ホーム ─ 連載コラム ─ 退職・競業・営業秘密29講 ─ 第13講

『退職・競業・営業秘密29講 ― 「辞めた社員」と「持ち出された情報」の教科書 ―』【第13講】

「一緒に辞めよう」はどこから違法になるのか

部下の転職・退職勧誘をめぐっては、労働者の転職の自由と、在職中の誠実義務・取締役の忠実義務、会社の営業上の利益との調整が問題になります。単なる転職勧誘それ自体が直ちに違法となるわけではなく、時期・方法・人数・会社への影響等を踏まえて社会的相当性を逸脱したかが問題となります。

原則:転職の勧誘は自由

従業員には退職・転職の自由があり、退職者が元同僚に転職先を紹介・勧誘することも、それだけで当然に違法となるものではありません。もっとも、在職中の義務、勧誘の方法、秘密情報の利用、虚偽・威迫の有無などによっては責任が生じ得るため、「転職の勧誘は常に自由」ともいえません。

例外:社会的相当性を逸脱した引き抜き

ラクソン事件(東京地判平成3年2月25日)は、引き抜き行為の違法性を判断する枠組みを示した代表的な裁判例です。同判決は、在職中の取締役・幹部による引き抜きについて、「単なる転職の勧誘」を超えて「社会的相当性を逸脱した」方法で行われた場合に、雇用契約上の誠実義務違反または不法行為となるとし、判断要素として、①転職する従業員の会社における地位、②引き抜かれた人数、③従業員の転職が会社に及ぼす影響、④転職の勧誘に用いた方法(秘密性・計画性・一斉性の有無、欺罔・威迫の有無)などを挙げました。

具体的に違法と評価されやすいのは、次のような事案です。

・在職中の幹部が、会社に知られないよう秘密裏に、部下に対して計画的・組織的に退職を働きかけ、一斉に退職させた。

・退職者が、引き抜き対象の従業員に対して「会社はもうすぐ潰れる」「あなたはリストラ対象だ」など虚偽の情報を告げて退職を促した。

・特定の部門の従業員をまとめて引き抜き、その部門の業務が停止するなど、会社に重大な打撃を与えた。

・引き抜きと同時に、顧客情報の持ち出しや顧客の奪取を組織的に行った。

退職後に元同僚へ個別に転職条件を伝え、相手方が自らの判断で転職したという事情は、違法性を否定する方向の事情となり得ます。他方、人数だけでなく、勧誘の時期・方法、在職中の計画性、会社への影響等を総合して判断されます。

「在職中」と「退職後」の違い

引き抜きの違法性は、行為者が在職中か退職後かによって考慮事情が異なります。在職中の従業員・取締役には誠実義務・忠実義務等があるため、計画的な勧誘や会社の情報・地位の利用が義務違反となり得ます。退職後はこうした在職中の義務がそのまま継続するわけではありませんが、社会的相当性を逸脱した勧誘等について不法行為責任が成立する余地があります。会社側は、特に在職中の行為を示す証拠を早期に確保することが重要です。

会社側の証拠収集

引き抜きの違法性は、勧誘の方法・時期・組織性の証拠で決まります。①残留した従業員からの聴取(誰に、いつ、どのような言葉で誘われたか)、②退職者の在職中のメール・チャット(退職準備の相談、転職先との連絡)、③退職の時期の集中(退職届の日付の一致)、④転職先の設立時期と退職者の関与、を早期に確保します(第22講)。残留従業員の証言は、時間の経過とともに得にくくなります。

会社側の「やってはいけない」対応

引き抜きが疑われる場面でも、残留従業員に対し根拠なく「退職したら訴える」と威迫する、退職の効力を不当に妨げる、退職者について虚偽の事実を社内外に流布する、といった対応は、会社側の責任や紛争拡大の原因となり得ます。実際の損害や義務違反について適法な請求を検討することとは区別が必要です。

実務ポイント

・転職の勧誘は原則自由。違法になるのは社会的相当性を逸脱した場合(地位・人数・影響・方法)。

・在職中の幹部による秘密裏・計画的・一斉の引き抜き、虚偽情報による勧誘、顧客奪取との併存が典型的な違法類型。

・勝敗は「在職中に何をしたか」の証拠。残留従業員からの聴取を早期に行う。

退職・競業・営業秘密29講 目次へ戻る