第110講 診断支援AI・AI問診が間違えた― 医師とベンダーの責任分担
第Ⅺ部 個人情報・IT・サイバー・生成AI
AIを使っても、診断・治療の主体は医師です。厚生労働省の平成30年12月の通知は、医師が最終的な判断の責任を負うと整理しています。ただし、これはAIが誤れば医師が必ず賠償するという意味ではありません。診療当時の医療水準に照らした義務違反、損害、因果関係等を検討し、医療機関やベンダーの責任もそれぞれ判断します。
しかし、それで議論が終わるわけではありません。医師の注意義務の水準はAIの利用でどう変わるのか、医療機関はAIの選定と運用についてどんな責任を負うのか、ベンダーには何を問えるのか、AI問診の結果をスタッフが振り分けることは医行為にならないのか、事故が起きたとき何を残しておくべきか。この講は、第Ⅺ部の締めくくりとして、これらを整理します。
例えば、内科クリニックが、来院前のAI問診と胸部レントゲンの読影支援AIを導入したとします。患者は「軽い咳、3日前から」と入力し、緊急度は「低」と表示されました。自由記述には「息が苦しい時がある」とも書いていましたが、この製品では判定に反映されない仕様でした。承認を受けた読影支援AIも、対象とする所見の候補を示しませんでした。院長は感冒として処方しました。2週間後、患者は救急搬送され、肺炎と診断されました。後に初診時の画像を見ると淡い浸潤影が指摘されました。「初診時に何を確認し、どう判断すべきだったのか」。これが検討すべき問題です。
1 二つのAIは、法律上の位置づけが違う
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| AI問診 | 機能:患者の症状を聞き取り、問診票を作成する。疑われる疾患や緊急度を表示するものもある。 薬機法上の位置づけ:問診情報の収集・整理だけか、診断等を目的とする評価を行うか、意図どおり機能しない場合のリスクはどうか等から判断する。低リスクの除外もあり、製品名やAIの有無だけでは決まらない。医療機器に該当する場合は、区分に応じた承認・認証等の手続が必要。 使用上の制約:患者が入力した事実は問診情報として確認して使える。一方、AIが付けた疾患候補や緊急度を、医師の診断と同一視しない。表示の意味と評価対象を確認する。 |
| 診断支援AI | 機能:画像(レントゲン・CT・内視鏡・病理等)や検査データから、所見の候補や異常の可能性を提示する。 薬機法上の位置づけ:診断等の目的とリスクに照らし、薬機法と該当性ガイドラインで判断する。医療機器プログラムに該当する場合は、その区分に必要な承認・認証等と、使用目的・性能・注意事項を確認する。 使用上の制約:電子添文等の使用目的・対象・注意事項に沿って運用を定める。対象所見の検出候補が出ないことを、「すべての疾患がない」と読み替えない。承認も個々の出力の正しさを保証するものではない。 |
設例では、自由記述が緊急度の判定に反映されない製品と仮定しています。読影支援AIが候補を示さなかったことも、異常のない証明ではありません。医師が患者の訴え、診察、原画像、AIの仕様をどう確認したかが問題になります。
2 医師の責任 ― 注意義務はAIでどう変わるか
注意義務は、診療当時の医療水準、患者の状態、施設の機能、得られた情報等を踏まえて判断されます。後から異常が分かったことだけで、当時の見落としに過失があったとは断定できません。AIを使う場面では、次の点を検討します。
| 場面 | 考え方 |
|---|---|
| AIの出力に従って誤った | 必要な診察や原画像等の確認を省き、出力をそのまま採用した場合は注意義務違反が問題になる。製品の使用目的・限界と診療状況を踏まえて評価する。AIに従った事実だけで、無診察診療や損害賠償責任が確定するわけではない。 |
| AIの出力を無視して誤った | 異常の示唆を医師が利用できる状況だったか、その信頼性、確認・追加検査の必要性を検討する。出力が保存されていても、当時表示されたか等の事情を確認する。AIの指摘があるだけで必ず採用する義務はない。 |
| AIの出力と自分の所見が食い違った | 食い違いは、慎重な確認を促す情報。どちらを採用するかは医師の判断だが、食い違いに気づいたうえでの判断であることと、その理由を診療録に残すことが、後の説明の基礎になる。 |
| AIの設計上の限界を知らずに使った | AI問診が自由記述を判定に反映しないこと、読影AIが特定の所見を対象外としていることなど、添付文書や仕様に書かれた限界を知らずに出力を信頼した場合、それ自体が注意義務の問題になりうる。 |
| AIを使わなかった | AIを使わなかったという一点だけで義務違反を判断しない。当時の診療水準、製品の有用性・普及、利用可能性、代替の診療方法等を個別に検討する。 |
設例では、自由記述や原画像を医師が確認できる状態だったか、息苦しさをどう評価したか、当時の画像所見がどの程度認識可能だったか、経過観察や再受診の説明をどうしたかを調べます。AIの見逃しと医師の過失は同じではなく、患者の被害との因果関係も別に検討します。
3 医療機関の責任 ― 選定・運用・体制
個々の医師の判断とは別に、医療機関には、AIをどう選び、どう運用するかについての責任があります。
