『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第4講】
紛争が起きてから使える手札を先に知る ― 差止・損害賠償・刑事
第Ⅰ部 退職紛争の地図 ─ 明徳法律事務所
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退職者による競業・引き抜き・情報持ち出しが発覚したとき、会社が取り得る手段は、大きく差止・損害賠償・刑事の三つです。それぞれ要件・手続・実効性が異なり、どれを選ぶかによって初動の証拠収集も変わります。紛争が起きる前に、手札の全体像を知っておくことが重要です。
競業行為・営業秘密の使用開示をやめさせる手段です。根拠は、①有効な競業避止特約に基づく不作為義務の履行請求、②営業秘密侵害等についての不競法3条に基づく差止請求などです。不法行為を理由とする差止めは一般に当然に認められるものではなく、権利・利益の性質や侵害態様を踏まえ個別に検討する必要があります。
本案訴訟の判決を待つと競業避止期間が経過するおそれがあるため、事案によっては仮処分(民事保全法23条2項)を検討します。仮処分には、被保全権利と保全の必要性の疎明が必要で、就業の差止めは労働者の生活基盤・職業選択に直接影響するため慎重に判断されます。全面的な就業禁止より、「特定顧客への営業」「特定情報の使用」など、守るべき利益と対応した範囲に絞ることが重要です(第10講)。
競業避止特約違反(債務不履行、民法415条)、不法行為(民法709条)、営業秘密侵害等についての不競法4条に基づく損害賠償が考えられます。競業避止特約違反では、不競法5条のような一般的な損害額推定規定はないため、因果関係と損害額の立証が課題になります。なお、従業員との労働契約についてあらかじめ違約金や損害賠償額を定めることは労基法16条との関係が問題となるため、固定額の違約金条項を一般的な対策として安易に設けるべきではありません。現実に発生した損害の請求、退職金規程の合理的な減額条項、営業秘密侵害における不競法5条等、それぞれの法的構成を検討します(第11講・第12講)。
営業秘密の不正取得・使用・開示のうち、不競法21条の構成要件を満たす行為には刑事罰が定められています(一定の場合、10年以下の拘禁刑又は2,000万円以下の罰金等)。営業秘密侵害罪は非親告罪ですが、刑事手続を検討する場合でも、営業秘密三要件や取得・使用等の事実を具体的に整理して捜査機関に説明できることが重要です。捜査が開始されれば会社が手続の進行を自由にコントロールできない点にも注意が必要です(第24講)。
法的手段に進む前に、警告書による通知・照会や交渉を行うことがあります。警告書は、確認できた事実と契約上・法令上の根拠を示し、必要に応じて行為の中止や情報の返還・削除を求めるものです。ただし、転職先に対して十分な根拠なく「営業秘密を侵害している」と告知すれば、信用毀損(不競法2条1項21号)等が問題となり得ます。証拠隠滅のおそれがある事案では、警告の時期自体も個別に検討します(第22講・第25講)。
いずれの手段を検討する場合も、アクセスログや端末等の証拠が消失・上書きされる前に保全することが重要です。退職者が使用していた端末、アクセスログ、外部送信・USB接続等の記録について、早期に保存の要否を判断します。具体的な時間軸は、ログの保存期間や退職者のアクセス状況等によって異なります(第22講)。
手札を選ぶ基準
①止めたいのか(差止)、取り返したいのか(損害賠償)、抑止したいのか(刑事)。②営業秘密の三要件を満たす情報が持ち出されたのか(満たすなら不競法、満たさないなら契約と不法行為)。③証拠はどの程度あるのか。④退職者・転職先との関係を今後どうしたいのか(和解の余地)。この四点で整理すると、取るべき手段が絞られます。
実務ポイント
・手札は差止・損害賠償・刑事等。損害賠償では因果関係・損害額の立証と労基法16条に留意し、営業秘密侵害では不競法の差止・損害推定・刑事規定を検討する。
・法的手段の前に警告書と交渉。ただし根拠のない告知は信用毀損のリスク。
・どの手段でも早期の証拠保全が重要。ログの保存期間・端末の状態をまず確認する。
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