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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第31講】

常勤医師を雇う ― 雇用契約で最初に決めるべきこと

第Ⅳ部 医師の採用・退職・独立 ― 医師をめぐる紛争
病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第31講 常勤医師を雇う― 雇用契約で最初に決めるべきこと

第Ⅳ部 医師の採用・退職・独立

医師の採用では、当直・オンコール・研究日、年俸と手当、副業先での勤務まで整理する必要があります。2024年4月から始まった診療に従事する勤務医の時間外・休日労働の上限規制も踏まえ、実際の働き方に合う条件を決めましょう。

この講では、常勤医師を雇い入れる際に最初に決めておくべき事項を整理します。とりわけ、「年俸に残業代が含まれている」という約束が法律上どこまで通用するのかは、最高裁が医師の事案で判断を示しており、これを知らずに契約を組むと、冒頭のような請求を受けることになります。

例えば、次のような場面を考えてみてください。「年俸1,600万円、当直は月4回、木曜は研究日。細かい話は追々で」
医局の後輩を常勤で迎えるとき、院長が口頭で伝えたのはこれだけでした。2年後、その医師が退職するときに、代理人弁護士から届いた書面には、時間外労働に対する割増賃金として約900万円の請求が記されていました。
「年俸に残業代が含まれているという合意はあった」と院長は主張しましたが、年俸のうちいくらが残業代なのかは、どこにも書かれていませんでした。

1 まず、書面で示す義務がある

使用者は、契約を結ぶ際に労働条件を明示しなければなりません。契約期間、就業場所・業務、勤務時間、賃金、退職等の主要事項は書面で交付します。本人が希望し、印刷して書面にできるなどの要件を満たせば、電子メール等でも可能です(労働基準法15条、同法施行規則5条)。2024年4月からは、就業場所・業務の変更範囲、有期契約の更新上限なども明示対象です。無期転換の申込権が発生する契約では、申込機会と無期転換後の労働条件も示します。

親しい間柄でも、労働条件の明示は必要です。双方の合意を残す雇用契約書と、法定の労働条件通知書は、必要事項を満たす一つの書類にまとめても構いません。書面がないだけで雇用が成立しないわけではありませんが、口頭の約束だけにせず、採用前に条件を確かめてください。

2 年俸と残業代 ― 最高裁が医師の事案で示したこと

年俸制を採り、「時間外手当を含む」と説明する場合でも、それだけで割増賃金の支払を済ませられるわけではありません。医師の雇用についても、最高裁がこの点を判断しています。

最高裁平成29年7月7日判決(医療法人社団康心会事件)は、年俸1700万円の勤務医の事案です。別に支払う手当以外の割増賃金を年俸に含める合意はありましたが、通常賃金と割増賃金の部分を区別できませんでした。最高裁は、年俸の支払だけでは割増賃金を支払ったといえないとし、割増賃金・付加金に関する部分を差し戻しました。高額な給与や医師の裁量を理由に、区別を不要とした原審の判断は認められませんでした。

固定残業代を設けるなら、通常賃金と割増賃金の金額を区別し、どの労働の対価かを明らかにします。対象となる時間外・休日・深夜労働、対応する時間数、金額、超過時の精算方法を契約書や賃金規程で示してください。毎月の実労働時間から法律上の必要額を計算し、不足額を追加で支払います。時間数と金額を書けば、それだけで常に有効になるわけではありません。

なお、医師の診療業務は、専門業務型裁量労働制の対象業務に含まれていません。「裁量労働だから残業代は不要」という整理も使えないことは押さえておいてください。

3 時間外労働の上限 ― 2024年4月からの前提

2024年4月から、診療に従事する勤務医にも時間外・休日労働の上限規制が適用されています。時間外労働の限度は原則として月45時間・年360時間で、特別の事情等を定めた36協定がある場合も、A水準の年960時間などの上限を守ります。年960時間まで当然に働かせてよい、という意味ではありません。

年の上限には、副業・兼業先で雇用されて働く時間も通算して判断するものがあります。各院の36協定の上限と、通算した本人の上限の両方を管理してください。本人の申告をもとに、他院の契約時間と実績を把握し、変更時の報告や勤務調整の方法を決めます。自営等の時間の扱いは別ですが、健康への負担も確認が必要です。

特例水準は、都道府県の指定と対象医師の要件等を満たす場合の制度です。B・C水準は年1860時間、連携B水準は各院では年960時間、兼業先との通算では年1860時間が上限です。いずれも36協定等の範囲内に限られます。月の上限は原則100時間未満で、面接指導等を講じた場合の例外があります。A水準を含め、月100時間以上が見込まれる医師には面接指導が必要です。特例水準には勤務間インターバル等の確保も義務づけられます(第44講)。

