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『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第25講】

転職先企業に対する責任追及はどこまで可能か

退職者が前職の営業秘密を転職先へ持ち込んだ場合、転職先自身が不競法上の責任を負うことがあります。責任の有無は単に「知っていたか」だけでなく、営業秘密の取得経緯、転職先の認識・重過失、使用・開示の態様、取得後に事情を知った時期等、各不正競争類型の要件によって判断されます。

不競法上の転職先の責任

転職先が営業秘密について責任を負うのは、次の場合です。

(1)不正取得を知って取得・使用した場合(不競法2条1項5号):退職者が窃取等の不正な手段で取得した営業秘密であることを知って、または重大な過失により知らないで、転職先がこれを取得し、使用・開示した場合。

(2)不正開示行為が介在したことを知って取得・使用した場合(同項8号):退職者が会社に対する秘密保持義務に違反して開示した営業秘密であることを知って、または重過失により知らないで、転職先が取得し、使用・開示した場合。退職者による持ち込みの事案で最も使われる規定です。

(3)取得後に知った場合(同項6号・9号):取得時には知らなかったが、その後(会社からの警告書等により)不正な経緯を知ったにもかかわらず、使用・開示を続けた場合。

取得後に不正開示等の事情を知った場合に、その後の使用・開示が不正競争に該当する類型があります。前職企業から具体的な警告を受けたことは、転職先の認識・重過失を判断する重要な事情になり得ますが、警告書を送っただけで不正競争の他の要件が満たされたり、「悪意」が自動的に成立したりするわけではありません。また、善意取得者等に関する不競法19条の適用も確認します。

民法上の転職先の責任

転職先が退職者の持ち込みを組織的に指示・利用していた場合、共同不法行為(民法719条)が成立します。また、退職者が転職先の従業員として業務上営業秘密を使用した場合、使用者責任(民法715条)により転職先も損害賠償責任を負い得ます。転職先が退職者の引き抜きを主導していた場合(転職先の役員が退職者の在職中に接触し、部下や顧客の引き連れを条件に採用した場合など)、引き抜き自体についても共同不法行為の余地があります。

警告書の効果とリスク

転職先への警告書には、①確認できた事実と権利関係を通知する、②社内調査・使用停止・隔離・返還等を求める、③通知後の使用等について転職先の認識を明確にする、といった機能があります。ただし、「悪意を作出すること」自体を目的とするのではなく、具体的な根拠資料を示し、過度な断定を避けることが重要です。

一方、警告書の内容が事実に基づかない場合、または営業秘密該当性が認められない情報について「営業秘密を侵害している」と告知した場合、会社は転職先に対する信用毀損(不競法2条1項21号)や名誉毀損の責任を問われ得ます。警告書は、フォレンジック調査等で事実関係を確認した上で、断定的な表現を避け、「調査の結果、以下の事実が判明しており、貴社において確認と適切な対応を求める」という形で送付します。

転職先側の防御 ― 受入時の措置

転職先の立場では、中途採用者に前職の秘密情報を持ち込ませないことが重要です。入社時の持込み禁止誓約、前職の競業避止・秘密保持義務についての注意喚起、業務上必要のない前職資料の使用禁止、疑義が生じた場合の隔離・調査等を整備します。こうした措置は、転職先の認識・重過失等を判断する際の事情になり得ますが、「誓約書を取ったから重過失がない」と当然に認められるわけではありません。

現実的な着地点

転職先を含む紛争では、営業秘密の使用停止・隔離、データの返還・削除、将来の不使用等を合意して被害拡大を止めることが重要な場合があります。解決金の有無・額や雇用上の措置は、転職先の関与・利益・証拠・継続的な取引関係等によって異なります。訴訟だけでなく、転職先を情報管理・被害停止の協力主体にできるかを検討します。

実務ポイント

・転職先の責任は、各不正競争類型の取得経緯・認識・重過失・使用等の要件で判断する。具体的な警告は、その後の認識を判断する重要な事情となり得る。

・根拠の弱い警告書は信用毀損のリスク。事実確認の上で、断定を避けた表現で送る。

・転職先を「退職者を統制する側」に回すことが、流出を止める最短の道になることが多い。

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