第102講 職員が患者情報をLINEで送っていた― 身近な情報漏えい
第Ⅺ部 個人情報・IT・サイバー・生成AI
患者情報を私物のスマートフォンで撮影し、退職者も残っているLINEグループへ送る。こうした日常の連絡でも、重大な情報漏えいにつながります。「申し送りを便利にするため」という動機があっても、相手と保存先を医療機関が管理できているかが問われます。
この講では、私物端末やSNSを使った連絡の法的な問題、発覚時の対応、再発を防ぐ仕組みを整理します。善意の行動でも、安全管理や漏えい等の報告・本人通知が不要になるわけではありません。職員の行為と、医療機関が設けていたルール・教育・管理体制を分けて確認します。
例えば、看護師長が院長のところに来ました。「夜勤の申し送りで、看護師が患者さんのカルテ画面をスマホで撮って、病棟のLINEグループに送っていました。もう半年続いているそうです。悪気はなくて、業務のためなんですが」
院長は聞きました。「そのグループには誰がいる」
師長は答えました。「病棟の看護師全員と、去年辞めた二人です」。
1 何が起きているのか ― 法的な評価
| 事実 | 評価 |
|---|---|
| 私物端末でカルテ画面を撮影 | 管理外の端末に患者情報が複製される。規程違反の有無に加え、端末管理・教育・アクセス制御等が適切だったかを確認する。職員の規程違反だけで、直ちに医療機関の法23条・24条違反が確定するわけではない。 |
| LINEグループに送信 | 外部サービスへの保存について、事業者が個人データを取り扱うか、契約・設定・アクセス制御がどうなっているかを確認します。外部サーバーに保存したという一事だけで、第三者提供・委託や安全管理措置違反を断定することはできません。この事例では、退職者が閲覧できる状態と院内の管理不備が特に問題となります。 |
| 退職者が閲覧できる | 退職して閲覧権限のない者が読める状態にあるため、漏えいまたはそのおそれを具体的に調べる。実際に読んだ証拠がないというだけで対象外にしない。第三者が読む前に全データを回収できたか等も確認する。 |
| 半年間継続 | 長期に続いていた経緯、上司の認識、点検・監査、代替の連絡手段を確認する。個人の責任に加え、組織の管理に不足がなかったかを検討する。 |
| 「業務のため」 | 不正目的の有無は刑事責任等の判断要素になりますが、「業務のため」という目的だけで適法にはなりません。安全管理、漏えい等報告、患者への対応は別に評価します。 |
ガイダンスは、個人データの取扱いを委託する場合に契約と監督を求め、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインは、私物端末の業務利用を認める場合の要件(端末の管理、業務データの分離、紛失時の消去等)を示しています。これらの要件を満たさない私物端末やSNSの利用を放置すれば、医療機関の安全管理措置・従業者監督が不十分と評価されるおそれがあります。
2 漏えい等報告義務との関係
第101講で見たとおり、要配慮個人情報を含む個人データの漏えい等は、件数を問わず、個人情報保護委員会への報告と本人への通知の対象です(26条、規則7条1号)。この事案は報告対象になるでしょうか。
この設例では、退職者が閲覧できる状態で患者情報の送信が続いています。漏えいまたはそのおそれがある事案として、速やかに調査・報告に着手します。対象患者と情報を送信履歴等から特定し、分かった事項から報告してください。速報は知った後速やかに(目安は概ね3〜5日以内)、確報は知った日から30日以内です。不正目的の類型に当たる場合は60日以内となります。本人通知は状況に応じ速やかに行い、全調査の完了を一律に待ちません。
報告の要否は、「悪気がない」「患者から苦情がない」だけでは決まりません。情報の内容、流出先、閲覧・保存の状況等を調べ、法定の報告対象に該当するか判断します。報告や通知を怠れば、事故対応とは別に法令上の問題が生じます。
3 発覚したときの手順
発覚から確報までにすること
- 拡散を止め、証拠を残す 新たな投稿を停止し、権限のない人のアクセスを制限する。同時に、送信履歴・参加者・保存状況を必要な範囲で保全する。退職者には利用・再送信の停止と調査協力を求め、証拠を失わない方法でデータを回収・消去する。投稿を消しても、受信端末やクラウドの複製まで消えるとは限らない。
- 事実を確認する いつ、誰が、どの患者の情報を、誰に送ったかを聴き取り、記録する。私物端末の調査は本人の協力・同意等の適切な根拠と範囲で行い、私生活上の情報を無制限に閲覧したり、端末全体を勝手に消去したりしない。
- 院内で報告する 個人情報保護の責任者と管理者に報告し、対応の担当者を決める。
- 速報 事態を知った後速やかに、判明している事項を個人情報保護委員会に報告する。概ね3〜5日以内という目安を理由に、把握済みの報告を先送りしない。
- 患者への通知 通知対象者へ、状況に応じ速やかに、分かっている事実、情報の内容、二次被害への注意、対応、問い合わせ先を知らせる。未確定事項は調査中と伝え、必要に応じて追加通知する。文面と通知範囲を弁護士等と確認する。
- 確報 知った日から30日以内(不正目的の類型では60日以内)に、原因、影響範囲、再発防止策等を報告する。
- 職員の処分 就業規則の根拠、周知、行為の内容、故意・過失、教育や管理の状況等を確認する。懲戒には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要(労働契約法15条)。専用のSNS規程がない場合も守秘義務等は残るが、管理側の不備を調べず職員だけに責任を負わせない。
- 再発防止 次章の仕組みを整え、確報に記載する。
患者から損害賠償を求められた場合は、使用者責任(民法715条)や安全管理措置義務違反に基づく責任の成否を、義務違反、因果関係、損害等に照らして判断します。診療情報は要配慮個人情報であり、情報の内容と拡散範囲は損害評価の重要な要素です。
4 なぜ起きるのか ― 「便利だから」の構造
