『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第5講】
在職中の競業避止義務と退職後の競業避止義務は別物である
第Ⅱ部 競業避止義務 ─ 明徳法律事務所
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「競業避止義務」という一つの言葉で語られますが、在職中の義務と退職後の義務は、根拠・範囲・有効性の判断枠組みがまったく異なります。この区別を曖昧にしたまま就業規則や誓約書を作ると、在職中の義務は過剰に、退職後の義務は無効に、という結果になりがちです。
在職中の労働者には、労働契約上の誠実義務等との関係で、使用者の正当な利益を不当に害する競業行為を避ける義務が問題となります(労契法3条4項等)。就業規則に明文がなくても競業行為が契約上の義務違反となる場合はありますが、同一業種の副業・兼業が直ちに禁止されるわけではなく、実際に使用者の正当な利益を害するかを個別に検討します。懲戒処分を行うには、就業規則上の根拠と処分の相当性も別途必要です。
在職中の義務で実務上問題になるのは、退職・独立の「準備行為」です。会社設立の準備、事務所探し、転職先との面接などは、それだけで直ちに義務違反となるものではありません。他方、在職中に会社の顧客に独立後の取引を勧誘する、部下に組織的な退職を働きかける、会社の秘密情報を持ち出して新事業に使用するなどの行為は、誠実義務・秘密保持義務等に反する可能性が高まります(第13講)。境界は、行為の目的・態様・会社への影響等を総合して判断されます。
退職後は労働契約上の誠実義務を前提とする競業制限は原則として終了します。退職後の競業避止義務を課すには、就業規則、誓約書、個別契約等の根拠が問題となり、とりわけ個別合意が重要です。特約がない場合、退職者が競業他社に就職すること自体は原則として自由ですが、営業秘密の使用・不当な引き抜き・在職中からの義務違反等については、別途不競法・契約・不法行為等が問題になります。
そして、特約があっても、職業選択の自由を不当に制約する内容であれば、公序良俗違反(民法90条)として無効となり得ます。在職中の競業についても使用者の正当な利益との関係や懲戒の相当性が問題になりますが、退職後の競業制限では、期間・地域・職種・代償措置等を含む合理性が特に重要になります。
| | 在職中 | 退職後 |
| 根拠 | 労働契約の付随義務(明文不要) | 原則として特約等の明確な根拠が重要 |
| 範囲 | 使用者の正当な利益を不当に害する競業行為 | 特約に定めた範囲のみ |
| 有効性 | 競業の必要性・懲戒の相当性等を検討 | 期間・地域・職種・代償等で公序良俗審査 |
| 違反の効果 | 懲戒・損害賠償等(各要件を確認) | 差止・損害賠償等(退職金は別途要件) |
実務上の設計
就業規則では、在職中の競業・副業ルールと、退職後の競業避止義務を区別して定めることが望まれます。退職後の義務は、就業規則だけに依存せず、対象者・期間・地域・禁止行為・守るべき利益を具体化した個別合意を検討します。在職中についても、一般的な退職準備まで一律に禁止するのではなく、自社の正当な利益を害する顧客勧誘、秘密情報の利用等を具体化する方が適切です。
実務ポイント
・在職中も競業の態様によって契約上の義務違反となり得る。退職後の競業制限は、原則として特約等の明確な根拠と合理性が重要。
・退職準備行為は直ちに違法ではない。顧客・従業員への働きかけや秘密情報の利用は、時期・態様・会社への影響を踏まえて判断する。
・就業規則では在職中と退職後のルールを分け、退職後の競業制限は必要な対象者・期間・範囲に絞った個別合意を検討する。
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