第69講 患者が亡くなった後、家族からカルテを見せてと言われた
第Ⅶ部 患者対応・クレーム・応招義務
患者が亡くなった後、遺族が診療経過を知りたいと考えるのは自然なことです。医療機関は、本人の生前の意思と関係者の秘密に配慮しながら、説明と記録の開示に対応します。紛争を恐れて対応を遅らせないことが大切です。
この講では、死後の診療情報に関する指針、申請者の確認、開示の範囲、記録の保全を整理します。遺族への開示は原則として応じるものですが、相手が遺族を名乗れば無条件に全資料を渡す、という扱いではありません。
例えば、入院中に亡くなった患者の長男から、四十九日を過ぎた頃に電話がありました。「父のカルテを全部見せてほしい」。
理由は言いません。院長は考えました。個人情報保護法は、亡くなった人の情報には適用されないと聞いたことがある。では、開示の根拠は何か。断れるのか。断るべきなのか。
そして、なぜ今、全部なのか。
1 法律の枠組み ― 個人情報保護法の外にある
個人情報保護法の個人情報は、生存する個人に関する情報です。亡くなった患者だけの情報について、同法上の本人開示請求をそのまま相続して行使できるわけではありません。ただし、死後なら自由に公開してよいということではなく、医療者の守秘と診療情報提供のルールに沿って扱います。
厚生労働省の「診療情報の提供等に関する指針」は、遺族への診療経過等の説明と記録開示の手順を示しています。指針そのものを法律上の開示請求権と同一視せず、医療機関の説明義務や守秘義務、個別の規程等と併せて検討します。死亡患者の情報についても、生存者と同様の安全管理に配慮することが必要です。
なお、亡くなった患者の情報が、同時に遺族の個人情報になる場合があります。遺伝性疾患に関する情報が典型です。その部分については、遺族自身の個人情報として同法の適用があり得ます。
2 指針が求めていること
| 項目 | 指針の内容 |
|---|---|
| 遺族への説明 | 患者が死亡した際には、遅滞なく、遺族に対して死亡に至るまでの診療経過、死亡原因等についての診療情報を提供しなければならない。これは遺族からの請求を待たずに、医療機関の側から行うべきもの。 |
| 開示を求め得る者 | 患者の配偶者、子、父母、およびこれに準ずる者。「準ずる者」には、実際に患者の世話をしていた親族などが含まれ得るが、認定は慎重に。 |
| 開示の理由 | 申請書で開示理由の記載を求めることは不適切とされる。理由を述べないことや、医療過誤を疑っていることだけで拒まない。本人確認や関係確認、対象資料の確認は別途行う。 |
| 手続 | 管理者が担当医の意見を聴いたうえで、速やかに開示の可否を決定し、申立人に通知する。院内の検討委員会で検討することが望ましい。日時・場所・方法を指定できる。 |
| 費用 | 指針は開示費用の徴収を認める。事前に料金と内訳を示し、実費等を踏まえて合理的に設定する。高額な料金で開示を妨げる運用は避ける。 |
| 開示しない場合 | 第三者の利益を害するおそれなどを個別に検討し、患者の生前の意思・名誉も十分尊重する。全部又は一部を拒む場合は、原則として理由を書面で示し、苦情処理の体制も説明する。 |
長男は指針が挙げる「子」に当たりますが、身分証明や戸籍等、必要な資料で申請者と患者との関係を確認します。代理人なら委任等の権限も確認してください。理由を述べないことだけで拒まず、本人の生前の意思や第三者情報を確認して、速やかに開示の可否と範囲を決めます。
3 開示の実務 ― 何を、どう出すか
対象の確認。診療録、看護記録、検査結果、画像、処方の記録、同意書。「カルテを全部」という求めに対して、どの記録が対象に含まれるかを確認し、一覧にします。
第三者の情報の扱い。他の患者や家族の情報が含まれる場合は、その提供によって利益を害するおそれを具体的に検討します。必要な部分をマスキングするなど、開示できる部分をできる限り残します。第三者の名前が一つあるだけで全記録を非開示にせず、非開示箇所と判断理由を管理してください。
説明の機会を設ける。死亡に至る経過や原因は、遺族に分かる言葉で説明します。開示時に補足説明を求められたら、できる限り速やかに応じます。説明面談への出席を資料交付の条件にするなど、開示を妨げる運用は避けてください。不明なことは不明と伝え、推測と確認済みの事実を分けます。
