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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第109講】

AIでカルテ・紹介状・診療録を作る ― 最後に責任を負うのは誰か

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第109講 AIでカルテ・紹介状・診療録を作る― 最後に責任を負うのは誰か

第Ⅺ部 個人情報・IT・サイバー・生成AI

AIは文書の下書きを支援できます。しかし、医師の記載・確認の役割を引き受けるものではありません。確定した記録に誤りがあれば、医師や医療機関の確認・運用が適切だったかが問われます。一方、誤りがあっただけで、必ず損害賠償責任が成立するわけではありません。義務違反、損害、因果関係等を個別に判断します。

この講では、AIによる文書作成のどこに法的な論点があるのか(記載主体、真正性、確認義務、録音の同意、事務職員による代行入力との関係、誤りが記録に混入したときの帰結)を整理し、導入するときに決めておくべきことを扱います。第108講が「入れてよいか」を扱ったのに対し、この講は「出てきたものをどう扱うか」です。

例えば、電子カルテのベンダーから、新機能の案内が来ました。「診察中の会話を録音し、AIが診療録の下書きを自動作成します。紹介状も、経過を選ぶだけで文案ができます。先生は確認して確定ボタンを押すだけです」
院長は、確定ボタンの意味を考えました。押した瞬間に、その文章は院長が書いた診療録になる。AIが聞き間違えた薬剤名も、会話になかった「異常なし」も。

1 記載の主体は医師 ― 変わらない構造

文書内容
診療録

法律上の位置づけ:医師が診療したときは遅滞なく記載する(医師法24条1項)。記載事項は同施行規則23条。勤務医の診療録は管理者が、それ以外は医師本人が5年間保存する。

AIを使った場合:AIが下書きしても、記載義務を果たすのは医師。確認・修正・確定が記載行為。

診療情報提供書(紹介状)

法律上の位置づけ:医師が患者の診療情報を他の医療機関に提供する文書。診療報酬上の算定要件がある。

AIを使った場合:AIが文案を作っても、内容の正確性と署名の責任は作成医師。

診断書・証明書

法律上の位置づけ:診断書は医師の診察に基づいて作成し、交付を求められた場合は正当な事由がなければ拒めない(医師法19条2項・20条)。刑法160条は、公務所に提出すべき診断書等に故意に虚偽を記載する場合の規定。AIの誤りを見落としただけで当然に成立するものではない。

AIを使った場合:AIの誤りを確認せずに署名した場合、内容と経緯に応じて民事責任や医師法上の問題が生じ得る。

看護記録・その他の記録

法律上の位置づけ:担当する職種と記録の種類に応じて作成・確認する。法定の保存義務・期間は、記録と施設の種類等によって異なる。すべてを診療録と同じ5年保存として扱わない。

AIを使った場合:入力した者、内容に責任を持つ者、確定した者を職務に応じて明確にする。AIの下書きと職員の記録・判断を区別する。

AIが下書きを作成したことだけで、医師の確認責任がなくなるわけではありません。確定した診療録に誤りがあれば、医師の確認・記載が適切だったかが問題になります。

2 真正性 ― 誰が、いつ、何を書いたか

電子保存では、真正性・見読性・保存性を確保します。真正性のためには、入力・確定した者と日時を明らかにし、故意・過失による虚偽入力、書換え、消去、混同等を防ぐことが必要です。AIを使う場合も、次を整理します。

  • 作成・確定の区別 AIによる下書き、職員の入力・修正、医師による確認・確定を区別する。確定者と日時を記録し、別の医師のIDで確定しない。
  • 変更履歴 確定後の訂正・削除は履歴を残す。AIの下書きや修正過程をどこまで保存するかも、検証の必要性と情報管理の負担から定める。下書きの履歴は確認過程を説明する資料になるが、それがないだけで反証不能になるわけではない。
  • 音声の扱い 録音の目的と、診療記録として保存するか、一時処理だけかを決める。すべての録音に一律5年の保存義務があるとは扱わない。必要な期間・場所・アクセス権・消去を定め、事故や紛争に関係する資料は保全する。音声を残さない場合の検証の限界も理解する。
  • 使用したAI サービス名、機能、設定、確認できるバージョン・更新情報を記録する。事業者が保持する情報は、事故時に提供を受けられる範囲・期限を契約で確認する。

3 確認義務 ― 「確定ボタン」の重さ

冒頭の院長が考えたとおり、確定ボタンは、AIの出力を医師の記載に変える行為です。したがって、確定の前に医師が内容を確認することは、AIを使う場合の注意義務の中心になります。

