第41講 看護師・受付・医療事務の雇用契約― 小規模クリニックの労務設計
第Ⅴ部 スタッフ労務
看護師・受付・医療事務。クリニックを支えるスタッフとの約束は、採用時に具体的に示すことが大切です。賃金、勤務時間、休暇、担当業務が曖昧なままだと、日々の行き違いが退職時の紛争につながります。
この講では、採用時にそろえる書面、小規模な診療所の労働時間、試用期間と休暇の基本を整理します。問題が起きてから対応するだけでなく、院長と職員が同じ条件を確認できる仕組みを作りましょう。
例えば、次のような場面です。受付の職員が退職するとき、こう言われました。「入ったときに聞いていた時給と違います。あと、有給を一度も取らせてもらえませんでした」
院長は思い出せません。面接で何と言ったのか。書面は渡していない。就業規則は、開業支援の会社がくれた雛形を、一度も読まずに保健所の書類と一緒に綴じたままです。
1 最初にそろえる三つの書面
労働条件通知書。採用時には、賃金、労働時間、契約期間、就業場所・業務など、法定の労働条件を明示します。書面交付が必要な事項については、本人が希望し、出力して書面にできる方法なら電子メール等も使えます(労働基準法15条、同法施行規則5条)。通知書の交付だけで安心せず、求人や面接での説明と一致しているかも確認してください。
2024年4月から、就業場所・業務の変更の範囲も明示事項です。有期契約では更新上限の有無・内容、無期転換申込権が発生する更新時には申込機会と転換後の条件等も明示します。パート・有期雇用には、昇給・退職手当・賞与の有無と相談窓口の文書等による明示も必要です。
雇用契約書。双方が合意した条件を記録する書面です。試用期間、担当業務、秘密保持、退職手続等を確認し、署名等で合意を残します。通知書と兼用しても構いません。署名した契約書がなければ雇用契約が成立しない、という意味ではありません。
就業規則。常時10人以上の労働者を使用する事業場では、作成・届出が必要です。パートも人数に含め、過半数労働組合(なければ適正に選ばれた過半数代表者)の意見を聴き、職員がいつでも確認できるよう周知します。10人未満でも、懲戒・休職・退職のルールを整える意義があります。休職や退職の扱いは個別契約でも定められますが、懲戒ではあらかじめ根拠を定めて周知し、処分の相当性も判断しなければなりません。雛形は自院の実態に合わせて見直してください。
2 クリニックに固有の労働時間のルール
労働時間の原則は1日8時間・週40時間です。ただし、保健衛生業で常時10人未満の労働者を使用する事業場では、週44時間の特例があります(労働基準法40条、同法施行規則25条の2)。診療所だから自動的に適用されるのではなく、事業場の人数等を確認します。
人数は原則として事業場単位で、パートも含めて数えます。別の分院ができたから当然に全院の人数を合算するわけではありませんが、独立した事業場かは組織・管理の実態で判断します。また、週44時間以内でも、適法な変形労働時間制等がなければ1日8時間を超える部分は法定時間外です。契約で決めた勤務時間、休憩・休日の規律も守る必要があります。
診療日ごとの勤務時間が異なる場合、1か月単位の変形労働時間制を検討できます。就業規則等又は労使協定で必要事項を定め、対象期間の各日・各週の労働時間を事前に特定します。忙しかった日に合わせて後から組み替える制度ではありません。週平均44時間を使える特例事業場でも、1年単位の変形労働時間制の上限は週平均40時間です。制度と届出の要件を社労士等と確認してください。
3 試用期間は「お試し」ではない
試用期間中も雇用契約は成立しています。三菱樹脂事件(最高裁大法廷昭和48年12月12日判決)は、留保された解約権の行使を、試用の趣旨・目的に照らして客観的に合理的で社会通念上相当な場合に限るとしました。「合わない」と感じただけで自由に本採用を拒否できる制度ではありません。
試用の目的に沿い、採用時には把握できなかった適性上の事情などを具体的に検討します。評価項目を示し、業務の習熟状況、指導と本人の反応を記録してください。試用開始から14日を超えて引き続き雇用している場合には、原則として解雇予告又は予告手当も必要です。14日以内なら自由に解雇できる、という意味ではありません。
試用期間は、職務と評価に必要な合理的な長さに設定します。延長は契約・就業規則の根拠、必要性、本人への説明や合意を確認し、漫然と繰り返さないでください。試用期間という理由だけで、加入要件を満たす社会保険への加入を遅らせることもできません。
4 社会保険と有給休暇 ― 「小さいから」は理由にならない