元の記録と変更履歴を守る。開示の申出を受けたら対象記録と関連ログを保全し、書換えや削除で過去の記載を隠さないようにします。必要な訂正・追記まで禁止するものではありません。行った者、日時、内容、理由を明確にし、元の記録が確認できる方法で行います。遡った日付で書き加えてはいけません。
4 紛争の予兆として
開示の申出だけで、遺族が訴訟を準備していると決めつけないでください。一方、医療上の問題が疑われる場合に備え、事実確認と記録の保全は進めます。目的は説明できる状態を整えることであり、責任を免れる筋書きを作ることではありません。
- 院内での経過の確認。診療経過、説明内容、報告の必要性を確認する。医療事故調査制度の対象は、提供した医療に起因し又は起因すると疑われる死亡・死産で、管理者が予期しなかったもの等の法定要件による。予期しなかった死亡がすべて対象となるわけではなく、遺族の開示請求の有無とも別に判断する(第Ⅷ部)。
- 保険会社への連絡。医師賠償責任保険は、紛争の可能性を認識した段階で通知することが求められていることが多い。開示請求を受けた時点で、保険会社に第一報を入れることを検討する。
- 記録の保全。診療録、看護記録、関連ログ等を保全する。関係者への聞取りは、それぞれの記憶、確認資料、推測を分けて残し、説明を口裏合わせで統一しない。
院内調査や保険への連絡を理由に、開示や説明を不必要に遅らせないでください。確認に時間が必要なら、理由と見通しを伝えます。遺族への誠実な説明と、院内での事実確認・必要な法的相談を並行して進めます。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 診療記録の開示手続(申請書、決定の手順、費用、説明の機会)を院内規程として整える
- 患者の死亡時に、遺族へ診療経過を説明する運用を確認する
- 開示の申出を受けたら、元の記録と関連ログを保全し、必要な訂正・追記の履歴を残す
- 医師賠償責任保険の通知の条件を確認する
やってはいけないこと
- 「理由を言わないなら開示しない」と応じる
- 元の記載を隠す書換え・削除や、過去の日付に遡った追記を行う
- 記録を渡すだけで、説明の機会を設けない
- 開示に応じる姿勢を見せながら、時間を引き延ばす
6 よくある質問
- 亡くなった患者の兄弟から開示を求められました。応じるべきですか。
- 指針が挙げる開示を求め得る者は、配偶者・子・父母およびこれに準ずる者です。兄弟がこれに当たるかは、患者との関係(実際に世話をしていたか、他に近い親族がいないか)によります。認定は慎重に行い、当たらないと判断した場合はその理由を説明してください。
- 遺族の間で意見が対立しています。一方から開示を求められ、他方は反対しています。
- 他の遺族の反対だけで当然に拒否することにはなりません。申請者の資格、患者の生前の意思、第三者の利益を確認して判断します。反対している遺族の秘密が含まれる場合は、その部分の扱いを個別に検討し、非開示とするなら原則として書面で理由を示します。
- 患者が生前に「家族には見せないでほしい」と言っていました。
- 患者本人の生前の意思は、開示の可否の判断で考慮すべき要素です。ただし、その意思がどの範囲のものだったか(すべての記録か、特定の事項か)、記録に残っているかによって扱いが変わります。生前の意思を記録に残しておくことが、こうした場面での判断を支えます。
主な法令・参考資料
- 医療法
社員総会、役員、管理者、医療事故調査、開設・承継に関する規定。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000205
- 個人情報保護法
個人データの取扱い、委託、仮名加工情報・匿名加工情報の区別。
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス
診療情報の取扱い、漏えい等の報告、第三者提供。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ - 厚生労働省:診療情報の提供等に関する指針
遺族への情報提供、開示手続、非開示、記録の訂正等。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html