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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第2講】

開業は「物件を探す前」が勝負 ― 最初に決めるべき経営と法務の設計図

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第2講 開業は「物件を探す前」が勝負― 最初に決めるべき経営と法務の設計図

第Ⅰ部 開業前・開業設計

開業準備では、契約の順番が、その後の選択肢を左右します。賃貸借・融資・内装発注を先に進めると、診療方針や資金計画を変えたくなったときに追加費用が生じることがあります。まず基本方針を固め、その方針に合う条件かを確かめて契約することが大切です。

本講では、物件を探す前に決めたい六つの項目と、2026年4月からの外来医師過多区域の制度・管理者要件を整理します。すでに準備を進めている先生も、申込みや合意の内容を確認し、今から調整できる条件を把握してください。

「先生、いい物件が出ました。駅前の医療モール、1階の角。人気区画なので、今週中にお申込みだけでも」――。
たとえば、そんな提案を受けた場面を考えてください。診療圏や資金の上限、事業主体を決める前に物件の手続を進めると、内装・融資・機器・採用の予定も、物件の都合に合わせて動き始めかねません。

1 開業準備は、合意・発注の前に基本方針を固める

開業準備では、計画の検討から具体的な合意・発注に進むにつれ、変更の費用が増える傾向があります。次の図は、その順番を考えるための目安です。

方針を調整しやすい(設計の段階) ① 構想・診療圏の検討 ② 事業主体(個人/法人) ③ 資金の上限設定 ④ 人員計画 ⑤ 撤退条件の設定 ⑥ 相談チームの組成 / 物件の「見学」まで ▼ 契約上の拘束が生じ得る線 (書類の名称や署名の有無だけでなく、合意の内容・成立時点を確認する) 変更・撤退の費用を確認する(実行の段階) 物件申込み → 賃貸借契約 → 融資契約・保証 → 内装発注 → 医療機器リース → 採用内定 → 広告・HP発注 → 各種届出 → 開業 注意点:物件の締め切りが、基本方針の検討より先に来ることがある 「申込みだけ」のつもりでも、拘束や費用が生じる場合がある。 ①〜⑥を整理し、条件を確認してから申込み・契約・発注へ進む。
図1 開業準備の流れ。設計から実行に進む前に、合意の内容と変更・撤退の費用を確認します。破線は検討上の目安であり、契約が成立する法的な時点を一律に示すものではありません。

契約は、原則として申込みと承諾の合致で成立し、法令に特別の定めがなければ書面は必須ではありません(民法522条)。物件の申込書が単なる希望の提出なのか、契約成立につながる申込みなのかは、記載内容と交渉経過によります。メールや口頭の合意にも注意してください。契約成立後の変更では、中途解約、違約金、発注済み工事の精算などが問題になります。

2 物件を探す前に決める6項目

① 診療圏とコンセプト ― 「どこで・誰に・何を」を先に文章にする

診療圏調査は開業支援業者が無料で出してくれますが、数字の前に、先生自身の言葉で「どの地域の・どんな患者に・どの診療を提供するのか」を1枚に書いてください。これが決まっていないと、物件の良し悪しを判断する基準がなく、「駅前」「1階」「居抜き」といった物件側の魅力だけで意思決定することになります。業者の診療圏調査は参考資料として有益ですが、その業者が物件や内装で収益を得る立場なら、調査結果は営業資料でもある――という距離感は忘れないでください(利益相反の構造は第21〜22講で詳しく扱います)。

② 事業主体 ― 個人か法人かで、結べる契約と守れるものが変わる

個人で開業して後から法人化するのか、当初から医療法人(の分院等)として開設するのかで、賃貸借や融資の契約名義、責任の器、家族の関わり方が変わります。特に賃貸借契約は、途中で名義を個人から法人へ切り替える際に貸主の承諾や条件変更が必要になるのが通常です。方針だけでも物件の前に決めてください(判断軸は第3講)。

③ 資金の上限 ― 「借りられる額」ではなく「返せる額」で枠を切る

金融機関の審査を通った金額が、自院にとって無理なく返せる金額とは限りません。物件を見る前に、自己資金・借入・親族からの支援を整理し、総投資額と毎月の返済額に上限を設けます。その枠の中で物件・内装・機器を選んでください(第5講)。

④ 人員計画 ― 「開業日に誰がいるか」を契約から逆算する

看護師・受付・医療事務をいつ募集し、いつ内定を出し、研修をいつ始めるか。採用は内装工事と並ぶ「開業日を決める制約」であり、紹介会社を使うなら手数料と早期退職時の返金条項も比較対象です(第Ⅳ〜Ⅴ部)。人員計画なしに開業日を先に決めると、直前の妥協採用につながります。

