人と法人では、主張や責任の範囲が一致しない場合があります。勤務医の事件でも同様です。同じ弁護士への依頼に利益相反がないかを確認し、必要なら個人の刑事弁護と法人の対応を別の弁護士に依頼します。誰が依頼者で、どこまで情報を共有するか、費用を誰が負担するかも整理します。
6 事件の類型と経営への影響
事件の類型によって、四つの層への影響の出方が違います。おおまかな地図として整理します。処分の実際は個別の事情によりますので、目安としてお読みください。
| 類型 | 内容 |
|---|---|
| 診療報酬の不正請求 | 問題となり得る罪等:詐欺罪(刑法246条) 免許・保険・医療法への波及:不正請求の内容により、免許処分と指定・登録の取消しが問題になる。それぞれの要件と手続による(第87・88講)。 経営上の特徴:返還、保険診療の継続、患者の引継ぎ、雇用・資金繰りへの影響を検討する。 |
| 医療事故 | 問題となり得る罪等:業務上過失致死傷(刑法211条) 免許・保険・医療法への波及:事故の結果だけで刑事責任や免許処分が決まるわけではない。注意義務違反、因果関係、具体的な行為等を検討する。 経営上の特徴:民事賠償と並行(第Ⅷ部) |
| 患者に対する性犯罪・盗撮 | 問題となり得る罪等:不同意わいせつ等(刑法176条以下)、性的姿態撮影等処罰法 免許・保険・医療法への波及:医事に関する犯罪や品位を損する行為等として、免許取消しを含む処分が問題になり得る。 経営上の特徴:被害者の保護と支援、接触防止、証拠の保全、必要な調査と説明を進める。 |
| 薬物 | 問題となり得る罪等:覚醒剤取締法、麻薬及び向精神薬取締法など 免許・保険・医療法への波及:医師免許の処分、所持する麻薬施用者免許等の処分が問題になり得る。各法令の要件による。 経営上の特徴:院内の薬物管理や持出しの有無を調べ、必要な報告・安全対策と、本人の治療・支援を検討する。 |
| 交通事犯 | 問題となり得る罪等:過失運転致死傷、危険運転致死傷、道路交通法違反 免許・保険・医療法への波及:罰金でも医師法上の検討対象となる。拘禁刑以上の刑の確定は、執行猶予を含め、役員欠格や保険の指定・登録取消事由に関わる。 経営上の特徴:代替診療の確保と本人の処遇を検討する。勤務先に問い合わせが来る場合もある。 |
| 暴行・傷害、その他 | 問題となり得る罪等:刑法各条 免許・保険・医療法への波及:品位を損する行為として免許処分の対象になりうる 経営上の特徴:院内(職員・患者)か院外かで対応が異なる |
私生活上の事件でも、免許、役員資格、診療体制等への影響が生じ得ます。犯罪の種類だけで結論を決めず、確認された行為、刑の確定の有無、本人の職務と各制度の要件を照合してください。
7 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 就業規則に起訴休職・懲戒の規定があるかを確認し、なければ整備する(第Ⅳ部・第Ⅴ部)
- 医師が突然不在になった場合の診療体制の代替案を、医師ごとに作っておく(第149講)
- 医療法人の理事会が、理事長の解職・選出を実際に決議できる構成になっているかを確認する
- 報道・問い合わせの窓口を一本化するルールと、職員への情報管理の指示文を用意しておく
やってはいけないこと
- 逮捕だけで有罪と決めつけ、事実や就業規則を確認せず解雇する
- 未確認の事実や不要な個人情報を対外的に説明する
- 個人と法人の利益相反を確認せず、対応と情報共有を一任する
- 「私生活上のことだから」と、免許・保険・医療法への波及を考えずに放置する
8 よくある質問
- 勤務医が不起訴になりました。処分は何もないと考えてよいですか。
- 不起訴は、犯罪事実がなかったことや行政処分ができないことと同義ではありません。医師法4条4号の医事に関する犯罪・不正や同法7条の品位を損する行為等の該当性は別に判断されます。懲戒についても、逮捕だけを理由に決めず、事実と就業規則等に基づいて判断します。
- 院長に執行猶予付きの拘禁刑が確定しました。医療法人の理事長を続けられますか。
- 執行猶予付きでも拘禁刑以上の刑が確定すれば、猶予期間中は医療法上の役員欠格に当たり、理事・理事長を続けられません。後任の理事の選任と理事長の選出、届出等を、法人の機関構成に沿って進めます。猶予期間満了後の再任は、本講4のとおり、刑の言渡しの効力等も含めて確認します。保険医登録等の取消事由にも関わりますが、取消しは別の判断です。
- 報道機関から取材の電話がありました。どう対応すべきですか。
- 窓口を決め、確認できた事実と未確認事項を分けます。患者への被害や診療への影響がある場合は、必要な説明を検討しつつ、個人情報を不必要に公表しないようにします。「確認中」「代替体制を整えている」等も、実際の状況に合う内容だけを伝えてください。回答案は弁護士等と確認し、状況が変われば更新します。
主な法令・参考資料
- 医療法
開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 医師法
4条の相対的欠格、7条の戒告・医業停止・免許取消しと手続、7条の2の再教育等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201
- 刑法
211条の業務上過失致死傷、証拠隠滅、秘密漏示等。成立要件と対象を区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
- 健康保険法
58条3項、65条、70条の2、71条、73条、78条〜82条等。管理者の責務、指定・登録の取消しを含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/211AC0000000070
- e-Gov法令検索:労働契約法
15〜19条。懲戒・解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - e-Gov法令検索:公益通報者保護法
通報者の範囲、通報先に応じた保護要件等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000122 - e-Gov法令検索:刑事訴訟法
39条の弁護人との接見、80条・81条・207条の接見等、203条・205条・208条の身柄拘束。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000131