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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第150講】

良い病院経営とは「揉めないこと」ではない ― 院長が知るべき相談のタイミング

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第150講 良い病院経営とは「揉めないこと」ではない― 院長が知るべき相談のタイミング

第ⅩⅤ部 M&A・出口戦略・廃業・危機管理

良い病院経営は、紛争がないことだけでは測れません。患者や職員との信頼を育て、必要な手続や記録を日常から整えること。それでも問題が起きたときに、事実を確かめ、診療を守りながら適切に対応すること。その両方が大切です。揉めていないから問題が隠れている、と決めつける必要もありません。

この連載では、院長が困ったときに、問題を見分け、次の行動と相談先を選ぶための材料を整理してきました。最終講では、「いつ、誰に、何を相談するか」という視点から振り返ります。150講を一度に実行しようとせず、自院に関係する課題から始めてください。

例えば、開業20年目の院長が、退職した看護師から未払残業代の請求を受け、弁護士に相談したとします。まず確認するのは、回答期限、労働条件、勤怠と給与の記録です。請求への対応を進める中で、同じ問題を繰り返さないための記録方法や就業規則も見直します。今ある問題を解決することと、次に備えることは、こうしてつながります。

1 予防と、起きた後の対応を両方備える

個別指導、医師・職員の退職、患者からの苦情、医療事故、広告、サイバー攻撃、家族や持分、相続、投資、承継、閉院。この連載で扱った問題は、いずれも診療と経営に関わります。ただし、自院で優先して備える事項は、診療内容、組織、契約、家族関係等によって異なります。

日常の取組みで避けられる問題もあれば、予防に努めても起きる問題もあります。結果は事前準備だけで決まるわけではありませんが、記録、権限、連絡先が整理されていれば、事実確認と対応を始めやすくなります。

場面日常の備えと、起きたときの行動
個別指導の通知診療録と請求、施設基準を日常から点検する。通知を受けたら対象・提出物・日程を確認し、必要な担当者や専門家へ相談する。事後の記録改変で取り繕わない(第81講)。
医師の退職勤務条件、患者の引継ぎ、情報の取扱い、必要かつ合理的な競業避止等を整える。退職時は本人の権利と患者の選択を尊重し、診療を継続する体制を検討する(第Ⅳ部)。
家族の運営参加社員、理事、出資持分の保有者を区別し、実際の権利と責任を確認する。「名前だけだから権利はない」と考えない。一方、社員になっただけで持分を得るわけでもない(第111講)。
相続・承継遺言、持分、不動産、保証、遺留分侵害額請求への資金、法人の機関等を検討する。制度を用意した後も家族・財産の変化に応じて見直す(第122講・第130講)。
サイバー攻撃権限管理、更新、バックアップの分離・復元試験、初動の連絡と診療の代替手順を整える。発生時は安全確保、被害拡大防止、証拠保全、必要な報告・通知を進める(第105講)。
投資の勧誘商品の仕組み、損失と換金条件、相手の資格・登録が必要か、紹介者の報酬や関係を確認する。登録があることや知人の紹介だけで安全とは判断しない(第132講・第133講)。

備えがあっても、紛争や損失を完全に避けられるわけではありません。それでも、契約と記録を取り出し、誰が対応するかを決められれば、混乱を減らし、検討する時間を確保できます。目標は「絶対に困らない状態」ではなく、困ったときにも対応を進められる状態です。

2 相談を後回しにしやすい理由

相談を後回しにする理由は人それぞれです。医師に共通する性格と決めつけず、自分や自院で相談が止まりやすい場面を探してください。例えば、次のようなためらいが考えられます。

