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『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第8講】

代償措置は必要か ― 「何も払っていない」場合の帰趨

競業避止特約の有効性判断において、代償措置は法律上の独立した必須要件ではありませんが、重要な考慮要素の一つです。制約が広いほど、労働者が受ける不利益をどのように補っているかが問題となりやすくなります。

代償措置とは何か

代償措置とは、退職後の競業避止義務による不利益を補う経済的利益を指し、在職中の特別手当、退職時の一時金、退職金の加算、競業避止期間中の補償等が考えられます。重要なのは名称だけでなく、当該給付が競業避止義務との関係でどのように位置づけられているか、制約の程度と均衡しているかです。

裁判例の位置づけ

裁判例は代償措置の有無を他の要素と併せて考慮しています。代償措置の欠如が無効判断を支える事情となった例がある一方、明確な代償措置がなくても、対象者の地位や期間・範囲等を踏まえて特約の有効性が肯定された例もあります。したがって、「代償がなければ無効」「代償があれば有効」という関係ではなく、職業選択への制約と会社の保護利益との均衡を総合して検討します。

「実質的な代償」の主張

会社側が、高額な報酬・地位・退職金等を実質的な代償事情として主張することはありますが、通常の賃金・報酬は本来の労務・職務の対価です。それが競業避止義務の合理性を支える事情となるかは、金額、職責、支給趣旨、契約上の位置づけ等によって異なります。明示的な代償措置がない場合に、報酬水準だけをもって当然に代償と評価されるわけではありません。

「何も払っていない」場合の帰趨

代償措置がない場合でも、①守るべき利益が具体的に存在し、対象者がそれに接する地位にあったか、②期間・地域・禁止行為が必要な範囲に限定されているか、③合意の経緯や退職の事情等を含め、制約が合理的かを総合して検討します。会社都合の解雇など、退職者側の不利益を重く評価すべき事情があれば、合理性判断に影響し得ます。

実務上の設計 ― 代償措置の「効率的な」設け方

代償措置を設ける場合は、対象者を守るべき利益に接する者に限定し、制約の程度に応じて、競業避止義務との関係が明確な手当・一時金・退職金上の加算等を検討します。特定の金額を一律の相場として設定する法的基準はありません。支給趣旨、対象となる義務、支給時期、違反時の取扱い等を、就業規則・個別契約その他の文書で明確にします。

代償措置の返還を定める場合も、固定的な違約金・損害賠償額の予定と評価されないか、退職金・賃金の法的性質、労基法16条・24条、公序良俗等との関係を個別に確認する必要があります。自動的な全額返還を標準条項として置くのではなく、給付の法的性質と違反態様に応じて設計します。

実務ポイント

・代償措置は独立した必須要件ではないが、競業制限の合理性を判断する重要な考慮要素。

・通常の報酬が当然に代償措置となるわけではない。支給趣旨・金額・義務との対応を確認する。

・対象者を絞り、制約の程度に応じた代償措置を検討し、その趣旨を文書上明確にする。

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