第24講 医療モールの賃貸借― 同じ建物に競合クリニックが入ったら
第Ⅲ部 不動産・開業コンサル・取引業者
医療モールには、患者の利便性や共用設備の効率といった利点があります。一方、他のテナントの入退店、共用部の管理、薬局との関係など、自院だけでは決められない条件があります。期待する利点が、契約でどこまで確保されるかを確認しましょう。
この講では、契約前の確認事項と入居後のトラブルを整理します。他のテナントとの関係を曖昧にせず、貸主が約束する内容を具体化することが大切です。書面にない約束が問題になることもありますが、記録がなければ内容の立証は難しくなります。
例えば、次のような場面を考えてみてください。内科、整形外科、耳鼻科、そして1階に調剤薬局。バランスの良いテナント構成に惹かれて、医療モールの2階に入りました。開業から4年、隣の区画が空き、次に入ってきたのは同じ内科でした。
管理会社に抗議すると、「契約書に、同一診療科を入れないという定めはございません」。
言われて契約書を見返すと、たしかに、そのような条項はどこにもありませんでした。
1競合の問題 ― 同業種の入居制限を合意しておく
同じモールへの同一診療科の入居を制限したいなら、貸主と条件を合意しておくことが大切です。いわゆる独占条項・競業制限の特約です。口頭の合意が問題になることもありますが、内容を証明しやすいよう契約書に明記してください。
書面の条項がなくても、具体的な口頭の約束や募集時の説明によって、貸主の責任が問題になる場合はあります。ただし、医療モールだから当然に同業者は来ないという期待だけでは、入居を止める根拠として十分ではありません。条項があっても、第三者の入居を直接止めたり、退去させたりできるとは限りません。
逆に、この条項を入れる交渉をする場合は、次の点まで詰めておくと実効性が上がります。
- 対象の範囲——「同一診療科」だけでは足りないことがあります。標榜科目で判断するのか、実際の診療内容で判断するのか。内科と心療内科、整形外科とペインクリニックのように、境界の曖昧な組合せをどう扱うか。
- 対象の場所——同じ建物か、貸主が管理する他の区画までか。貸主が実行できる範囲を確認し、診療内容・地域・期間に照らして過度に広い競争制限にならないよう検討する。
- 違反した場合——是正、解約、損害賠償、合意による賃料調整等をどう扱うか。特約があるだけで賃料を自由に減額できるわけではないため、要件と手続も明記する。
2 テナント構成は変わる
募集時のテナント構成図には、予定や交渉中の内容が含まれることがあります。確定済みか、継続を約束しているかを確認してください。開業後には、次のような変化があり得ます。
キーテナントの撤退。集患の中心と見込んでいた診療科や、1階の調剤薬局が抜けると、モール全体の人の流れが変わります。自院の患者数の想定が、他のテナント頼みになっていないかを点検してください。
空室の長期化。空いた区画が埋まらないと、共用部分の費用負担や建物全体の印象に影響します。管理費の算定方法が「入居区画で按分」になっている場合、空室が増えるほど残ったテナントの負担が重くなる設計になっていないかを確認してください。
医療機関以外の入居。用途制限や法令、既存の契約に反しない範囲で、医療以外の業種が入ることもあります。騒音、臭気、営業時間、来訪者の動線や混雑が、診療環境に影響しないかを確認します。
3 契約前に確認する条項
| 項目 | 確認すること |
|---|---|
| 独占条項 | 同一診療科の入居制限について、対象・場所・期間・違反時の効果を合意する(第1節)。 |
| 用途制限 | 建物全体の用途が医療関連に限定されているか。管理規約でどう定められているか。 |
| 看板・サイン | 共用部の表示、外部からの視認性、位置と大きさ。増設や変更に貸主の承諾が要るか。医療広告のルールに適合する表示にできるか(第Ⅹ部)。 |
| 駐車場 | 専用区画の有無と台数、患者用と職員用の区分、共用駐車場の混雑時の扱い。地方では集患に直結する要素。 |
| 共用部と管理費 | 管理費の算定方法と改定手続。清掃・警備・エレベーター・空調の負担区分。増額される場合の根拠。 |
