「移籍するなら1年間は公式戦に出場できない」「現所属チームの承諾書がなければ新チームで登録できない」。スポーツ界には、選手の移籍を制限するルールが数多く存在します。これらは長く「業界の慣行」として受け入れられてきましたが、現在では、チームや団体による移籍制限は独占禁止法の問題となり得るという理解が定着しつつあります。
転機となった公取委の二つの文書
公正取引委員会は、平成30年(2018年)2月15日に「人材と競争政策に関する検討会」報告書を公表し、フリーランスや芸能人・スポーツ選手のように個人として役務を提供する者についても、発注者側の行為が独禁法の問題となり得ることを明らかにしました。さらに、令和元年(2019年)6月17日には「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方について」を公表しています。
公取委の基本的な考え方
同文書は、チーム(クラブ)を独禁法上の事業者と位置づけ、競争関係にある複数の事業者が、共同して人材の移籍・転職を相互に制限する取決めをすることは、原則として独禁法上問題となり得るとし、事業者団体による取決めも同様であるとしています。そのうえで、移籍制限ルールには、①選手の育成費用を回収可能とし育成インセンティブを確保する、②チーム間の戦力の均衡を図り競技の魅力を維持する、といった目的が考えられるとし、その目的が競争促進の観点からみて合理的か、手段が目的達成のために相当かを総合的に判断するという枠組みを示しました。そして、移籍を無期限に制限・制約するルールについては、合理性・必要性が十分に認められるものとは言い難いとしています。
問題となりやすいルール
・契約期間満了後も、元所属チームの同意がなければ移籍できないルール ・移籍後、一定期間(あるいは無期限に)出場登録を認めないルール ・育成費用の実額を大きく超える移籍金・補償金の要求 ・リーグ内のチーム間で、特定の選手を獲得しないことを申し合わせること(引き抜き禁止協定)
他方、契約期間中の移籍に元チームの同意を要すること、育成費用の範囲内での補償を定めること、シーズン中の登録期間を限定することなどは、目的との関係で合理性が説明しやすい類型です。
実業団・アマチュアへの広がり
移籍制限は、プロリーグだけでなく、実業団スポーツや学生スポーツにも存在します。実業団チームを持つ企業は事業者であり、チーム間の申合せによる移籍制限は、同様の枠組みで検討され得ます。学生スポーツの転校・転学時の出場制限については、教育的配慮など別の考慮要素もあり、個別の検討が必要です。
選手・団体それぞれの実務
選手の側では、①自分に適用される移籍ルールの原文(登録規程・リーグ規約)を確認する、②制限の期間と理由を特定する、③団体内の不服申立やJSAAでの仲裁(第27講)、公取委への情報提供を検討する、という順序で進めます。団体の側では、既存の移籍制限ルールについて、目的(育成・戦力均衡)の説明可能性と手段の相当性を点検し、無期限の制限や過大な補償金を見直すことが求められます。
実務ポイント
・チーム・団体による共同の移籍制限は、原則として独禁法上問題となり得る(公取委・令和元年6月17日)。
・目的(育成インセンティブ・戦力均衡)の合理性と手段の相当性で判断。無期限の制限は正当化が難しい。
・団体は既存ルールを棚卸しし、期間・補償額・承諾要件を見直す。
作成日付:2026年9月28日