医療法人の事業所は、原則として健康保険・厚生年金の強制適用です。個人開設の診療所も、常時5人以上の従業員を使用する場合は強制適用となります。医師国保等に加入し健康保険の適用除外承認を受ける場合と、厚生年金の加入は区別します。パートの加入は、通常の職員の所定労働時間・日数の4分の3基準や、短時間労働者の適用要件等で判断します。
年次有給休暇は、原則として雇入れから6か月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤すると付与されます。パートにも適用され、週の所定労働時間が30時間未満で、所定労働日数も少ない場合等には比例付与となります。週5日勤務等なら、短時間でも原則の付与日数です。年10日以上付与される人には、基準日から1年以内に5日を取得させます。本人の請求や計画的付与で取得した日は、その5日に数えます。
5 最初に決めておく服務のルール
医療機関のスタッフには、患者の安全と情報を守る服務ルールが必要です。雇用契約書か就業規則に、次の点を明記してください。
- 患者情報の取扱い——業務上の秘密を私的に漏らさず、患者を特定できる情報や画像をSNSへ投稿しないこと。法令に基づく報告や適切な診療連携は区別する(第50講)。
- 職務の範囲——職種ごとの資格と法令に沿って、診療の補助と事務・補助業務を区別する。無資格者に、資格が必要な医行為をさせない。
- 患者との私的な関係——業務上知った連絡先の私的利用や不適切な金品の授受を防ぐ。相談・報告の手順と、業務上必要な連絡方法を定める。
- 院内の秩序——服装、喫煙、私物の持込み、勤務時間中の私用スマートフォン。
6 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 全スタッフについて、労働条件通知書(または雇用契約書)が交付され、写しが保管されているか確認する
- 就業規則の懲戒・休職・服務規律の章を読み、自院の実態と合っているか確認する
- 事業場の人数(パート含む)を数え、週44時間特例の対象かを確認する
- 年5日の有給取得義務を果たしているか、取得状況を確認する
やってはいけないこと
- 面接での口頭の説明だけで雇い入れる
- 「試用期間中だから自由に辞めてもらえる」と考える
- 「週44時間特例だから残業代は不要」と誤解する
- 雛形の就業規則を、読まずに届け出て運用する
7 よくある質問
- スタッフは5人です。就業規則は必要ですか。
- 常時5人であれば、労働基準法上の作成・届出義務は原則としてありません。ただし、懲戒・休職などのルールを事前に整え、周知することは大切です。個別契約で定められる事項もありますが、職員に共通する基準は就業規則にまとめると確認しやすくなります。
- パートの看護師にも有給休暇はありますか。
- あります。継続勤務期間・出勤率の要件を満たせば付与されます。日数は所定労働時間・日数等により、通常の付与か比例付与かを判断します。年10日以上付与される人は年5日の取得義務の対象です。
- 看護師に受付業務や清掃を頼んでもよいですか。
- まず雇用契約の担当業務と変更の範囲を確認します。「看護業務のみ」と限定して合意した場合、受付・清掃を一方的に命じられるとは限りません。通知書に広く書けばどんな命令でも可能になるわけではなく、実際の合意、業務の関連性、負担、患者の安全等を踏まえて、必要なら本人と変更を合意します。
主な法令・参考資料
- 労働基準法
法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - e-Gov法令検索:労働基準法施行規則
5条。労働条件の明示事項・方法。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322M40000100023 - 日本年金機構:短時間労働者への適用拡大
健康保険・厚生年金の加入要件と企業規模。
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.html - 日本年金機構:就職したときの資格取得手続
資格取得、年齢、複数事業所での雇用等。
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20150422.html - 厚生労働省:労働条件明示のルール
2024年4月からの変更の範囲・更新上限・無期転換に関する明示。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_32105.html - 京都産業大学掲載:三菱樹脂事件・最高裁判決
昭和48年12月12日大法廷判決。試用期間の解約権に関する判決理由。
https://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~suga/hanrei/8-3.html