使いやすい連絡手段がないと、職員が私的なSNSに頼る一因になります。夜勤の申し送りや急な連絡で、承認された手段のどこが使いにくいのか、実態を聞き取ります。禁止を周知するだけでなく、必要な連絡を安全に行える代替手段を整えることが重要です。
したがって、再発防止は禁止だけでは成り立ちません。業務連絡に使ってよい手段を指定し、それを職員が使いたくなる程度に整えることが、禁止と同じだけ重要です。
5 仕組みを作る
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 業務連絡手段の指定 | 医療情報の取扱い、契約、認証、アクセス権、記録、退職時の権限停止等を確認し、医療機関が管理できる手段を指定する。「業務用」という名称だけでは足りない。送る情報は必要最小限とし、患者IDだけでも院内で容易に照合できれば個人情報であることを共有する。 |
| 私物端末のルール | 私物端末での患者情報の撮影・保存・送信を禁止する。業務利用を認めるなら、ガイドラインに沿って端末管理・データ分離・紛失時の消去の仕組みを入れる。認めないなら、業務用端末を支給する。 |
| SNSの利用ルール | 私的なSNSで、患者を識別できる情報や業務上の秘密を投稿・送信しない。氏名を伏せても、写真、日時、病状等の組合せで特定されることがある。一般的な健康情報の発信と、患者情報の取扱いを区別する。 |
| 退職時の手続 | 退職時にログ等の必要な記録を保全し、アクセス権を失効させる。グループからの除外、端末返却、業務データの回収・消去を確認する。アカウントの削除で調査に必要な記録まで失わないようにする(第107講)。 |
| 研修 | 入職時と定期的に、撮影・送信・誤送信・報告の具体例を使って研修する。例えば年1回を基本に、新しいサービスの導入や事故の発生時にも追加する。 |
| 誓約書 | 守秘義務と情報の取扱いルールの誓約。退職時に再確認。 |
| 点検 | 年1回、業務連絡の実態(何を使っているか)を聞き取る。規程と実態の乖離を早く見つける。 |
| 相談窓口 | 「LINEで送ってしまった」と言い出せる窓口。処分を恐れて隠される方が損害は大きい。 |
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 職員に、業務連絡で実際に何を使っているかを聞く
- 業務用の連絡手段を指定し、私物端末・SNSのルールを文書にする
- 退職者が残っているグループやアカウントがないかを確認する
- 漏えい発覚時に、アクセス制限・証拠保全・院内報告を並行し、法定報告と本人通知につなげる手順を共有する
やってはいけないこと
- 「業務のためだから」「実害がないから」と報告しない
- 拡散を放置して調査を続ける、または履歴を確保せずに一括削除して証拠を失う
- 代替手段を示さずに「LINE禁止」だけを言う
- 管理側のルール・教育・監督の不備を調べず、実行した職員の処分だけで終わらせる
7 よくある質問
- 患者の氏名を消して画面を送っていれば問題ありませんか。
- 氏名を消しても、病室番号や病名、経過から病棟内では患者が特定できます。他の情報と容易に照合して識別できる限り個人情報であり、要配慮個人情報です。院内承認や必要な安全管理を欠く私物端末での撮影・外部サービスへの送信は、氏名を消しても適切な取扱いにはなりません。
- 患者本人から「検査結果をLINEで送ってほしい」と言われました。
- 患者本人への提供でも、誤送信、なりすまし、端末・サービスの管理といった安全管理の問題は残ります。希望されたというだけで、無管理の経路を使わないでください。本人確認のうえ、院内で安全性を評価・承認した患者向け機能等を案内します。対面や郵送も選択肢ですが、それぞれ本人確認・宛先確認等が必要です。特定のアプリ名だけで適法・違法が決まるものではありません。
- 個人情報保護委員会に報告すると、公表されますか。
- 委員会に報告した事案がすべて公表されるわけではありません。医療機関による公表や本人通知の要否は別に判断します。本人通知が困難な場合に必要な代替措置として公表する制度はありますが、人数が多いだけで通知に代えられるわけではありません。公表を恐れて、必要な報告を見送らないでください。
主な法令・参考資料
- 民法
委任・善管注意義務、契約上の責任、不法行為、使用者責任等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 個人情報保護法
利用目的、要配慮個人情報、委託・第三者提供、保有個人データの開示等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/415AC0000000057
- 個人情報保護委員会:ガイドライン(通則編)
漏えい等の報告対象、速報・確報、安全管理、第三者提供。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/guidelines_tsusoku/
- 厚生労働省:医療情報システム安全管理ガイドライン第7.0版
2026年6月改訂の第7.0版。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.html
- 同ガイドライン:システム運用編
電子保存、システム運用、認証、バックアップと復旧等。
https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716295.pdf
- e-Gov法令検索:労働契約法
15〜19条。懲戒・解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - 個人情報保護委員会・厚生労働省:医療・介護ガイダンス
令和8年4月一部改正。医療情報の取得・利用・提供、安全管理、開示等。
https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/iryoukaigo_guidance/ - e-Gov法令検索:個人情報保護法施行規則
7条の報告対象、8条の報告、9条の委託元通知、10条の本人通知。
https://laws.e-gov.go.jp/law/428M60020000003