  • 自分で判断できそうに感じる 医学の専門性と、法務・税務・投資の専門性は異なる。自分で判断する部分と、専門家の確認が必要な部分を分ける。
  • 相談すると対立が深まりそうに感じる 弁護士への相談には、権利・義務の確認、交渉方針、予防のための契約や記録の整備もある。相談しただけで相手への通知や訴訟が始まるわけではない。
  • 時間を取りにくい まず期限、起きた事実、関係者、求めたいことを短くまとめる。全ての資料がそろうまで待たず、初回に何が必要かを尋ねる。
  • 費用が気になる 相談・調査・交渉等の範囲と費用を先に確認する。早い相談で選択肢を保てる場合がある一方、必ず将来の費用を下回るとは限らない。重要性と予算に応じて依頼する。
  • 切迫していないように見える 見直す日、支払や更新の期限、相談する条件を具体化する。「まだ大丈夫」という感覚だけで延期を重ねない。
  • 相談事項だと気づかない 請求や事故だけでなく、契約締結、役員・社員の変更、資金移動、相続・承継の準備にも確認すべき点がある。目次を使い、自院に関係する事項を拾う。

3 相談のタイミング ― 兆候の段階で

契約や体制を作るとき、変化が見えたとき、問題が起きたとき。それぞれに相談の役割があります。事故、情報漏えい、裁判所からの書類、支払困難等では、定期点検を待たずに対応してください。人命・安全の確保や法定の報告を、弁護士への連絡がつくまで止めてよいわけではありません。

分野相談する場面
開業・法人・契約開業・法人化・署名前に構造と条件を確認する。支払遅延や契約変更の申入れがあれば経緯を整理し、解約・請求を受けたら期限を優先する。
医師・職員採用条件、規程、勤怠を整える。退職申出、長時間労働、ハラスメント等の相談は早く受け止め、請求や通報があれば資料を保全して不利益な扱いを避ける。
患者・医療安全説明、記録、安全管理、保険を整える。疑問・苦情やヒヤリハットを共有し、事故が起きたら救命・安全、事実確認、説明、必要な報告・保険通知を進める。
診療報酬・行政請求と施設基準を点検する。返戻・査定、通知や行政の照会は内容を確かめる。集団的個別指導等の対象となっただけで、不正があると決まるわけではない。
広告・自由診療公開前に広告と契約を確認する。制作会社の提案、解約・返金の申出、行政の指摘があれば、公開停止や精算を含めて対応を検討する。
情報・IT権限、委託契約、バックアップを整える。不審な操作や退職者のアカウント等に気づいたら点検し、事故時は安全確保・保全・調査・必要な報告へ進む。
家族・相続・承継社員・持分・不動産・保証を整理する。家族の関係、後継者の希望、健康の変化があれば計画を見直す。離婚・相続・判断能力の低下時は、誰が誰を代理できるかも確認する。
院長個人の資産商品契約・送金の前に仕組みとリスクを確かめる。担当変更、出金拒否、説明の矛盾等があれば資料を確保する。被害が疑われる場合は早期に相談する。
承継・閉院・危機必要資金、保証、引継ぎ、BCPを準備する。健康、人員、収益の変化に応じて方針を見直し、署名・閉院日の確定・資産処分の前に手続を確認する。

早い相談は、事実を整理し、取り得る対応を増やすためのものです。既に問題が起きた後でも、相談が無意味になるわけではありません。何が起きたか、いつまでに何を求められているかを伝えるところから始めてください。

4 誰に相談するか

相談先は、問題の内容と、資格・経験・依頼範囲に応じて選びます。複数の専門家が関わる場合は、窓口と役割、情報を共有する範囲を決めます。

  • 弁護士 契約、法人運営、紛争、行政対応、家族・相続、承継・危機等。医療法人と院長個人、家族の利益が対立する場合は、別の代理人が必要となることがある(第90講・第117講・第140講)。
  • 税理士 税務申告、税務相談、会計等。契約・相続・承継では、法的構成と税務を分断せず、必要に応じて弁護士等と連携する。資格・専門分野と契約上の業務範囲を確認する。
  • 社会保険労務士 労務管理、規程、労働・社会保険の手続等。特定社会保険労務士が一定の裁判外紛争解決手続を代理できる場合もある。交渉・訴訟の内容に応じて弁護士との役割分担を確認する。
  • 医師会・同業者 地域の医療連携、診療継続、紹介先・代診・後継者の相談等。同業者からの紹介や経験談を参考にしつつ、法務・税務・投資の判断は根拠と専門性を別に確かめる。
  • 行政 保健所・都道府県・厚生局等には、所管する手続や取扱いを事前相談する。行政への相談と、自院の立場から契約・紛争を検討する専門家への相談は、目的を分けて使う。
  • 全体の調整役 院長と事務担当者、専門家の役割を決める。重要事項は法人の適切な機関で決め、誰か一人に情報と判断を集中させない(第140講)。