⑤ 撤退条件 ― 入口で「出口」を決めた者だけが強気に交渉できる

撤退条件は、契約前に十分検討してください。賃貸借の種類・期間・中途解約、原状回復の範囲、リースの解約と精算は、閉院時の負担に関わります。承継時に契約を引き継げるかも重要です(第23講・第26講・第28講)。契約後も再交渉はできますが、相手方の合意を得られるとは限りません。

⑥ 相談チーム ― 「全部一社に任せる」を最初に避ける

税理士・社労士・弁護士・金融機関・開業コンサルの役割分担を、物件を探す前に決めてください。ポイントは一つだけ――物件・内装・機器・人材・広告で収益を得る事業者と、先生の側に立って契約をチェックする専門家を、同じ主体にしないことです。無料の開業支援がなぜ無料なのかという収益構造は第21講で詳述しますが、チェックする人とされる人が同じでは、チェックは機能しません。

3 2026年からの新しい前提 ― 候補地と管理者要件を確認する

2026年4月に施行された改正法により、開業の前提が二つ変わりました。開業時期を検討中の先生は、スケジュールと候補地の両方に影響します。

新しい仕組み内容
外来医師過多区域での開業への対応都道府県が指定した外来医師過多区域で、医業を行う無床診療所を新設する場合、原則として開設6か月前までの事前届出が必要です。地域で不足する医療機能への協力を要請されることがあり、要請・勧告に従わない場合には、公表や通常6年の保険指定期間を3年以内とする取扱いにつながります。候補地が実際に指定されているか、計画が対象となるかを所管窓口で確認してください。
保険医療機関の管理者要件保険医であることに加え、所定の経験等が必要です。医師の場合、2026年4月1日時点で臨床研修を未修了なら、基本は研修修了後の病院での保険診療3年以上です。同日時点で修了済みなら、研修期間を含む病院・診療所での保険診療その他の業務で通算3年以上の経験が基本となります。専門医資格等による別の要件や勤務時間の扱いもあります。また、同日時点の管理者が同じ保険医療機関に在任する場合には、2029年3月31日までの経過措置があります。

候補地を絞る段階で、区域の指定、事前届出の対象と期限、管理者の要件を確認してください。承継・移転や制度開始時の経過的な扱いも、個別の計画に即して確認します。開設の手続と保険医療機関の指定は別の手続です。賃料の発生だけが先行しないよう、都道府県等と地方厚生局への相談を開業予定表に組み込んでください(第6講)。

4 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 6項目(診療圏・事業主体・資金上限・人員・撤退条件・相談チーム)をA4一枚に書き出し、空欄を可視化する
  • 候補エリアが外来医師過多区域に当たり得るか、都道府県の公表情報を確認する
  • 「物件を紹介してくれる人」と「契約をチェックする人」が別かどうか、いまの相談相手を仕分けする
  • 賃貸借・融資・内装の各契約書は、サイン前に写しをもらう約束を取り付ける

やってはいけないこと

  • 設計6項目が白紙のまま、物件の「申込み」にサインする(申込みでも拘束が生じる建付けがあります)
  • 「今週中」「他にも検討者が」という締め切りを、検討を省略する理由にする
  • 融資の枠が出たことを「返せる額」と同一視する
  • 撤退条件を「縁起が悪いから」と検討から外す

5 よくある質問

もう物件に申し込んでしまいました。手遅れですか。
手遅れとは限りません。ただし、契約書に署名していなくても契約が成立していることがあります。申込書、メール、交渉記録、支払済みの金銭を確認し、何に合意しているかを整理してください。まだ決まっていない条件があれば、六つの項目、特に撤退条件を検討してから次の合意に進みます。
開業コンサルに全部任せた方が早いのでは。
実行のスピードという意味ではその通りで、支援業者の実務力は有益です。問題は速さではなく利益相反です。物件・内装・機器で収益を得る事業者の提案を、先生の側だけに立つ専門家が一度チェックする――この一手間だけ確保すれば、支援業者と対立する必要はありません(第21〜22講)。
6か月前届出の区域かどうかは、どうやって調べるのですか。
都道府県の公表資料で候補地の指定状況を調べ、医療政策を担当する窓口に確認します。「外来医師多数区域」と「外来医師過多区域」は同じではありません。所在地、開設予定日、保険指定の予定、承継・移転の有無を伝え、自院の計画で必要な手続を確認してください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・公的資料

  1. 民法

    契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  2. 厚生労働省:保険医療機関の管理者の要件・責務

    臨床研修修了時期による経験要件、勤務要件、代替要件、経過措置。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_70739.html

  3. 近畿厚生局:保険医療機関・保険薬局の指定等に関する申請・届出

    外来医師過多区域の事前届出と保険指定期間、管理者変更等の手続。

    https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/kinki/shinsei/shido_kansa/hoken_shitei/index.html

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