第32講 バイト医師・非常勤医師の契約― 雇用か業務委託か
第Ⅳ部 医師の採用・退職・独立
非常勤医師は、専門外来、代診、当直など、診療体制を支える存在です。契約書に「業務委託」と書かれている場合もありますが、その名称と法的な扱いが一致するとは限りません。
雇用か業務委託かは、契約書の題名だけでなく働き方の実態で判断します。労働者なら労働時間・賃金や解雇等の規制が問題になり、社会保険はそれぞれの加入要件を確認します。この講では、判断の基準と、契約時に決めたい事項を整理します。
例えば、次のような場面を考えてみてください。「週1回の外来だけですし、先生も他で常勤をされているので、業務委託でお願いしています」
社労士からの指摘で、院長は初めて考えました。その医師は、こちらが指定した曜日と時間に、こちらの診察室で、こちらの電子カルテを使い、こちらの看護師と一緒に診療している。
これは本当に「業務委託」なのだろうか。
1 雇用か、業務委託か ― 見分け方
労働基準法上の「労働者」に当たるかどうかは、契約の形式ではなく、使用者の指揮監督下で労働し、その対価として報酬を受けているかという実態によって判断されます。判断の枠組みとして実務で広く参照されているのは、労働基準法研究会が昭和60年に示した基準で、次のような要素を総合して見ます。
| 判断要素 | 非常勤医師の場面での見方 |
|---|---|
| 仕事の依頼に対する諾否の自由 | 個々の仕事の依頼や追加の業務指示を断れるか。受けた仕事の日時が決まっていることだけで、諾否の自由がないとは判断しない。 |
| 業務遂行上の指揮監督 | 医師に診療上の裁量があっても、勤務の割振りや業務遂行の具体的な指示を受けているかを確認する。医療安全上の共通ルールだけで決めない。 |
| 時間的・場所的拘束 | 勤務時間・場所が指定され、勤怠を管理されているか。業務の性質上必要な指定か、指揮監督による拘束かも検討する。 |
| 代替性 | その医師が自分の判断で別の医師を代わりに立てられるか。立てられないなら、労働者性を強める。 |
| 報酬の性質 | 時間単位・日単位の報酬は、労務の対価としての性格が強い。 |
| 補強要素 | 機械・器具は誰のものか(クリニックの設備を使うのが通常)、専属性の程度、報酬の税務上の扱いなど。 |
決められた外来を院内の指示・勤怠管理の下で担当する場合は、労働者に当たる可能性があります。ただし、設備の使用や日時の指定だけで結論は出ません。独立した事業者としての裁量・負担も含め、表の要素を総合します。業務委託なら必ず成果報酬でなければならない、という基準でもありません。
2 労働者だとすると、何がついてくるか
非常勤医師が労働者であれば、雇用契約に伴う規律がそのまま適用されます。主なものを挙げます。
労働時間と賃金。所定時間を超えた分の賃金を精算し、法定時間外・法定休日・深夜の労働には所定の割増が必要です。所定時間を超えても法定時間内なら、法律上の時間外割増が直ちに必要とは限りません。他院で雇用される時間も確認し、通算による割増賃金の負担と医師の上限規制を管理します。年次有給休暇も、要件を満たせば勤務日数等に応じて付与します。
社会保険。事業所が適用対象かと、その医師が加入要件を満たすかを分けます。医療法人や常時5人以上を使用する個人診療所は原則として適用事業所ですが、医師国保等に伴う健康保険の適用除外承認は別に確認します。非常勤でも、週の所定時間と月の所定日数が通常の労働者の4分の3以上なら原則加入です。それ未満でも、短時間労働者の要件を満たせば対象になります。年齢、雇用期間、企業規模、適用時点の制度も確認してください。
労災。非常勤でも、業務災害・通勤災害等の要件を満たせば対象です。勤務中の事故なら何でも認められるわけではありません。複数の勤務先がある場合には、給付の種類等に応じて賃金を合算する仕組みがあり、脳・心臓疾患や精神障害では複数事業場の負荷を総合評価する場合もあります。すべての勤務先を申告してください。
社会保険は、他院で加入しているから自院では不要、とも限りません。加入要件は事業所ごとに判定し、複数で満たせば二以上事業所勤務の届出等を行います。労働時間の通算と社会保険の加入判定は、同じ仕組みではありません。
雇止めと解雇。無期雇用の解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要です。有期契約の途中の解雇には、やむを得ない事由が必要になります。反復更新や更新への合理的な期待がある有期契約では、本人が更新等を申し込んだ場合、雇止めが認められないことがあります(労働契約法16〜19条)。解雇予告や雇止めの予告・理由明示も別に確認してください。
3 どちらの形でも、契約書で決めておくこと
雇用契約であれ業務委託契約であれ、非常勤医師との契約書には次の項目を入れてください。実際の相談で争いになるのは、たいていこの中のどれかです。
