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『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第14講】

払うどころか、もらえない ― 債務超過法人からの脱退と「超過損失の支払義務」

『税理士法人・社労士法人の内部紛争30講 ― 共同経営「解消」の教科書 ―』【第14講】

14第Ⅲ部 清算金編第14講

払うどころか、もらえない
― 債務超過法人からの脱退と「超過損失の支払義務」 ―

「辞めるから、清算金をくれ」。開業して3年、まだ借入れが大きく残っている税理士法人で、共同経営者がそう言ってきたとします。残る側が計算書を作って出した答えは、相手の期待とは逆でした。「計算すると、あなたが法人に払う側です」。

持分の払戻しは、法人の財産がプラスであることを前提に語られがちです。しかし、開業時の借入れが残り、初期投資が回収できていない若い法人では、脱退時の計算がマイナスになることは珍しくありません。そのとき、脱退する社員は何も受け取れないだけで済むのか、それとも不足分を法人に払わなければならないのか。この問いに、最高裁は令和元年に明確な答えを出しました。第14講は、その判決と、残る側にとっての使い方を扱います。

1 最高裁令和元年12月24日判決 ― 超過損失は脱退社員が支払う

最高裁第三小法廷令和元年12月24日判決(民集73巻5号457頁)は、合資会社の無限責任社員が退社した事案です。退社の原因は後見開始の審判による法定退社で、事件そのものは遺留分減殺請求事件でしたが、その前提として、退社した社員と会社との間の計算がどうなるかが争われました。

会社は退社時に債務超過でした。原審は、退社した社員が会社に対して不足分を支払う義務はないと判断しましたが、最高裁はこれを破棄し、次のような趣旨を判示しました。

退社時の計算により当該社員の負担すべき損失の額が出資の価額を超えるときには、定款に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り、当該社員は会社に対してその超過額を支払わなければならない(趣旨)。

最高裁がこの結論を導いた理由は、無限責任社員という制度の性質にあります。合名会社・合資会社の無限責任社員は、会社の債務について全財産で責任を負い、その存在が会社の信用の基礎になっています。退社した社員が、会社の損失を分担せずに責任から離れられるとすれば、残った社員だけがその損失を負うことになり、社員間の公平を欠く。だから、退社時の計算で損失の負担額が出資額を超えれば、その超過額を会社に支払うのが原則だ、という筋道です。

判決には定款等の特段の事情に関する留保があります。各法人の定款、損失分配の合意、実際の計算を確認し、合名会社の事件で示された内部の損失負担を検討します。債権者に対する法定責任まで内部合意で制限できるという意味ではありません。

2 先例の系譜と、士業法人への妥当性

この考え方は、令和元年判決で突然現れたものではありません。大審院は大正7年12月7日の判決(民録24輯2315頁)で、合資会社が無限責任社員に対して有する出資請求権は、その社員が退社したという一事によって消滅するものではないと述べており、退社した社員が消極の持分――マイナスの持分――について会社に支払義務を負うという系譜は、古くからありました。令和元年判決は、現行会社法の下でこの立場を最高裁として確認したものです。

士業法人では、社員の無限責任と611条による退社時計算という共通点があり、令和元年判決を検討する重要な根拠になります。ただし、判決の対象は合資会社の無限責任社員です。個々の定款、損失分担、出資の評価、特段の事情を確認して当てはめるのであり、法人が債務超過というだけで常に機械的な頭割り請求ができるわけではありません。

法人への内部清算債務と、法人債権者に対する社員の責任は別です。後者について612条は、脱退登記前の債務と登記後2年内の請求・請求予告を基準に定めます。内部清算として支払った金額が対外債務の返済や求償にどう反映されるかを記録し、重複負担を調整します。

3 設例計算 ― 符号が変わる瞬間

数字で確かめます。社員2名、出資は各500万円(合計1,000万円)。定款に損益分配の定めはなく、会社法622条の準用により、損益は出資の価額の割合(2分の1ずつ)で分配されます。開業時の借入れ2,000万円のうち1,600万円が残っており、脱退時の時価純資産(資産の時価−負債)は600万円のマイナス、すなわち600万円の債務超過だとします。

計算項目 金額
出資の合計1,000万円
脱退時の時価純資産▲600万円
法人が設立以来に生じた損失(出資の合計と純資産の差)1,600万円
脱退社員が負担すべき損失(2分の1)800万円
脱退社員の出資の価額500万円
負担すべき損失が出資を超える額=脱退社員が法人に支払う額300万円