- 選定 医療機器への該当性と必要な承認・認証等、自院の用途との適合を確認する。AI問診は、自由記述の扱い、緊急症状の警告、医療職への連絡手順も確認する。
- 使い方の定義 誰がどの段階で原情報とAIの出力を確認するか、緊急時に誰へ連絡するかを定める。受付がAIの表示だけで独立した医学的判断をしない手順にする。
- 研修 医師と職員に、そのAIの限界(何を対象とし、何を対象としないか)を説明する。添付文書・仕様書を読む機会を作る。
- 更新の管理 AIのバージョン更新で性能や対象が変わることがある。更新の内容を把握し、記録する。
- 記録の保存 診療で用いた入力・出力を患者と結び付け、医師の判断を区別して保存する。記録・ログの範囲、期間、事業者からの取得方法を定める。すべての操作ログに一律の無期限保存を求めるものではない。
- 不具合の把握と報告 院内の窓口を決め、製造販売業者へ連絡する。医療機器による健康被害や、そのおそれのある不具合等で、危害の発生・拡大防止のため報告が必要と判断した場合は、医薬関係者にも薬機法68条の10第2項に基づく報告義務がある。業者への連絡だけで済ませず、PMDAへの報告を行う。
- 安全管理 医療機器に該当する診断支援AIは、医療機器安全管理責任者を中心とする安全管理の対象として扱う(医療法6条の12、施行規則1条の11)。該当しないサービスにも情報管理と運用上の安全対策を設ける。
4 AI問診の落とし穴 ― 「振り分け」は誰がしているか
AI問診には、診断支援AIとは別の問題があります。AI問診の結果を、受付や看護師が見て、患者の順番や診療科を決め、場合によっては「今日は受診不要」と案内する運用です。
受付職員による事務的な案内、看護師による適切なトリアージ、医師による診断を区別します。看護師の業務まで一律に無資格者の判断とは扱いません。一方、無資格の受付職員がAIの表示だけで病状を判断し、「受診する必要はない」と診断に当たる説明をする運用は避けます。AIを介しても、業務の性質と担当者の資格・指示関係は変わりません。
したがって、AI問診の運用は次のように組む必要があります。
- 表示の対象と意味を定める。患者向けの一般的な受診案内や職員への警告まで一律に禁止する必要はないが、AIの評価を確定診断と誤解させず、原情報と人への連絡手段を確保する。
- 息苦しさ等の緊急性が疑われる訴えは、AIの表示が「低」でも、定めた手順で医師・看護師へ速やかにつなぐ。受付が独断で待たせず、看護師の評価も職務・院内手順に沿って行う。
- AIの表示だけを理由に受診を断ったり、個別の病状について不要と断定したりしない。一般的な情報提供・受診勧奨と、個別の診断・診療上の判断を区別する。
- 自由記述が判定に使われるか、誰の画面に表示され、誰が確認するかを確かめる。表示されるだけで見落としが防げるとは限らない。
5 ベンダーの責任 ― 何を問えるか
| 根拠 | 内容と限界 |
|---|---|
| 製造物責任法 | 無体物であるプログラム単体は、原則として同法の製造物に当たらない。一方、それを組み込んだ機器の欠陥により被害が生じた場合は、機器について同法の責任を検討する。契約責任・不法行為責任は別にあり得る。 |
| 契約(債務不履行) | 合意した仕様・性能、保守・通知等の義務の不履行を検討する。1回の見逃しだけで仕様違反とは限らない。正確性の非保証や賠償上限の効力・適用範囲も個別に判断し、あらゆる責任を免れる条項とは扱わない。 |
| 不法行為 | 設計・説明・既知の不具合への対応等の過失と、損害・因果関係が認められれば、患者がベンダーへ直接請求する場合もある。医療機関との責任分担・求償は、共同責任や契約等の根拠と各当事者の寄与に応じて検討する。 |
| 薬機法上の責任 | 製造販売業者は、不具合の報告、回収、添付文書の改訂等の義務を負う。行政上の責任であり、患者・医療機関への民事責任とは別。 |
医師、医療機関、ベンダーの責任は、患者との関係と当事者間の契約関係を分けて検討します。医療機関とベンダーの契約だけで、患者の請求権が当然に制限されるわけではありません。契約時には、仕様・性能、限界の説明、不具合の通知、ログ提供、事故調査への協力、責任制限の例外を確認してください。
6 事故が起きたとき ― 何を残しておくか
AIが関与した診療で患者に有害事象が生じた場合、第Ⅷ部で扱った医療事故の対応に、次の要素が加わります。
AI関与事案で保全・確認するもの
- AIの出力 その患者について、いつ、どのバージョンが、何を出力したか。
- 医師の判断の記録 出力を見たか、自分の所見はどうだったか、食い違いをどう判断したか。診療録に残っているか。
- 入力データ AI問診なら患者の入力(自由記述を含む)。読影なら画像そのもの。
- 仕様・添付文書 そのAIが何を対象とし、何を対象としないと定めていたか。
- 運用文書 院内で定めた使い方。医師・職員がそれに従っていたか。
- ベンダーへの連絡 不具合の疑いを伝え、ログ等の保全と調査協力を求める。医療機器については医薬関係者からのPMDA報告の要否も検討する。因果関係の確定を一律の前提にしない。
- 医療事故調査制度 提供した医療に起因し、または起因すると疑われる死亡・死産で、管理者が予期しなかったものとして法令の条件に当たれば対象となる。AIの関与や過失の有無だけで決まらない(第74講)。
