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『スポーツ・エンタメ団体紛争32講 ― 選手・団体・事務所がもめた日の教科書 ―』【第15講】

「独立したい」と言われた事務所側の実務

所属する実演家から「独立したい」「別の事務所に移りたい」と告げられたとき、事務所が取る最初の対応が、その後の関係と法的リスクを大きく左右します。令和7年9月に策定され、令和8年1月に改正された芸能指針では、移籍・独立を妨げる行為について独禁法等の観点から具体的な考え方が示されています。事務所側としても、投資回収等の正当な利益を確保しつつ、実演家の活動を不合理に制約しない対応が求められます。

最初に確認すること

①契約書(期間・更新・解除条項・違約金・終了後の権利関係)、②進行中・予定されている業務(出演契約、広告契約、公演、リリース)、③事務所が投資した費用(育成費、プロモーション費、立替金)と回収状況、④権利関係(原盤・映像・写真の権利、芸名・グループ名の商標、SNSアカウント、ファンクラブ会員情報)、⑤実演家の意向の具体的内容(独立か移籍か、時期、理由)。

やってはいけないこと

芸能指針は、事務所が移籍・独立を妨害する行為として、次のようなものを問題としています。 ・移籍・独立を申し出た実演家に対し、合理的な範囲を超える金銭(例:年収相当額の違約金)を要求すること ・退所予定の実演家に対し、業務を割り当てない、威圧的な言動をとるなどの不利益な取扱いをすること ・退所後の実演家を起用しないよう、放送事業者や制作会社等の取引先に働きかけること ・複数の事務所の間で、他の事務所から独立・移籍した実演家を受け入れないよう申し合わせること ・合理的な理由なく、芸名の使用や、実演家自身の過去の出演映像の利用を拒むこと

これらは、優越的地位の濫用や取引妨害などとして独禁法上問題となり得るほか、民事上も不法行為となる可能性があります。

事務所が主張できること

他方、事務所の正当な利益を守る手段がないわけではありません。①契約期間中の専属義務の履行を求めること(ただし任意解除の可否には第14講の議論があります)、②進行中の業務の完遂を求めること、③事務所が負担した費用のうち、合理的な範囲の精算を求めること、④事務所に帰属する権利(原盤権・商標権等)について、適正な対価による利用許諾の条件を協議すること、⑤秘密保持義務の遵守を求めること。芸能指針も、事務所の投資回収の必要性自体を否定しているわけではなく、要求が「合理的な範囲」にとどまるかを問題としています。

円満な独立のための合意書

実務上は、双方の代理人の間で退所合意書を締結して解決する例が多く見られます。内容は、①契約終了日、②残存業務の扱いと報酬の分配、③費用の精算額と支払方法、④芸名・グループ名の使用、⑤過去の映像・写真・楽曲の利用条件、⑥SNSアカウント・ファンクラブの移管、⑦双方の名誉を害する言動の禁止、⑧公表の方法と文案、です。公表文の文言は、ファンや取引先の受け止めを左右するため、双方で事前に合意しておくことが望まれます。

独立・移籍の精算で確認するポイント 育成費やプロモーション費については、単に「これまで費用をかけた」というだけで当然に全額を請求できるわけではありません。契約上の根拠、費用の具体的内容、実演家のために支出されたこと、既に回収された部分の有無、請求額が活動の自由を不当に制約する水準になっていないかを確認します。立替金は、領収書や精算表に基づいて実費を確認し、進行中の出演・広告・公演等については、誰がどこまで業務を履行するか、入金後の報酬をどの比率・時期で分配するかを合意書に明記します。公表文は、退所理由を一方的に断定したり相手方の信用を害したりしないよう、発表時期、双方が使用する文言、SNSでの発信方法、問い合わせへの回答方針までそろえておくと、退所後の二次紛争を減らしやすくなります。

実務ポイント

・契約・業務・投資・権利・実演家の意向の五点をまず確認する。

・過大な違約金、干す・威圧する、取引先への働きかけ、事務所間の受入れ拒否の申合せ、芸名・映像の不合理な利用拒否は、芸能指針上問題となる。

・合理的な範囲の精算と権利の利用条件を協議し、退所合意書と公表文で円満に着地させる。

作成日付:2026年9月28日

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