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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第121講】

院長が突然亡くなったら翌日の診療はどうなるのか

第ⅩⅢ部 相続・事業承継・院長の万一
病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第121講 院長が突然亡くなったら翌日の診療はどうなるのか

第ⅩⅢ部 相続・事業承継・院長の万一

個人開設で、開設者・管理者・唯一の診療医を兼ねる院長が死亡した場合、そのまま翌日の診療を継続することはできません。法人開設でも、管理者が不在のまま通常診療を続ける前提にはできず、後任選任と必要な手続を急ぐ必要があります。診療体制だけでなく、口座、給与、患者対応及び職員の雇用にも直ちに影響します。

この講は、第ⅩⅢ部(相続・事業承継・院長の万一)の入口として、院長の死亡から数日〜数週間に何が起きるかを、個人診療所と医療法人に分けて整理し、遺族と職員が何をするか、そして院長が生前に何を用意しておけば「翌日」を乗り切れるかを扱います。第122講以降で扱う遺言・承継の設計は、すべてこの「翌日」の問題から始まります。

例えば、個人開設の内科診療所で、開設者・管理者・唯一の診療医である院長が急逝したとします。翌朝も予約があり、処方や検査結果の説明を待つ患者がいます。まず必要なのは、安全な患者対応と職員への連絡です。同時に、院長名義の預金が通常どおり使えなくなる事態に備え、支払予定と手続を整理します。

1 個人診療所 ― 開設者の死亡で何が起きるか

項目起きること
診療唯一の診療医と管理者を失った状態では、通常診療を続けられない。別の医師が来られる場合も、開設・管理の手続が自動的に引き継がれるわけではなく、保健所と速やかに協議する。
行政手続戸籍法上の死亡届出義務者が、医療法9条2項により10日以内に開設者死亡を届け出る。保険医の登録、保険医療機関の廃止・新規指定等は、別途、地方厚生局に必要書類と期限を確認する。
口座金融機関が死亡を把握すると、通常の出金等が制限される。民法909条の2による遺産分割前の一定額の払戻しなどを検討するが、必要書類・処理日数があり、全額を直ちに使える制度ではない。
診療報酬死亡前の診療に係る請求と、未収の診療報酬を整理する。請求担当者、提出方法、支払先変更、入金予定を審査支払機関等に確認する。
患者継続処方の患者、検査結果を待つ患者、予約患者への連絡と、他の医療機関への紹介。カルテの引継ぎ(患者の求めに応じた診療情報の提供)。
職員使用者の死亡だけで、雇用契約が一律に自動終了するわけではない。相続による使用者の地位の承継、事業継続の可否、休業・解雇等の手続を整理する。未払賃金、解雇予告手当、規程等に基づく退職金は、発生原因・時期と支払義務者を分けて確認する。
カルテ医師法24条の診療録の5年保存を踏まえ、電子データも含めて散逸を防ぐ。管理者死亡時は、相続人・職員・保健所等で保管体制と開示窓口を調整する。相続人だから自由に閲覧・利用できるわけではなく、保存義務者と実際の保管担当者を区別する。
賃借物件・リース・借入院長個人の財産上の権利義務は、原則として相続の対象。契約上の終了条件、解約・原状回復、相続放棄等を個別に確認する。団体信用生命保険も、保障対象・免責・請求手続によって返済への充当が決まる。
税務申告義務がある場合、準確定申告・納付は原則として相続開始を知った日の翌日から4か月以内、相続税の申告・納付は自己のために相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内。事業資産・未収金・債務も把握する。

2 承継か廃止か ― 遺族が最初に決めること

個人開設者の死亡後は、診療所の開設・管理及び保険医療機関指定の手続を改めて確認します。通常は医師等の後継者による開設を検討しますが、医師でない者の開設が法律上一律に不可能なわけではなく、許可制、非営利性及び医師等の管理者の確保などの条件があります。診療体制を切らさない計画を、保健所・厚生局と早期に協議します。

相続人に医師がいない場合も、第三者への事業承継、適法な開設・管理体制の整備、廃止などを比較します。設備の譲渡、物件の使用、雇用の承継には、それぞれ契約や同意が必要です。患者情報は単なる売買の対象として扱わず、事業承継時の個人情報保護、利用目的、患者への説明と診療情報の引継ぎを整理します。

