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『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第10講】

競業行為を見つけた日 ― 差止請求は本当に通るのか

退職者の競業行為が発覚したとき、会社がまず考えるのは「やめさせたい」という差止めです。しかし、競業避止特約に基づく仮処分は、特約の有効性に加えて保全の必要性まで疎明する必要があり、「特約があるから直ちに止められる」わけではありません。

差止の法的根拠

競業避止特約に基づく差止は、特約上の不作為義務の履行請求として構成されます。営業秘密の使用・開示については、不競法3条1項の差止請求権が根拠になります。不法行為(民法709条)に基づく差止は、原則として認められていません。実務では、本案訴訟の判決を待っていては競業避止期間が経過してしまうため、仮処分(民事保全法23条2項)を申し立てます。

仮処分の二つのハードル

(1)被保全権利の疎明:特約が有効であること、退職者の行為がその禁止範囲に該当することを具体的に疎明します。競業避止特約の合理性に疑義が大きい場合、被保全権利が認められないことがあります。東京リーガルマインド事件(東京地決平成7年10月16日)は、競業避止特約に基づく仮処分が問題となった代表例の一つです。

(2)保全の必要性の疎明:仮の地位を定める仮処分では、「著しい損害又は急迫の危険」を避けるため必要であること等を具体的に示す必要があります(民事保全法23条2項)。就業差止めは退職者の生計・職業選択に直接影響するため、金銭賠償では回復しにくい営業上の損害や、特定顧客・秘密情報との関係を具体化することが重要です。

差止の対象を「絞る」

「競合他社での就労を全面的に禁止する」申立ては制約が大きく、被保全権利・保全の必要性の両面で慎重な検討が必要です。守るべき利益に応じ、①特定顧客への一定の営業、②特定の営業秘密の使用・開示、③特定の技術分野・業務など、対象を特定できるかを検討します。申立ての範囲を狭めれば必ず認容されるわけではありませんが、会社が守ろうとする利益との対応は明確になります。

期間の問題

競業避止期間が短い場合、時間の経過それ自体で差止めの実益が失われます。そのため、証拠収集と営業上の損害の把握を並行し、必要があれば速やかに申立てを準備します。申立てまでの適切な期間に一律の「2〜4週間」という基準はなく、証拠の所在、相手方の行為、裁判所での手続等によって異なります。

差止が認められなくても意味がある

仮処分が認められない場合でも、手続の過程で争点が整理され、和解協議につながることはあります。他方、申立て自体を「牽制」や証拠収集だけの目的で利用することは適切ではなく、被保全権利と保全の必要性を疎明できることが前提です。相手方から新たな資料・主張が示されることはありますが、申立てによって証拠が得られることを当然の効果と考えるべきではありません。

仮処分の審理期間や審尋の回数、和解の進み方は、裁判所、争点、疎明資料の量、相手方の対応等で大きく異なります。競業避止期間が経過すると申立ての実益が減るため、一般的な「相場」ではなく、その事案で必要な証拠と残存期間から逆算して準備することが重要です。

実務ポイント

・競業避止特約に基づく就業差止仮処分は、被保全権利と保全の必要性の両方で高いハードルがある。

・全面的な就業禁止ではなく、特定顧客・特定情報・特定業務に絞った差止を申し立てる。

・時間の経過で差止めの実益が失われるため、必要性がある場合は証拠保全と並行して速やかに申立てを検討する。

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