ホーム ─ 連載コラム ─ 退職・競業・営業秘密29講 ─ 第7講

『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第7講】

期間・地域・職種はどこまで絞れば有効か

第6講の六要素のうち、会社が契約条項の書き方で調整できるのは期間・地域・職種(禁止行為の範囲)の三つです。この講では、裁判例の傾向から、実務上「どこまで絞れば有効になりやすいか」の目安を示します。

期間 ― 年数だけで有効性は決まらない

裁判例上、期間は重要な考慮要素ですが、年数だけで有効・無効を決める基準はありません。1年程度に限定された条項が肯定された例がある一方、フォセコ・ジャパン事件のように2年間の制約が有効とされた例もあります。反対に、2年でも他の要素と合わせて無効とされた例があります。期間は、その情報・顧客関係等が競争上の価値を持つと合理的に見込まれる期間との対応を説明できるようにし、長期の制約ほど対象業務・地域・代償措置等を慎重に設計します。

地域 ― 事業活動の範囲に対応させる

地域的限定は、会社の実際の営業エリアや守るべき利益の性質と対応させます。地域を限定するほど合理性を説明しやすい場合がありますが、全国展開・オンライン事業や技術情報の保護では、地域限定がないことだけで直ちに無効となるわけではありません。広い地域を対象とする場合は、期間・職種・禁止行為等を含む全体として必要最小限かを検討します。

職種(禁止行為の範囲) ― 「就職禁止」から「行為禁止」へ

最も工夫の余地が大きいのが、禁止行為の範囲です。

(1)競業企業への就職禁止型:「競合他社に就職・役員就任してはならない」という包括的な規定は、退職者の職業選択を直接制約するため、守るべき利益との対応や対象職務の限定が特に重要です。

(2)担当顧客への営業禁止型:「在職中に担当した一定の顧客に対して、退職後一定期間、競業する商品・サービスの営業を行わない」といった規定は、競合他社への就職自体を禁じる条項より対象行為を限定しやすく、営業職の守るべき利益との対応を説明しやすい形です。ただし、顧客の範囲・期間・禁止する営業行為を具体的に定める必要があります。

(3)担当業務・技術分野の限定型:「在職中に従事した◯◯技術の開発業務に、退職後1年間従事してはならない」という規定。技術者に対する特約として使われますが、「◯◯技術」の範囲が明確でなければ、無効または適用不能となります。

(4)役職限定型:「競合他社の一定の役員・事業責任者に就任しない」といった規定は、経営幹部について一般従業員としての就業可能性を残しつつ、経営中枢への関与を制約する設計例です。有効性は、対象者の地位、守るべき利益、期間・地域・代償措置等との総合判断になります。

「競業」の定義を明確にする

特約が「競業」の範囲を曖昧にすると適用範囲をめぐる争いになります。会社が現に行う事業のうち保護すべき利益と関係する商品・サービス、顧客層、業務などを可能な範囲で具体化します。定款記載の事業をそのまま全て対象にすると、実際の事業や守るべき利益との対応が弱くなることがあります。将来事業まで含める場合も、具体性・必要性を説明できる範囲に絞ります。

「絞る」ことは「弱める」ことではない

範囲を絞った特約は、会社にとって守る範囲が狭いように見えますが、裁判所で有効と認められて初めて意味を持ちます。全面禁止の特約が無効とされて何も守れない結果より、担当顧客への営業禁止に絞った特約が有効とされて差止・損害賠償が認められる方が、実質的な保護は大きいのです。

業種によって情報の陳腐化速度、顧客との契約更新サイクル、営業地域、資格・専門性などが異なるため、IT・製造・士業・医療・美容等で一律の期間・地域基準を置くことは適切ではありません。業種名から年数を決めるのではなく、「何を、どの競争リスクから、どの程度の期間守る必要があるか」を特定し、条項を設計します。

実務ポイント

・期間に一律の安全基準はない。守るべき利益が競争上の価値を持つ期間と、地域・職種・代償措置等を総合して設計する。

・地域は事業範囲・利益の性質との対応を確認する。無限定でも直ちに無効ではないが、全体として必要性・相当性が問われる。

・「就職禁止」より、守るべき利益と対応した顧客・業務・役職等の限定を具体化する方が合理性を説明しやすい。

退職・競業・営業秘密29講 目次へ戻る