生成AIの下書きに混入しやすい誤りを挙げます。

誤りの型内容
聞き間違い・誤変換

例:薬剤名、数値(用量・検査値)、左右、部位

帰結:処方・処置の誤りに直結。診療録の記載が事故の原因になる

補完(会話になかった内容の追加)

例:「異常なし」「説明し同意を得た」「その他の症状なし」など、定型的に補われる記述

帰結:行っていない診察・説明が記録され、後の診療や事実認定を誤らせる。信用性は記録全体と他の証拠を合わせて判断される。

省略

例:患者が話した重要な訴えが要約で落ちる

帰結:次の診療へ重要な情報が伝わらず、確認や判断の経緯の説明も難しくなる。記載がないだけで診察していないと確定するわけではない。

文脈の取り違え

例:家族の病歴を患者の既往歴として記載、否定した症状を肯定として記載

帰結:誤った情報が次の診療や紹介先に引き継がれる

もっともらしい一般論の混入

例:疾患の一般的説明が、その患者の所見として書かれる

帰結:診療録の個別性が失われ、記録としての価値が下がる

特に注意したいのは、実際には聞いていない・行っていない内容の補完です。これは生成AIだけでなく、定型文の自動挿入やコピーでも起きます。「説明し同意を得た」という文が入っていても、実際の説明を裏付けるとは限りません。患者ごとの事実と照合し、行っていないことは残さないでください。

確定前に、患者が正しいか、日時・薬剤・用量・検査値・左右・部位が合っているかを原資料と照合します。「異常なし」「同意を得た」等は実際の診療と一致するかを確かめます。主訴、重要な陰性所見、判断とその理由、今後の方針に脱落がないかも点検します。ログ上の確定操作だけでは、内容を十分読んだことまで証明できません。確認する時間を診療の手順に組み込みます。

確定後に誤りが分かった場合は、元の記録を隠すように上書きせず、訂正者・日時・理由と変更履歴が分かる方法で訂正します。紹介先へ送った文書や処方等に影響があれば、患者の安全確保と訂正の連絡を急ぎます。AIの系統的な誤りが疑われる場合は機能の停止、他の患者への影響調査、事業者への連絡も行います。

4 録音の同意と個人情報

診察中の会話を録音してAIに処理させる場合は、利用目的、保存、委託・第三者提供、安全管理等を整理したうえで患者に説明し、原則として同意を得る運用が適切です。法的評価は、録音目的、処理方法、保存の有無、事業者との契約等によって異なります。

  • 録音すること、AIで下書きを作ること、録音データの保存の有無と期間、処理を行う事業者(国内か海外か)を、掲示と口頭で説明する。
  • 患者が拒否した場合は、録音せずに診療する。拒否を理由に不利益を与えない。
  • 録音・下書きの処理は、第108講の条件に沿って承認したサービスで行う。事業者の独自学習・二次利用、保守等のアクセス、保存・消去、再委託・国外への提供を確認する。
  • 電子カルテに組み込まれた機能なら、再委託先の確認(第106講・第108講)。
  • 家族・付添い・職員の声や情報が含まれる場合も、説明、必要性、アクセス範囲を整理する。患者一人の同意だけですべてを処理しない。

5 事務職員による代行入力との関係

医師事務作業補助者による診療録の代行入力は、医師の指示のもとで行い、医師が内容を確認して承認(電子署名等)する運用が求められています。AIによる下書きは、この構造の中で、代行入力者の役割の一部をAIが担うものと位置づけられます。したがって、運用の原則は同じです。

  • 下書きの作成者(AI・代行入力者)と、確定者(医師)を区別して記録する。
  • 未確認のAI文を、時間の経過だけで診療録として確定しない。ガイドラインには、入力者・確定者を特定する規程等を前提とした一定時間後の自動確定に関する記載もあるが、内容を確認しないAI下書きの承認を認めるものではない。代行入力した記録は、確定者が内容を確認して承認する。
  • 事務職員がAIの下書きを修正してから医師に回す運用では、事務職員の修正が医学的判断に踏み込まないようにする(第95講の「医学的判断の伝達」と同じ線)。
  • 医師事務作業補助体制加算等は、AIを導入しただけで算定できるものではない。現行の施設基準、対象業務、配置・研修等の条件を、該当する区分に即して確認する。