廃止の場合は、患者への連絡と紹介、職員の解雇・退職手続、賃貸借とリースの解約、医療機器の処分、医薬品(特に麻薬・向精神薬)の処分、カルテの保管、行政への届出、と続きます(第147講)。

3 医療法人 ― 理事長の死亡で何が起きるか

項目起きること
法人の存続理事長の死亡だけで法人が消滅するわけではなく、法人の契約・雇用は原則として継続する。法人預金は理事長個人の遺産ではないが、代表者変更、銀行届出、電子承認の権限によって支払が滞ることはある。
理事長原則として、医師又は歯科医師である理事から理事会で後任を選ぶ。非医師・非歯科医師の理事には知事認可の例外がある。欠員で損害のおそれがある等の要件を満たせば、一時理事長の職務を行う者の選任を知事に求める制度もある。定款の代行順序だけで、死亡後の代表権が当然に生じるとは限らない。
管理者管理者も兼ねていた場合は、資格・勤務実態等の要件を満たす後任の確保と変更手続が必要。管理者の常勤が原則であり、単に非常勤医が来れば足りるわけではない。診療できない期間の休止等は保健所と協議する。
社員社団の社員資格は、持分の相続とは別。定款上の死亡退社と、相続人が新たに入社する手続を確認する。社員が全員いなくなる「社員の欠亡」は医療法55条の解散事由であり、単なる総会の不成立では済まない。
出資持分持分あり法人では、定款の死亡退社・払戻条項等によって、相続の対象が持分なのか、すでに生じた金銭の払戻請求権なのかを確認する。払戻額と相続税評価額は区別し、税務評価を一律に純資産方式と決めない。
診療後任管理者の要件、診療に当たる医師、設備・職員等を確保し、必要な手続を整えたうえで継続を判断する。確保できなければ患者の紹介等を行う。
登記・届出代表者の変更登記、役員・管理者に関する変更届、地方厚生局や金融機関への変更手続などを整理する。法人自体が存続する場合、理事長交代を開設法人の交代と混同しない。

法人開設には、理事長個人の相続と法人の契約・財産を分けられる利点があります。それでも診療医、管理者、代表権、社員総会・理事会の体制が欠ければ、診療や支払に支障が出ます。法人化と併せて、不在時に誰が何を決められるかを整えておく必要があります。

4 「翌日」を乗り切るために、生前に用意するもの

院長の万一に備える準備

  1. 代診と管理者候補 当面の診療を依頼できる医師の連絡先を整理する。代診への協力と管理者への就任は別に打診し、必要な資格・勤務体制・行政手続を確認する。
  2. 法人化と機関の設計 開設形態の利点・費用を比較する。法人では、後任理事長の候補、社員・理事の構成、招集・選任方法、欠員時の対応を点検し、一人に依存しない体制を検討する。
  3. 資金 個人診療所では、当面の給与・家賃等をどう支払うかを金融機関・税理士等と事前に設計する。安易に第三者名義の口座へ移すのではなく、法人化、権限設定、相続発生後に利用できる払戻制度等を確認する。法人では、理事長以外の承認権限も整える(第112講)。
  4. 情報の一覧 契約、口座、支払予定、専門家の連絡先、職員の労働条件、必要な患者対応情報の保管場所を整理する。認証情報は安易に共有せず、権限を持つ担当者が適法にアクセス・復旧できる手順を設ける。
  5. 連絡・判断の担当表 患者対応、職員への連絡、行政への相談、契約・支払の決裁を分ける。配偶者や顧問を連絡担当にしても、その指定だけで法人の代表権や相続財産の処分権が生じるわけではない。
  6. 患者対応の手順 休診の掲示、継続処方患者への連絡、紹介先の候補、カルテの開示への対応。
  7. 遺言 診療所の事業用資産、法人の持分、土地建物を誰に承継させるかを、遺言で定める(第122講)。遺言がないと、承継者の確定、名義変更及び処分に相続人間の調整が必要となり、手続が遅れやすい。
  8. 生命保険・団体信用生命保険 借入の返済、職員の給与・退職金、廃止の費用を賄える保険。受取人の指定。
  9. 承継の意思 後継候補と本人の意向、第三者承継・廃止の希望を文書にする。家族の生活と、患者・職員への対応を一緒に考え、状況の変化に応じて見直す。

