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『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第11講】

競業避止義務違反の損害はどう立証するか

競業避止特約が有効で、退職者の違反行為も明らかであっても、損害額の立証で行き詰まる事案は少なくありません。「退職者が競業したことで売上が減った」という主張は直感的ですが、裁判所が求めるのは、違反行為と損害との因果関係および損害額の具体的な立証です。

損害立証の三つの壁

壁1:因果関係。売上減少の原因は、退職者の競業だけでなく、市況・競合他社の動向・自社の営業体制の変化など多数あります。退職者の競業「によって」失われた売上を切り分けなければ、因果関係は認められません。

壁2:損害額。仮に特定の顧客が退職者に移ったことが立証できても、損害は「その顧客との取引で得られたはずの利益」であり、売上ではなく、経費を控除した逸失利益(限界利益)です。さらに、その顧客がいつまで取引を継続したはずかという期間の認定も必要になります。

壁3:推定規定の不存在。不競法5条は営業秘密侵害の損害額推定規定を置いていますが、競業避止特約違反には適用されません。会社法423条2項は取締役の競業取引に適用されますが、従業員には適用されません。したがって、従業員の競業避止特約違反については、民法の一般原則に従って立証する必要があります。

立証の方法

(1)顧客単位の立証:退職者に移った顧客を特定し、①退職前の当該顧客との取引実績(売上・利益率・取引期間)、②退職後の取引の消滅・減少、③退職者側との取引開始、④顧客の選択に影響した事情等を積み上げます。顧客の説明は重要な証拠になり得ますが、顧客が紛争への関与を望まないこともあるため、客観資料との組み合わせが重要です。

(2)民訴法248条の活用:損害が生じたこと自体が認められる一方、その性質上、損害額を立証することが極めて困難なときは、裁判所が口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果に基づいて相当な損害額を認定することができます(民訴法248条)。ただし、同条は損害の発生や因果関係の立証を不要にする規定ではなく、可能な限り客観的な取引資料・利益率等を提出する必要があります。

(3)固定額の違約金条項には注意:従業員との労働契約について、労働契約の不履行に対する違約金や損害賠償額をあらかじめ定めることは、労基法16条に抵触します。退職後の競業避止義務に関する条項であっても、締結時期・契約の性質・給付の内容によって同条との関係や公序良俗上の相当性が問題となるため、「損害立証を不要にする最も確実な方法」として一般化するのは適切ではありません。ヤマダ電機事件(東京地判平成19年4月24日)は、退職後1年間の競業避止特約と違反時の金銭請求が問題となり、会社の請求が一部認容された事案ですが、給与6か月分の請求がそのまま全額認められた事案ではありません。

損害賠償以外の「取り返し方」

損害立証が難しい場合でも、①実損害を顧客・取引単位で積み上げる、②民訴法248条の適用を検討する、③営業秘密侵害等が成立する場合は不競法5条の推定規定を用いる、④取締役の競業取引では会社法423条2項の推定規定を検討する、といった方法があります。退職金の不支給・減額・返還は、損害賠償とは別の法的根拠・要件を確認します(第12講)。

実務ポイント

・競業避止特約違反の損害立証は、因果関係・逸失利益の額・推定規定の不存在の三つの壁がある。

・顧客単位で取引実績・利益・移転経緯を積み上げ、要件を満たす場合は民訴法248条も検討する。

・従業員との固定額の違約金・賠償予定は労基法16条との関係に注意。実損害、不競法5条等の推定規定、退職金規程などを区別して検討する。

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