ホーム ─ 連載コラム ─ スポーツ・エンタメ団体紛争32講 ─ 第16講

『スポーツ・エンタメ団体紛争32講 ― 選手・団体・事務所がもめた日の教科書 ―』【第16講】

移籍後の活動制限と公正取引委員会の考え方

実演家が事務所を離れた後、「一定期間テレビに出られない」「元の芸名が使えない」「過去の曲を歌えない」――こうした移籍後・独立後の活動制限は、長く業界の慣行として存在してきました。公正取引委員会は、この問題に段階的に踏み込んできており、令和7年9月30日に策定され、令和8年1月1日に改正された芸能指針によって、契約終了後の活動制限に対する考え方が体系的に示されました。

公取委の取組みの経緯

・平成30年(2018年)2月:「人材と競争政策に関する検討会」報告書で、芸能人・スポーツ選手の移籍制限や契約終了後の活動制限が独禁法上問題となり得ることを指摘。 ・令和元年(2019年)7月:大手芸能事務所に対し、退所した元所属タレントをテレビ番組に出演させないよう働きかけた疑いがあるとして「注意」を行ったと報じられました。 ・令和6年(2024年)12月:「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書」を公表し、移籍・独立の妨害などの実態を明らかにしました。 ・令和7年(2025年)9月30日:内閣官房・公取委が芸能指針を公表し、事務所・放送事業者等・レコード会社が採るべき行動を示しました。

芸能指針の考え方 ― 契約終了後の制限

(1)競業避止義務:事務所は、契約終了後の競業避止義務を原則として定めないことが望ましく、事務所の秘密情報の保護が必要であれば、まず秘密保持契約の締結を検討すべきとされています。退所後にフリーで活動することを一律に禁止する条項は、問題となりやすい類型です。

(2)芸名の使用:退所後の芸名の使用を制限するには、合理的な理由が必要とされています。

(3)実演家自身の過去の実演の利用:実演家が過去の出演映像等の利用を希望した場合に、合理的な理由なく拒否しないことが求められています。

(4)レコード会社の再録禁止条項:契約終了後の他社での実演の収録禁止や、リリース済み楽曲の再録音の禁止については、必要性・相当性を検証し、対象や期間を限定すべきとされています。

独禁法上の位置づけ

これらの行為は、優越的地位の濫用(独禁法2条9項5号)、拘束条件付取引・排他条件付取引、競争者に対する取引妨害などに該当し得ます。複数の事務所による申合せは、事業者団体による競争制限(8条)や不当な取引制限の問題にもなり得ます。独禁法違反に対しては、公取委による排除措置命令・課徴金納付命令のほか、被害を受けた実演家による差止請求(24条)や損害賠償請求(25条、民法709条)も考えられます。

スポーツ分野との共通性

スポーツ選手の移籍制限(第12講)と、実演家の移籍後の活動制限は、いずれも「個人の役務の提供先の選択を、事業者が共同で、あるいは優越的な立場で制限する」という点で共通しています。公取委は、両分野について、目的の合理性と手段の相当性という同じ枠組みで考えていると理解できます。

実務上の対応

事務所・レコード会社の側では、既存の契約書のうち、契約終了後の競業避止、芸名使用制限、再録禁止、過去映像の利用制限に関する条項を洗い出し、芸能指針に照らして見直すことが急務です。実演家の側では、契約終了後の制限を主張された場合、その条項の合理性(目的・対象・期間)を芸能指針に照らして検討し、交渉・公取委への情報提供・民事訴訟を組み合わせて対応します。

実務ポイント

・芸能指針(令和7年9月30日策定、令和8年1月1日改正)は、契約終了後の競業避止や芸名・過去実演の利用制限等について、実演家の活動を不当に制約しないよう具体的な考え方を示している。

・レコード会社の再録禁止条項も、必要性・相当性に照らし対象と期間の限定が求められる。

・事業者側は既存契約の条項を棚卸しし、実演家側は指針を交渉と手続の基準として使う。

作成日付:2026年9月28日

スポーツ・エンタメ団体紛争32講 目次へ戻る