- 患者への説明 治療と安全確保を優先し、分かっている事実、AIの利用、調査状況、今後の対応を説明する。原因が未確定なのにAIや特定の人の責任と断定せず、判明に応じて追加説明する。
7 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 導入している診断支援AIの添付文書・仕様書を読み、使用目的と対象外の所見を確認する
- 自由記述と緊急症状を誰が確認するか、AIの低い評価だけで受付が待たせていないかを確認する
- AIの出力が診療録と紐づいて保存されているかを確認する
- ベンダー契約で、不具合通知・ログ提供・事故時の協力が定められているかを確認する
やってはいけないこと
- 自分で画像や問診票を見ずに、AIの出力を採用する
- AIの出力と自分の所見の食い違いを、記録に残さずに処理する
- AI問診の緊急度に基づいて、無資格者が患者を待たせたり受診不要と案内したりする
- 事故の説明を「AIが間違えた」で済ませる
8 よくある質問
- 承認を受けた診断支援AIなら、その出力に従っていれば医師の責任は免れますか。
- 承認されていることだけで、医師が当然に免責されるわけではありません。一方、誤診という結果だけで法的責任が成立するわけでもなく、診療当時の医療水準、AIの仕様・限界及び医師による確認・判断が適切だったかを評価します。
- AIが指摘した所見を、医師が「偽陽性」と判断して無視しました。後に真陽性だったと判明した場合、責任はどうなりますか。
- 診療当時の医療水準に照らして合理的な判断であれば、後に誤りが分かっても直ちに義務違反とはなりません。原画像、AIの指摘、判断理由、追加検査・経過観察の検討を記録しておくことが説明の助けになります。記録の不足は立証を難しくしますが、それだけで過失の有無が確定するものではありません。
- AI問診の結果を、そのまま診療録に転記してよいですか。
- 患者の入力を問診記録として取り込むこと自体は問題ありませんが、AIが生成した「疑われる疾患」「緊急度」を医師の判断であるかのように転記してはいけません。医師の診察による所見と判断を、別に記載してください。第109講の記載主体の考え方と同じです。
主な法令・参考資料
- 医療法
開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 医療法施行規則
医療情報システムのサイバーセキュリティ確保等(14条2項)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323M40000100050
- 医師法
診療録の記載・保存(24条)等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201
- 民法
委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 厚生労働省:医療情報システム安全管理ガイドライン第7.0版
2026年6月改訂の第7.0版。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.html
- 同ガイドライン:システム運用編
電子保存、システム運用、認証、バックアップと復旧等。
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716295.pdf
- e-Gov法令検索:保健師助産師看護師法
看護師等の業務範囲、医師の指示に基づく診療補助、守秘義務等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000203 - e-Gov法令検索:医薬品医療機器等法
承認、販売・授与、輸入確認、医薬品等の広告等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000145 - e-Gov法令検索:製造物責任法
製造業者等、業として輸入した者、欠陥による責任、免責等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/406AC0000000085 - 厚生労働省:AIを用いた診断・治療支援と医師法17条
平成30年12月19日医政医発1219第1号(会議資料に収録)。診断・治療の主体と最終判断。
https://www.mhlw.go.jp/content/10601000/000468150.pdf - 厚生労働省:プログラムの医療機器該当性ガイドライン
令和5年3月31日一部改正。目的・リスクと該当性の判断。
https://www.mhlw.go.jp/content/11120000/001082227.pdf - PMDA:医薬品医療機器等法に関する報告の制度について
医薬関係者の報告対象、健康被害のおそれがある不具合、因果関係が不明確な場合の扱い。
https://www.pmda.go.jp/safety/reports/hcp/pmd-act/0003.html - 消費者庁:製造物責任法の概要Q&A
Q5のソフトウェア・組込み製品、Q24の免責特約と被害者の関係等。
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/pl_qa.html