『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第12講】
退職金の不支給・返還条項は有効か
第Ⅱ部 競業避止義務 ─ 明徳法律事務所
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競業避止義務違反と退職金の不支給・減額・返還を結び付ける規程は裁判例上しばしば問題となります。もっとも、競業したという事実だけで当然に退職金を失わせることはできず、退職金の法的性質、規程の内容・周知、競業の態様、退職者の背信性等を踏まえて有効性・適用範囲を判断します。
三晃社事件(最判昭和52年8月9日)は、退職後に同業他社へ転職した従業員について、会社都合退職の場合に比べ退職金を半額とする就業規則の規定が問題となり、最高裁は、その制限を不合理とまではいえないとして会社側の取扱いを是認しました。退職金の功労報償的性格等を踏まえた判断であり、「競業すれば一律に半額にできる」という一般ルールを示したものではありません。
退職金の全額不支給・大幅減額については、退職金の賃金的性格・功労報償的性格と、競業行為の背信性との均衡が問題になります。中部日本広告社事件(名古屋高判平成2年8月31日)などでは、長年の勤続の功を抹消・減殺するほどの「顕著な背信性」があるかが重視されています。したがって、単なる競合他社への転職だけで全額不支給が当然に認められるわけではなく、競業の態様、会社への損害、退職者の地位、退職経緯等を具体的に検討します。
退職金の不支給・減額・返還を検討する際は、①就業規則・退職金規程等にどのような根拠があるか、②規程が労働者に周知されているか、③事由と減額の程度が合理的か、④当該退職者の行為に規程を適用することが相当かを確認します。既支給分の返還についても、規程・合意の文言、支給時の条件、競業の態様等から返還請求の法的根拠が認められるかを個別に検討する必要があります。明確な返還条項を設けておくことは、紛争予防上有用です。
退職金規程を設計する場合は、競業避止義務違反等を減額・不支給事由として定める必要性を検討し、行為の重大性に応じた取扱いができるようにします。ただし、「原則半額」「顕著な背信性なら全額」といった固定的な割合が法律上の標準として存在するわけではありません。退職金の性質、勤続期間、違反態様、会社の損害等との均衡を取り、既支給分の返還を求める可能性があるなら、その条件もできる限り明確にします。
労働基準法との関係
退職金が就業規則等により支給条件・算定方法を定められ、労働の対償としての性格を有する場合、労基法上の賃金に該当し得ます。もっとも、不支給・減額事由の有効性・適用範囲は、規程の内容だけでなく退職金の性質や退職者の背信性等から判断されます。また、既に支給した退職金についても、返還規定がないから常に請求不能、あるいは返還規定があれば常に請求可能という単純な関係ではなく、契約・規程の解釈等を含め個別に検討します。
実務ポイント
・退職金の減額が認められるかは、三晃社事件等を踏まえ、規程の合理性、退職金の性質、競業の態様・背信性等を総合して判断する。
・規程上の根拠と周知に加え、減額・不支給・返還の程度が具体的な行為に照らして相当かを確認する。・全額不支給や既支給分の返還は特に慎重に設計・適用し、固定的な割合を法律上の標準と考えない。
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