『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第15講】
顧客名簿を使った営業は何を請求できるのか
第Ⅲ部 引き抜き・顧客奪取 ─ 明徳法律事務所
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退職者が会社の顧客名簿を使って営業している場合、まず、その顧客名簿が不競法上の「営業秘密」に該当するかを確認します。営業秘密に該当すれば不競法上の差止・損害賠償等を検討でき、該当しない場合でも、契約、不法行為、個人情報保護法等の別の法的構成が問題となることがあります。
顧客名簿が営業秘密(不競法2条6項:秘密管理性・有用性・非公知性、第18講)に該当する場合、退職者による名簿の使用は、不競法2条1項7号(営業秘密を保有者から示された者が、不正の利益を得る目的または保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用・開示する行為)に該当します。持ち出しの態様によっては、4号(窃取・詐欺・強迫等による不正取得)にも該当します。
営業秘密侵害に該当する場合、会社は、①差止請求(不競法3条1項)、②侵害行為を組成した物等の廃棄その他侵害停止・予防に必要な行為の請求(同条2項)、③損害賠償請求(同法4条。要件を満たす場合は5条の損害額算定・推定規定)、④信用回復措置(同法14条)等を検討できます。刑事については、行為態様・目的等が不競法21条の構成要件を満たすかを別途確認します。
顧客名簿が秘密として管理されていなかった場合(マル秘表示もアクセス制限もなく、誰でも印刷・持ち出しができる状態だった場合など)、不競法は使えません。この場合の手段は、次の二つです。
(1)契約責任:秘密保持誓約書等に顧客情報の退職後使用を制限する条項があれば、その有効性・対象範囲を確認した上で債務不履行責任を検討します。「業務上知り得た一切の情報」といった広い条項だから直ちに無効となるわけではありませんが、何が対象情報かを契約解釈上特定できない場合は義務違反の主張が難しくなります。また、不競法5条の推定規定は契約責任に当然には適用されません。
(2)不法行為責任:営業秘密に該当しない顧客情報の使用であっても、その態様が社会的相当性を逸脱している場合には、不法行為(民法709条)が成立します。裁判例が違法と認めた態様は、①在職中から組織的・計画的に顧客への勧誘を行い、退職と同時に一斉に顧客を移転させた、②顧客に対して会社に関する虚偽の情報(「あの会社は近く事業を止める」など)を告げて取引先の変更を促した、③会社の従業員の引き抜きと顧客の奪取を一体として行った、というものです。単に「顧客名簿の情報を使って営業した」というだけでは、違法性は認められにくいのが実情です。
顧客名簿に「個人データ」が含まれ、その持ち出しが個人情報保護法26条・施行規則所定の報告対象事態(例えば、不正の目的をもって行われたおそれのある漏えい等)に該当する場合、個人情報保護委員会への報告と本人通知が必要になります。したがって、個人情報が含まれるというだけで全ての持ち出しに一律の報告義務が生じるわけではなく、対象データと事態の類型を確認します。また、個人情報取扱事業者、その従業者又はこれらであった者が、業務で取り扱った個人情報データベース等を不正な利益を図る目的で提供・盗用した場合、個人情報保護法179条の刑事罰が問題となり得ます。
実務上の順序
顧客名簿の持ち出しが発覚したら、①営業秘密三要件を管理実態から検証する、②不競法上の要件を満たす場合は差止・損害賠償・刑事手続等の必要性を検討する、③営業秘密に該当しなくても誓約書・不法行為その他の構成を検討する、④個人データが含まれる場合は、個人情報保護法26条・施行規則上の報告対象事態に該当するかを速やかに判定する、という順で整理します。
実務ポイント
・顧客名簿が営業秘密なら、差止・廃棄・損害推定・刑事告訴の一式が使える。
・営業秘密でなければ、誓約書と不法行為。「使った」だけでは違法にならず、態様(組織性・虚偽告知)が問われる。・個人データを含む名簿の持ち出しでは、個人情報保護法上の報告対象事態に該当するかを確認する。従業者等による不正な提供・盗用は同法179条も問題となり得る。
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