脱退社員は、清算金を受け取るどころか、法人に300万円を支払う義務を負います。同じことを持分の観点から言えば、脱退社員の持分は、時価純資産▲600万円の2分の1、すなわち▲300万円であり、マイナスの持分を精算する、ということです。

ここで、第13講ののれんが効いてきます。もしこの法人ののれんが2,000万円と評価され、法人財産に算入されれば、時価純資産は▲600万円+2,000万円=1,400万円のプラスに転じ、脱退社員の持分は700万円のプラスになります。脱退社員は300万円を払う側から、700万円を受け取る側に変わる。のれんの評価ひとつで、払戻計算の符号が反転するのです。

この設例が示すのは、第13講と第14講が連立していることです。脱退する側は「のれんを認めろ」と主張し、残る側は「のれんを認めるなら持って行く顧客分を控除しろ」と応じ、その結果として純資産がプラスかマイナスか、支払う側がどちらかが決まる。清算金の交渉は、この連立方程式を解く作業にほかなりません。

4 残る側の使い方

「借金は残す、顧客は持って行く」への反論

脱退を申し出る社員が描きがちな絵は、「法人の借入れは法人(=残る側)に残し、自分は担当顧客を連れて身軽に出て行く」というものです。令和元年判決は、この絵が計算上成り立たないことを示します。借入れが残って債務超過なら、脱退社員はその損失を分担しなければならず、出資額を超える分は法人に支払う。しかも、顧客を持って行くならのれんの控除か承継対価の負担が加わる(第13講)。相手の「身軽に出て行く」という前提は、条文と判例の上では崩れています。

請求の牽制 ― 試算書を先に示す

相手が高額の清算金を請求してくる前に、残る側から脱退時の試算書を提示する手があります。時価純資産、損失の分担、出資額との差額を示し、「現時点で脱退すれば、あなたが法人に〇円を支払うことになる」という計算結果を、最高裁判決の引用とともに伝える。これは脅しではなく、条文と判例に基づく計算の共有です。相手が試算を検証し、のれんの評価で争ってくるなら、そこから第13講の議論に入ればよい。少なくとも、相手が根拠のない金額を期待して交渉に臨むことは防げます。

連帯保証との一体処理

個人保証の有無と内容は契約ごとに確認します。社員としての法定責任には612条の規律がある一方、個別の保証契約は脱退登記から2年経過しただけで終了しません。解除には金融機関との合意等が必要です。内部清算で控除済みの法人債務や支払済額と、将来の求償が二重にならないよう整理します。

5 辞める側にも公平に ― 確認すべき2点

本連載は残る側の視点で書いていますが、この講の内容は、脱退を考えている側にとっても切実です。公平のために、辞める側が確認すべき2点を挙げておきます。

第一に、定款の別段の定め。最高裁判決は「定款に別段の定めがあるなどの特段の事情のない限り」と留保しています。定款に、退社社員の損失負担を出資額に限る旨の定めや、払戻しの計算方法についての定めがあれば、結論は変わり得ます。自分の法人の定款を確認することが出発点です(第15講)。

第二に、のれんの評価。設例で見たとおり、のれんを法人財産に算入するかどうかで、支払う側と受け取る側が入れ替わります。債務超過の法人であっても、顧問先基盤が厚ければ、のれんを含めた評価では持分がプラスになることがあります。ただしその場合、持って行く顧客の分は控除される(第13講)。辞める側にとっても、のれんと承継顧客は表裏の関係にあります。

双方の前提を同じ計算表に並べ、定款の解釈と金額の争いを分けます。請求の成否を左右する事実と資料を確認してから、協議する範囲を決めてください。

残る側の視点で押さえておくこと

法人が債務超過なら、脱退する社員は清算金を受け取れないだけでなく、負担すべき損失が出資額を超える分を法人に支払う義務を負います(最高裁令和元年12月24日判決。定款に別段の定めがある場合を除く)。「借金は残して顧客は持って行く」という相手の絵は、計算上成り立ちません。のれんの評価で符号が反転するので、第13講の調整と一体で試算書を作り、連帯保証の処理と合わせて交渉に載せてください。

次回 第15講「定款の一行が数千万円を動かす ― 払戻条項の設計と限界」では、定款で払戻しの基準をどこまで定められるのか、監査法人と医療法人の裁判例を素材に、自分の法人の定款を診断できるように解説します。


【本講で引用した主な法令・裁判例】税理士法48条の21/社会保険労務士法25条の25/会社法611条・622条/最高裁令和元年12月24日判決(民集73巻5号457頁)/大審院大正7年12月7日判決(民録24輯2315頁)

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