ホーム ─ 連載コラム ─ 退職・競業・営業秘密29講 ─ 第24講

『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第24講】

差止・損害賠償・刑事告訴の使い分け

証拠が揃い、持ち出された情報が営業秘密に該当すると判断できたら、次は手段の選択です。差止・損害賠償・刑事告訴は、排他的な選択ではなく組み合わせて使うものですが、それぞれに固有の効果と副作用があり、順序と組み合わせが結果を左右します。

差止(仮処分)― 「今止める」

営業秘密の使用・開示については、不競法3条に基づく差止めを検討できます。就業そのものを禁じる競業避止仮処分とは、守るべき権利・差止対象が異なります。もっとも、「営業秘密の差止めだから認容されやすい」と一律にいうことはできず、①営業秘密三要件、②不正取得・使用・開示等の該当行為、③営業上の利益を侵害され又は侵害されるおそれ、④仮処分では保全の必要性等を具体的に疎明する必要があります。

損害賠償(訴訟)― 「取り返す」

不競法4条に基づく損害賠償では、要件を満たす場合、5条の損害額算定・推定規定を利用できます。ただし、5条1項の数量ベースの規定等は侵害行為の類型・商取引の構造によって適用可否が異なり、顧客名簿を使った営業等で常に使えるわけではありません。必要に応じて文書提出命令(民訴法223条)、不競法7条の書類提出命令、秘密保持命令(同法10条)等を検討します。

刑事告訴 ― 「処罰を求め、抑止する」

営業秘密侵害罪(不競法21条)は非親告罪であり、法律上、被害企業の告訴がなければ捜査できない犯罪ではありません。もっとも、営業秘密の特定、秘密管理状況、持ち出し経緯等は被害企業が把握していることが多く、実務上は被害申告・告訴等と企業の協力が捜査の端緒・立証に重要になることがあります。捜索差押え等が行われるかは捜査機関・裁判所の判断によります。

刑事手続には、会社が進行をコントロールできない、社内情報を捜査機関へ提供する必要がある、不起訴となる可能性もある、といった留意点があります。他方、不起訴は民事上の責任がないことを意味するものではありません。受理・捜査に要する期間も事案によって異なるため、「数か月」といった固定的な期間を前提とせず、刑事手続の必要性と民事・交渉との関係を個別に判断します。

組み合わせと順序

手段の順序は、証拠隠滅のおそれ、被害拡大の速度、営業秘密の特定状況、相手方との交渉可能性等によって異なります。証拠保全を先行させることが重要な場合が多い一方、警告を先にすると証拠が消失するリスクがある事案では、仮処分・刑事手続等を先に検討することもあります。和解合意で返還・削除、将来の使用禁止、解決金等を定める場合も、従業員との違約金・賠償予定については労基法16条等との関係を確認します。

転職先を巻き込むかどうか

退職者だけでなく転職先についても、不競法上の要件を満たす場合は差止・損害賠償等の対象となり得ます(第25講)。ただし、転職先を相手方に加えることで事実調査・交渉・訴訟が複雑化する場合があります。他方、転職先の内部調査や情報隔離・削除によって被害拡大を抑えられる場合もあるため、転職先の関与・認識・対応姿勢を踏まえて判断します。

刑事告訴・被害申告を検討する場合は、営業秘密の特定、秘密管理三要件、持ち出し・使用等の客観資料を整理して捜査機関へ説明できる状態を作ることが重要です。警察・検察の対応や処理期間、和解条件は事案ごとの差が大きく、一般的な相場として示すことは適切ではありません。

実務ポイント

・営業秘密の差止めも、営業秘密三要件・侵害行為・侵害のおそれ・保全の必要性等の疎明が必要。就業差止めとは別の要件で検討する。

・損害賠償は不競法5条の推定を使い、書類提出命令・秘密保持命令を活用する。

・刑事告訴は捜索差押えと抑止力が利点だが、コントロール不能・和解困難・開示のリスクがある。

退職・競業・営業秘密29講 目次へ戻る