『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第17講】
取引先が「担当者についていく」と言ったとき
第Ⅲ部 引き抜き・顧客奪取 ─ 明徳法律事務所
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退職者との紛争で、会社が最も無力感を覚えるのが、取引先自身が「担当だった◯◯さんについていくことにした」と言ってきたときです。法律の答えは明快で、取引先には取引相手を選ぶ自由があり、会社はそれを止められません。しかし、会社にできることがないわけではありません。
取引先が退職者の転職先・独立先との取引を選択すること自体は、契約上の拘束がない限り原則として自由です。既存契約の期間中であれば、中途解約権・予告期間・債務不履行等の契約関係を別途確認します。また、退職者が取引先へ営業することも、それだけで直ちに違法ではありませんが、有効な競業避止特約、営業秘密の使用、虚偽告知等があれば別の評価となります。
会社が退職者や転職先の責任を検討する典型的な場面は、次のような場合です。
(1)競業避止特約の違反:有効な特約で一定の担当顧客への営業が禁止され、退職者の営業行為がその範囲に該当すれば、契約違反として差止・損害賠償等を検討します。退職金の不支給・減額については、競業避止特約違反とは別に、退職金規程の根拠・合理性・背信性等を確認する必要があります(第7講・第11講・第12講)。
(2)営業秘密の使用:取引先への営業に、会社の営業秘密(取引条件・価格情報・購買履歴など)が使われていれば、不競法違反です(第15講)。
(3)社会的相当性を逸脱した勧誘:退職者が取引先に対して、会社について虚偽の事実(「あの会社は経営が危ない」「担当者がいなくなるので対応できなくなる」)を告げて取引の変更を促した場合、不競法2条1項21号(信用毀損)または不法行為が成立します。また、在職中から計画的・組織的に取引先の移転を準備していた場合も、不法行為の余地があります。
(1)取引先への迅速な連絡:退職者が退職した事実と後任の担当者を、退職者より先に、あるいは同時に、取引先へ伝えます。退職者が先に連絡し「今後は私が独立して対応します」と告げると、取引先は会社が担当者を失ったと受け取ります。連絡の際、退職者の悪口や退職の理由を語ることは避けます。事実に反する内容を伝えれば会社が信用毀損の責任を負い、事実であっても取引先の心証を害します。
(2)取引先からの情報収集:取引先が退職者と取引を始めた場合、退職者からどのような働きかけがあったか(時期・内容・虚偽の説明の有無)を、可能な範囲で聴取します。取引先が協力的であれば、退職者の違法性を裏付ける最も強い証拠になります。ただし、取引先を紛争に巻き込む形での証言要請は、関係を損ないます。
(3)契約条件の見直し:取引先との契約に、契約期間・自動更新・中途解約の予告期間を定めておけば、担当者の退職と同時に取引が消滅する事態は防げます。また、複数担当制・定期的な担当替えにより、「担当者=会社」という関係を避けることは、法律以前の最も有効な予防策です。
損害賠償の現実
取引先の移転による損害賠償では、退職者の義務違反と取引喪失との因果関係、逸失利益の額を具体的に立証する必要があります(第11講)。顧客自身の自由な選択が介在するため、単に売上が減ったことだけでは足りません。営業秘密侵害が成立する場合は不競法5条等を検討できますが、従業員との固定額の違約金を一般的な立証軽減策として置くことには労基法16条との関係で注意が必要です。
実務ポイント
・取引先には取引相手を選ぶ自由がある。競業避止特約違反・営業秘密使用・虚偽告知等、具体的な法的根拠を確認する。
・退職の事実と後任を、退職者より先に取引先へ伝える。退職者の悪口は言わない。・最も有効な予防は、複数担当制と契約期間の設計。「担当者=会社」の関係を作らない。
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