- 勤務の日時と範囲——曜日・時間帯・外来の枠。時間を超えて診療が延びた場合の扱い。
- 代診——連絡期限、候補者の紹介、医療機関による資格確認と受入れ手続を決める。雇用する医師に後任確保や費用負担を一律に押し付けない。
- 報酬——時給か日給か、コマ単価か。患者数や売上に連動させるなら、その計算式。支払日。
- 勤務中止——医師側・医療機関側の事情を分け、連絡と精算を決める。雇用では違約金・賠償額の予定はできず、医療機関都合の休業には休業手当や賃金請求の問題がある。
- 終了の予告——辞職、解雇、有期契約の満了、業務委託の終了を分ける。「双方○か月前」とだけ決めても、それぞれの法的要件に代わるものではない(第33講)。
- 守秘と患者情報——診療情報の取扱い、退任後の守秘、患者への働きかけの節度(第39講)。
- 賠償責任保険——医師賠償責任保険の被保険者に非常勤医師が含まれているか。含まれていないなら、本人加入を求めるか。
4 紹介会社経由のスポット勤務
職業紹介会社を通じたスポット勤務では、紹介会社との契約とは別に、医療機関と医師との雇用関係が成立するのが通常です。単発でも、勤務日時・賃金等の労働条件を明示します。紹介会社の取消料、直接採用に関する条項、代替手配の範囲と、医師に対する義務は分けて確認してください(第34講)。
実態も業務委託である場合は、民法上の契約類型に加え、フリーランス法の適用も確認します。対象となる取引では、取引条件の明示、報酬の支払期日、継続的な委託の解除・不更新の予告などの規律があります。「労働者ではないから自由に終了できる」とは限りません。
5 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 非常勤医師の働き方を第1節の判断要素で確認し、契約名と実態が一致しているか見直す
- 社会保険の適用の有無を、その医師の勤務時間と自院の規模で確認する
- 代診・キャンセル・終了予告の条項があるかを確認する
- 医師賠償責任保険の被保険者の範囲を確認する
やってはいけないこと
- 「業務委託と書いたから労働法は関係ない」と考える
- 非常勤だからという理由だけで、社会保険・労災の検討を省く
- 長く更新してきた非常勤医師との契約を、理由の説明なしに「今月で終わり」にする
- 口約束だけで曜日と報酬を決めて診療を始める
6 よくある質問
- 常勤先がある医師なので、うちでは業務委託にしたいのですが。
- 他に常勤先があることだけでは、自院での労働者性は否定されません。仕事を断る自由、指示、拘束、報酬の性質などを総合します。社会保険や残業代を避けるために書類の名称だけを変えることはできません。実際に予定する働き方に合った契約と管理を整えてください。
- 非常勤医師に社会保険をつけると費用が大きくなります。
- 適用の要件を満たしていれば、費用の問題で外すことはできません。要件を満たすかどうかは、週の所定労働時間などで決まりますので、勤務条件の設計段階で社労士と確認してください。遡及して加入を求められると、負担はかえって大きくなります。
- 「業務委託」から「雇用」に契約を切り替えると、医師本人が嫌がりそうです。
- まず実態を確認し、既に労働者なら契約更新を待たず、労働条件の明示、勤怠・賃金、必要な保険手続を是正します。過去の未払賃金や遡及加入の問題も残ります。本人には根拠と取扱いを説明し、報酬等を変更する場合は適法な手続で協議してください。
主な法令・参考資料
- 労働基準法
法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - 厚生労働省:労働基準法における労働者とは
昭和60年研究会報告、判断要素と総合判断。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/keiyaku/index02.html - 日本年金機構:短時間労働者への適用拡大
健康保険・厚生年金の加入要件と企業規模。
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/jigyosho/tanjikan.html - 日本年金機構:就職したときの資格取得手続
資格取得、年齢、複数事業所での雇用等。
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20150422.html - 厚生労働省:複数事業労働者への労災保険給付
複数勤務先の賃金合算と業務上の負荷の総合評価。
https://www.mhlw.go.jp/content/000662505.pdf - e-Gov法令検索:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律
フリーランス法。対象、条件明示、支払期日、解除等の予告。
https://laws.e-gov.go.jp/law/505AC0000000025