4 医師特有の項目 ― 契約書に落とすべきこと

項目決めておくこと
所定の勤務勤務日・始業終業時刻・休憩。外来のコマ数だけでなく、外来後の記録作成や病棟回診をどう扱うかまで。
当直・オンコール回数、手当、翌日の勤務、待機場所・呼出し時の対応。宿日直の適用除外には労基署の許可が必要で、許可の対象と実態を確認する。通常の診療をした時間は別途管理・精算する。オンコールの待機時間も拘束の実態で判断する。
研究日勤務義務のない日か、業務として研究等をする日かを決める。名称だけで労働時間から外さず、指示や拘束の有無で判断する。賃金と他院勤務の取扱いも明示する。
報酬の構成基本給、固定残業代(時間数と金額を明記)、当直手当、インセンティブの計算式。年俸制なら、月々の支払方法と賞与の有無。
副業・兼業許可制か届出制か。他院での勤務時間を申告してもらう仕組み(上限規制の通算のため)。競合する開業を制限するなら、その範囲。
退職無期雇用の辞職は、民法上、申入れから2週間で終了するのが原則。予告条項の効力は個別に検討する。退職日と引継ぎ方法を協議し、後任確保を退職の条件にしない(第33講)。
有期契約の場合期間、更新基準・上限を明示する。期間途中の解雇にはやむを得ない事由が必要。原則として同一使用者との通算契約期間が5年を超えると無期転換を申し込めるが、空白期間や特例の適用も確認する。申し込めば現契約満了の翌日から無期となる。

5 「医師だから特別」は通用しない、という前提で

診療に専門的な裁量があることと、労働法上の保護を受けることは両立します。雇用される医師にも労働時間・賃金の規制が適用されるのが原則です。管理監督者等の例外は役職名だけでは決まらず、職務・権限・待遇などの実態で判断します。管理監督者に当たっても、深夜割増や健康確保の問題は残ります。

だからこそ、契約書を作る段階で、労働時間・報酬・副業を、他の職員と同じ厳密さで設計してください。それは医師を縛るためではなく、後から「そんな約束はしていない」という争いを、雇う側も雇われる側も避けるためです。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 常勤医師の雇用契約書と労働条件通知書があるかを確認する(口頭のみなら作成する)
  • 年俸に残業代を含めているなら、時間数と金額が明記されているかを確認する
  • 宿日直の適用除外を用いるなら、許可の有無・対象範囲と実態を確認する
  • 副業先の勤務時間を申告してもらう仕組みを作る

やってはいけないこと

  • 「年俸に全部含む」という一言で残業代の問題を済ませる
  • 「医師は裁量で働くから」と労働時間の記録を取らない
  • 当直中に通常の診療をさせながら、宿日直手当だけで処理する
  • 就業規則の長い予告期間で退職を止められると考える

7 よくある質問

年俸制で、残業代込みだと本人も納得しています。それでも問題ですか。
年俸に含める合意があっても、通常賃金と割増賃金を区別できなければ、年俸の支払だけで割増賃金を支払ったとはいえません。対象となる労働、時間数、金額を明確にし、毎月の必要額に不足する分を追加で払います。本人の納得だけでは法定の支払義務を免れません。
研究日は無給の休日として扱ってよいですか。
勤務義務のない日か、業務として研究等をする日かを、実態に合う形で決めます。業務の指示がある記録作成や会議は、研究日という名目でも労働時間になり得ます。また、勤務義務がなくても、月給・年俸から当然にその日分を控除できるわけではありません。賃金の合意と既存条件の変更手続を確認してください。
他院でのアルバイトを禁止できますか。
勤務への支障、長時間労働、秘密漏えい、競業による利益侵害など、具体的な事情を踏まえて制限の必要性を検討します。届出・申告と勤務調整の仕組みを整え、許可制でも合理的な基準で運用してください。退職後の開業制限は、在職中の副業と分けて検討します。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 民法

    契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089

  2. 労働基準法

    法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049

  3. e-Gov法令検索:労働契約法

    16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128
  4. e-Gov法令検索:労働基準法施行規則

    5条。労働条件の明示事項・方法。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/322M40000100023
  5. 最高裁判所:平成29年7月7日第二小法廷判決

    平成28年(受)222号。勤務医の年俸と割増賃金。

    https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-86897.pdf
  6. 厚生労働省委託:医師の働き方改革の制度について

    各水準の時間外・休日労働の上限、通算、健康確保措置。

    https://c2-shinsasoshiki.mhlw.go.jp/system/

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