6 導入するときに決めておくこと

AI文書作成の導入チェックリスト

  1. 対象文書 診療録の下書き、紹介状、診断書、患者向け説明文など、どの文書に使うか。診断書は、誤りの帰結が重いため、当面は対象から外すことも選択肢。
  2. 確定の手順 AIの下書きには医師の内容確認・修正・確定を組み込み、未確認のまま確定しない設定にする。患者・数値・薬剤・左右・補完文・重要事項の脱落を確認項目にする。
  3. 履歴 確定・変更の記録を残す。AIの下書き・修正過程やシステム情報をどこまで保存し、誰が参照できるかも決める。
  4. 録音 患者への説明文と掲示、拒否時の対応、録音データの保存方針。
  5. データの扱い 処理を行う事業者、学習利用の有無、保存場所、削除、再委託(第108講)。
  6. 研修 補完、聞き違い、脱落、患者・文脈の取り違えを具体例で確認する。導入初期と更新後は重点的に点検し、頻度・範囲をリスクに応じて調整する。
  7. 点検 定型文が実際の診察・説明に合っているか、重要事項が落ちていないかを定期的に抽出して確認する。同じ文章というだけで不正とは決めない。
  8. 停止の基準 系統的な誤りが見つかったときに、機能を止め、影響範囲を特定する手順。
  9. ベンダー契約 誤りに関する責任の範囲、ログの提供、不具合時の通知(第110講)。

7 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • まず例えば直近10件を抽出し、AI下書きと確定した記録を比較する。問題があれば対象・期間を広げる。10件の確認だけで安全と判定しない
  • 録音を伴う機能を使っているなら、患者への説明と掲示があるかを確認する
  • 未確認のAI下書きがそのまま確定される設定・運用になっていないかを確認する
  • 使用サービス・機能・設定と、確認できるバージョン・更新情報を記録する

やってはいけないこと

  • AIの下書きを読まずに確定する
  • 「説明し同意を得た」等の自動挿入文を、実際の診療と照合せず残す
  • 患者に知らせずに診察を録音する
  • 診断書をAIの文案のまま署名する

8 よくある質問

AIの下書きに基づく診療録の誤りで患者に損害が出た場合、ベンダーに責任を問えますか。
医師・医療機関の確認や運用の適切さと、ベンダーの契約上の義務や過失をそれぞれ検討します。条件を満たせば、患者がベンダーへ直接、不法行為責任を問う場合もあります。「出力の正確性を保証しない」という契約だけで、あらゆる責任がなくなるわけではありません。無体のプログラム単体と、プログラムを組み込んだ機器では製造物責任法の検討も異なります(第110講)。
患者から「診療録はAIが書いたのか」と聞かれました。
AIを下書きに使い、医師が確認して確定していることを、そのまま説明してください。隠す理由はなく、隠せば信頼を損ないます。録音を伴うなら、録音していることを事前に説明しているはずです。説明していなかったなら、その点を謝罪し、以後の説明の仕組みを整えてください。
紹介状の文案をAIに作らせることは、診療情報提供料の算定に影響しますか。
AIが下書きを作ったことだけで算定の可否は決まりません。医師の診療に基づく紹介の必要性、患者の同意、紹介先、文書の内容・提供、回数等、算定する区分の現行要件を確認します。医師の内容確認は必要ですが、確認・署名だけで他の算定条件まで満たすわけではありません。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法施行規則

    医療情報システムのサイバーセキュリティ確保等(14条2項)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050

  2. 医師法

    診療録の記載・保存(24条)等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201

  3. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  4. 刑法

    211条の業務上過失致死傷、証拠隠滅、秘密漏示等。成立要件と対象を区別。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045

  5. 個人情報保護法

    利用目的、要配慮個人情報、委託・第三者提供、保有個人データの開示等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057

  6. 厚生労働省:医療情報システム安全管理ガイドライン第7.0版

    2026年6月改訂の第7.0版。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.html

  7. 同ガイドライン:システム運用編

    電子保存、システム運用、認証、バックアップと復旧等。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716295.pdf

  8. 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス

    令和8年4月一部改正。医療情報の取得・利用・提供、安全管理、開示等。

    https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/
  9. e-Gov法令検索:製造物責任法

    製造業者等、業として輸入した者、欠陥による責任、免責等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/406AC0000000085
  10. 個人情報保護委員会:生成AIサービスの利用に関する注意喚起等

    利用目的の範囲、機械学習等の取扱い、規約・設定の確認。令和5年6月2日。

    https://www.ppc.go.jp/files/pdf/230602_alert_generative_AI_service.pdf
  11. 厚生労働省:AIを用いた診断・治療支援と医師法17条

    平成30年12月19日医政医発1219第1号(会議資料に収録)。診断・治療の主体と最終判断。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000468150.pdf
  12. 消費者庁:製造物責任法の概要Q&A

    Q5のソフトウェア・組込み製品、Q24の免責特約と被害者の関係等。

    https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/pl_qa.html

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