| 営業時間・設備 | 建物の開錠時間、休日の対応、空調の稼働時間。夜間・休日診療や、時間外の検査への対応が可能か。 |
| 工事と搬入 | 内装工事の時間帯制限、医療機器の搬入経路と重量制限。大型機器を導入する予定があるなら、契約前に確認する(第27講)。 |
| 賃貸人の属性 | 所有者と貸主の関係、転貸なら所有者の承諾と元の賃貸借の条件を確認する。元契約の終了原因によって転借人への影響は異なるため、承継・直接契約の取扱いも検討する。 |
サブリースでは、元の賃貸借が終われば必ず同じように退去になるとは限りません。適法な転貸については、元契約の合意解除を原則として転借人に対抗できない規定がありますが、解除時に債務不履行解除の権利があった場合は例外です(民法613条3項)。期間満了や債務不履行による終了など、原因を分けて確認します。
4 薬局との関係で注意すること
医療モールには調剤薬局が併設されることがあり、出店条件の相談を受ける場合があります。利便性と、患者が薬局を選ぶ自由の両方を大切にしてください。
保険医療機関及び保険医には、処方箋の交付に関して、特定の保険薬局で調剤を受けるよう患者に指示等をすることと、その対価として薬局から財産上の利益を受け取ることが禁止されています(保険医療機関及び保険医療養担当規則2条の5・19条の3)。賃料や協力金という名目でも、実質がその対価なら問題です。薬局の所在地・営業時間を中立的に案内する場合も、患者の選択を妨げないようにします。
この点は、開業支援業者から示されるスキームに含まれていることがあります。「よくある形だから」という説明を受けても、契約書に落とす前に一度確認してください(第21講)。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 契約書と管理規約を出し、独占条項・用途制限・管理費の改定条項を確認する
- 現在のテナント構成と、共有可能な範囲で満了・退店予定を管理会社に確認する。他のテナントの契約情報がすべて開示されるとは限らない
- 自院の患者数の想定が、他のテナント頼みになっていないかを点検する
- 薬局や関連業者との取引に、患者誘導の対価と読める部分がないか確認する
やってはいけないこと
- 「医療モールだから同業は入らないだろう」と、条項なしで入居する
- 入居時のテナント構成図を、将来も続く前提として資金計画に組み込む
- 管理費の改定手続を確認せずに契約する
- 薬局や業者との金銭のやり取りを、名目だけで判断する
6 よくある質問
- 同じ診療科が入ってきました。いまからできることはありますか。
- まず、独占条項、口頭の合意、募集資料、説明の記録を確認します。書面の条項がなくても、契約違反や説明義務違反が問題になる場合があります。一方、貸主の責任と第三者の入居を止められるかは別です。違反時の救済や賃料・契約条件の見直しを、資料に基づいて検討します。
- 独占条項を入れてほしいと言ったら、断られました。
- 将来の募集を制限するため、貸主が応じない場合もあります。対象となる診療内容や場所、期間を絞り、違反時の効果を明確にして協議します。合意できないなら競合の入居も想定し、採算を検討してください。合意がないまま賃料を一方的に減額することは避けます。
- 管理費が毎年上がっています。拒めますか。
- 契約と管理規約の改定条件、実際の費用、負担の算定方法を確認します。名目が管理費でも実質が賃料か、費用精算かで検討は変わります。借地借家法32条の扱いをそのまま当てはめたり、一律に支払を止めたりせず、根拠の説明を書面で求めてください。
主な法令・公的資料
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索:借地借家法
建物賃貸借の更新・解約申入れ・借賃増減請求等。
https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090 - e-Gov法令検索:保険医療機関及び保険医療養担当規則
2条の5・19条の3。特定の保険薬局への誘導と対価の収受の禁止。
https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100015