『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第16講】
名刺・スマホ・SNSアカウント ― 顧客情報は誰のものか
第Ⅲ部 引き抜き・顧客奪取 ─ 明徳法律事務所
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「退職者が名刺ホルダーごと持って行った」「業務用スマホのLINEで取引先とやりとりしていたが、私物スマホにも同じ連絡先が入っている」「会社のInstagramアカウントを運用していた社員が辞めて、パスワードを教えない」。顧客情報の「所在」が会社のサーバーから個人の端末・アカウントに移ったことで、帰属をめぐる紛争は複雑になっています。
業務上受領した名刺の紙そのものや、名刺から得た情報の取扱いは、会社の規程、受領・保管の状況、業務との関係等によって判断します。名刺に印刷された氏名・会社名・連絡先自体は公開・開示済みの情報であることが多く、それだけでは営業秘密の非公知性を満たしにくい一方、取引履歴、担当者との関係、選好、価格条件等と結び付けて整理された顧客データベースは、管理状況によって営業秘密となり得ます。名刺の連絡先に営業をしたという事実だけで不競法違反となるわけではありません。
会社が名刺・顧客情報を保護するには、名刺管理サービス等への登録、アクセス権限、利用目的、退職時の返還・削除、個人端末への同期の可否等を規程と運用で明確にします。データベース化された情報でも自動的に営業秘密になるわけではなく、秘密管理性・有用性・非公知性の三要件を満たす必要があります。
会社貸与のスマートフォン内の業務情報については、退職時に端末を回収し、必要な証拠を保全した上でアカウント停止・初期化等を行います。私物端末を業務に用いるBYODでは、会社が端末そのものを支配しているわけではないため、業務データの保存領域、MDM等の管理、退職時の削除方法・確認方法をあらかじめ規程・同意で整備することが重要です。私物端末の内容を会社が任意に確認する場合は、プライバシー等に配慮し、原則として本人の具体的な同意を得て調査範囲を限定します(第23講)。
LINE等の私物アカウントを業務に利用すると、退職後も履歴・顧客情報が個人側に残りやすく、会社による回収・確認が困難になります。業務上のやりとりを会社管理のビジネスチャットや会社アカウントに集約することは有力な予防策です。私物アカウントを例外的に利用する場合は、保存・移管・削除のルールを定めます。
SNSアカウント ― 誰の名義で、誰が作り、誰が費用を負担したか
SNSアカウントについて、誰にどの権利・管理権限が帰属するかを一律に決める法律上の単純な基準はありません。アカウント名義・登録情報、開設の経緯、会社の指示、業務としての運用実態、費用負担、プラットフォームの利用規約、社内規程・合意等を総合して判断します。会社アカウントとして運用するのであれば、会社メールで登録し、認証情報・管理者権限・退職時の引継ぎを会社側で管理することが重要です。
予防策として、①会社アカウントを会社管理のメールアドレス等で登録し複数管理者を設定する、②SNS運用規程で管理権限・認証情報・退職時の引継ぎを定める、③個人アカウントによる業務発信を認める場合は、会社情報・顧客情報の取扱い、公式アカウントとの区別、退職後の表示等について必要なルールを設ける、という方法があります。個人アカウントのフォロワー等の帰属を会社側が当然に主張できるとは限りません。
名刺管理サービスやSNSを利用する企業では、「誰が情報を入力したか」よりも、会社として管理権限を持ち続けられる設計が重要です。退職時には、管理者権限の移管、パスワード・多要素認証の変更、エクスポート権限の停止、私物端末との同期解除等をチェックリスト化します。
実務ポイント
・名刺記載情報だけでは営業秘密になりにくいが、取引履歴等を含む顧客データベースは、三要件を満たせば営業秘密となり得る。
・BYODでは私物端末を当然に調査できるわけではない。事前ルールと退職時の削除・確認方法、必要な場合の具体的同意を整える。
・SNSアカウントは名義だけでなく、開設経緯・運用実態・利用規約・社内合意等を総合して管理権限を整理する。
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