5 死亡後の対応と期限

  • 当日〜翌日 休診の決定と掲示、予約患者への連絡、職員への説明(誰の指示で動くかを明確に)、継続処方が切れる患者の把握と紹介先の手配。
  • 2〜3日 税理士・弁護士への連絡。口座凍結への対応(払戻し制度、金融機関との協議)。給与・家賃・リース・業者の支払予定の確認と資金の手当て。承継か廃止かの方向性の検討開始。
  • 10日以内 個人開設者死亡の医療法上の届出。保険医・保険医療機関に関する手続は、地方厚生局へ直ちに相談し、それぞれの期限で進める。
  • 早期に方向性を協議 承継候補、廃止費用、職員の雇用、患者への通知を整理する。後継者を一律に1か月以内で決める法定期限はない。相続放棄等は原則として自己のために相続開始があったことを知った時から3か月以内で、調査が間に合わなければ期限前に家庭裁判所への期間伸長申立てを検討する。
  • 準確定申告 申告が必要な場合、原則として相続開始を知った日の翌日から4か月以内に申告・納付する。
  • 相続税申告 申告が必要な場合、原則として自己のために相続開始があったことを知った日の翌日から10か月以内に申告・納付する。遺産分割が未了でも期限は延びず、税務上の対応を別途検討する。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 自分に万一があったとき、翌日の診療を誰に頼めるか、名前を一人書き出す
  • 取引先・契約・口座・専門家の連絡先の一覧を作り、配偶者と事務長が場所を知っている状態にする
  • 個人診療所では開設形態を比較し、法人では後任候補・社員・理事の構成と不在時の選任手続を確認する
  • 遺言の有無を確認し、なければ第122講へ

やってはいけないこと

  • 「自分はまだ大丈夫」を理由に、代診・情報・遺言の準備を先送りする
  • 死亡後の払戻し・支払権限を確認せず、個人口座からいつでも出金できると考える
  • 後任理事長・管理者の確保や社員の欠亡への対応を検討せず、一人に依存した体制を放置する
  • 承継の意思を、誰にも伝えないまま持っている

7 よくある質問

院長が亡くなった翌日、非常勤の医師に診療を続けてもらうことはできますか。
個人開設では、非常勤医への依頼だけで開設者の地位を引き継げません。保健所と開設手続を相談し、保険診療の指定・遡及の可否も地方厚生局に確認します。法人開設でも、後任管理者の資格・常勤等の要件と手続が必要です。体制が整うまでは、近隣医療機関への紹介などで患者の診療を確保します。
妻は医師ではありません。子が医学部の学生です。診療所を残せますか。
卒業・免許取得だけでなく、開設・管理に必要な研修等の要件と診療能力を確認します。個人開設者が亡くなった後、その人の開設のまま待つことはできません。他の適格な医師等による承継や法人の診療体制を検討します。医療法8条の2の「正当な理由なく1年を超える休止」の制限には、8条による届出開設の診療所等の例外がありますが、死亡後の開設を引き継げるという意味ではありません。
職員の給与は、誰が払うのですか。
法人開設では法人が使用者として支払います。個人開設では、未払賃金等の債務と、死亡後の雇用関係・休業・解雇に伴う給付を分け、支払義務者を確認します。退職金は規程等の根拠が必要です。相続放棄を検討する場合、預金の払戻しや財産の処分が判断に影響し得るため、実行前に弁護士へ相談してください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 医師法

    診療録の記載・保存(24条)等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201

  3. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  4. 労働基準法

    16条の賠償予定の禁止、24条の賃金全額払い、労働時間・割増賃金、有期契約等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049

  5. 厚生労働省:社団医療法人定款例

    社員の入退社、社員総会の議長・決議、役員等に関する定款例。

    https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000205243.pdf

  6. e-Gov法令検索:労働契約法

    15〜19条。懲戒・解雇、有期契約、無期転換、雇止め。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
  7. 国税庁:納税者が死亡したときの確定申告

    No.2022。準確定申告の起算日、期限と手続。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2022.htm
  8. 国税庁:相続税の申告と納税

    No.4205。申告・納付期限と未分割の場合の取扱い。

    https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4205.htm
  9. 裁判所:相続の承認又は放棄の期間の伸長

    熟慮期間と家庭裁判所への伸長申立て。

    https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_25/index.html

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