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『スポーツ・エンタメ団体紛争32講 ― 選手・団体・事務所がもめた日の教科書 ―』【第26講】

炎上・誹謗中傷への法的対応と発信者情報開示

試合での判定、代表選考、不祥事の報道、SNSでの発言。スポーツ選手や実演家、団体の役員は、きわめて多くの人々の注目を集める立場にあり、インターネット上の誹謗中傷の標的になりやすい存在です。法制度はこの数年で大きく変わり、削除請求・発信者の特定・責任追及のいずれについても、以前より使いやすい手段が整いつつあります。

近年の制度改正

・侮辱罪の法定刑引上げ(令和4年7月施行):法定刑に拘禁刑(施行当時は懲役・禁錮)と30万円以下の罰金が加わり、公訴時効も延長されました。

・発信者情報開示命令制度(令和4年10月施行):裁判所の非訟手続により、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダに対する開示を一体的に進められるようになりました。

・情報流通プラットフォーム対処法(令和7年4月施行):旧プロバイダ責任制限法が改正・改称され、一定規模以上の大規模プラットフォーム事業者に対し、削除申出の受付窓口の整備、申出への迅速な判断と通知、削除基準の策定・公表などが義務づけられました。

・改正スポーツ基本法(令和7年9月施行):インターネット上の誹謗中傷の防止を、スポーツにおける暴力等の防止の一環として位置づけました。

対応の三つの段階

(1)削除:投稿の削除を求める。プラットフォームの報告機能、情報流通プラットフォーム対処法に基づく削除申出、削除の仮処分(裁判所)の順に検討します。大規模プラットフォームには迅速な判断と通知が義務づけられたため、まず申出窓口を利用することが実務上有効です。

(2)発信者の特定:損害賠償や刑事告訴のためには、匿名の投稿者を特定する必要があります。発信者情報開示命令の申立てにより、プラットフォームとプロバイダから段階的に情報の開示を受けます。アクセスログの保存期間には限りがあるため、早期の着手が重要です。

(3)責任追及:特定した発信者に対する損害賠償請求(名誉毀損・侮辱・プライバシー侵害)、刑事告訴(名誉毀損罪・侮辱罪・脅迫罪等)。

選手・実演家個人と団体・事務所の役割分担

誹謗中傷の被害者は選手・実演家個人であり、法的手続の申立人も原則として本人です。しかし、個人が一人で対応するには負担が大きいため、団体・事務所が支援する体制が求められます。①被害の記録(スクリーンショット、URL、日時)の支援、②弁護士の紹介・費用の支援、③本人のメンタルヘルスへの配慮、④団体・事務所としての声明の発出(誹謗中傷をやめるよう呼びかける、法的措置を予告する)、⑤プラットフォームとの連絡窓口。国際大会では、競技団体や国内オリンピック委員会が選手への誹謗中傷に対して声明を出し、監視・通報の体制を整える例も増えています。

団体自身が批判の対象となった場合

団体の判断(選考・処分・判定)に対する批判が集中する「炎上」の場合、批判の多くは正当な意見・論評であり、法的措置の対象とはなりません。意見・論評は、前提となる事実が重要な部分で真実であれば、人身攻撃に及ぶなど論評の域を逸脱しない限り違法とされないのが判例の立場です。団体の対応は、法的措置よりも、判断の根拠と手続の説明(第25講)が中心となります。他方、役員個人への脅迫や、事実無根の中傷には、個人への誹謗中傷と同様の対応を検討します。

発信者情報開示の実務 匿名投稿への対応では、まず投稿本文、URL、投稿日時、アカウント名、表示画面等を証拠として保存し、プラットフォームや接続事業者が保有するログが失われる前に手続を検討することが重要です。発信者情報開示命令制度により、従来より手続を集約できる場面がありますが、投稿先サービス、通信経路、事業者の対応、異議の有無等によって特定までの期間は大きく異なり、数か月以上を要することもあります。費用も、必要となる申立ての数、翻訳・海外事業者対応、仮処分や訴訟の併用等で変動するため、一律の相場で判断するのは適切ではありません。選手・実演家の案件では、法的措置と並行して、競技団体・事務所による声明、コメント欄の管理、本人のSNS利用方針、スポンサーへの説明等も含めた対応を設計することが重要です。

実務ポイント

・情報流通プラットフォーム対処法(令和7年4月施行)により、大規模プラットフォームへの削除申出の実効性が高まった。

・発信者の特定は開示命令制度で。ログの保存期間があるため早期着手が必須。

・団体・事務所は、記録・弁護士・費用・メンタルヘルス・声明の各面で本人を支援する。団体への批判の多くは正当な論評であり、説明で応える。

作成日付:2026年9月28日

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