継続して事情を共有する顧問契約は、相談しやすい体制を作る一つの方法です。単発相談や、課題ごとの依頼が合う場合もあります。相談できる分野、回答の目安、緊急時の連絡、料金に含まれる作業を確認し、自院の規模と必要性に合わせて選んでください。

5 150講を読んだ院長が、明日からすること

最初の一歩

  1. 自院に関係する課題を拾う 目次と各講の「今日やること」を読み、現在の体制や契約で確認できていない事項を挙げる。全ての講の対策が、全ての医療機関に必要なわけではない。
  2. 優先順位を付ける 期限が迫るもの、患者・職員の安全に関わるもの、大きな金額や診療停止につながるものから選ぶ。まず三つに絞ってもよいが、緊急の問題を数合わせで後回しにしない。
  3. 相談先と依頼範囲を決める 緊急性、専門分野、利益相反、費用を確認する。誰に頼めばよいか分からなければ、相談窓口に内容を伝えて適切な専門家へつないでもらう。
  4. 一覧を整える 資産・契約・役員・社員・担当者・連絡先を整理する。患者情報や認証情報は分け、必要な人に必要な権限だけを付ける。家族や事務長に全てを一律共有する必要はない。
  5. 定期的に見直す 法人運営、持分、遺言、保険、契約、BCP等を点検する。年1回の見直しに加え、法令・人員・契約・家族の変化や事故の後にも必要な更新を行う。
  6. 兆候に名前をつける 「返戻が増えた」「職員が辞めた」「子が進路を決めた」「担当者が変わった」。それが相談のタイミングだと、自分に言う。
  7. 迷いを相談事項にする 判断の根拠が見えない、同じ問題が続く、担当者が抱え込んでいるときは、事実と期限を整理して相談する。

6 最後に

このシリーズの副題は「院長が困る日の教科書」です。困りごとを全て予測することはできません。それでも、何が起きているかを確かめ、必要な記録を残し、相談先へつなぐ備えはできます。院長が一人で抱え込まず、診療を続けるための判断に集中できるよう、この連載を使ってください。

150の講を通じて大切にしたのは、問題を早く見つけ、役割と手続を整え、必要な専門性につなぐことです。今日、全てを完成させる必要はありません。期限を一つ確認する、契約を一つ取り出す、相談の予定を一つ入れる。その一歩から始めてください。

設例の院長なら、まず未払残業代の請求に対応し、次に勤怠と給与の管理を見直すことになります。いまの問題を解決しながら、同じ困りごとを繰り返しにくい体制に変えていく。日々の診療と同じように、一つずつ確かめて進めることが、経営の備えになります。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

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主な法令・参考資料

  1. 医療法

    開設・管理者、医療安全、立入検査・監督、医療法人の役員資格・機関等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205

  2. 民法

    委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  3. 労働基準法

    16条の賠償予定の禁止、24条の賃金全額払い、労働時間・割増賃金、有期契約等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049

  4. 個人情報保護法

    利用目的、要配慮個人情報、委託・第三者提供、保有個人データの開示等。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057

  5. 個人情報保護委員会:ガイドライン(通則編)

    漏えい等の報告対象、速報・確報、安全管理、第三者提供。

    https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/

  6. e-Gov法令検索:税理士法

    2条・38条・51条・52条等。業務、守秘、通知弁護士、業務制限。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC1000000237
  7. e-Gov法令検索:弁護士法

    23条・25条・72条等。守秘、職務を行えない事件、法律事務の制限。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/324AC1000000205
  8. e-Gov法令検索:社会保険労務士法

    2条等。社会保険労務士の業務、特定社会保険労務士の紛争解決手続代理業務の範囲。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/343AC1000000089

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