第33講 非常勤医師が突然「来週から行けません」― 診療を止めない契約
第Ⅳ部 医師の採用・退職・独立
非常勤医師が急に勤務できなくなると、予約や診療体制に影響します。まず患者の安全と継続診療を確保し、そのうえで、退職・欠勤・契約終了のどれに当たるかを確認しましょう。損害賠償を検討する場合も、この順序が大切です。
この講では、契約終了のルールと引継ぎ、急な欠員への備えを整理します。法的な権利を確認すると同時に、実際に診療を継続できる体制を準備します。
例えば、次のような場面を考えてみてください。水曜の夜、木曜外来を担当する非常勤医師からメッセージが届きました。
「一身上の都合で、来週から伺えなくなりました」
木曜は2週先まで予約が入っています。院長にもその日の別の診療予定があり、すぐには代診できません。
1退職・契約終了のルールを確認する
「来週から行けない」という連絡だけでは、退職の意思か、一時的な欠勤か、希望する終了日はいつかが不明な場合があります。事情と意思を確認し、記録を残してください。病気やハラスメント、労働条件の相違などがあれば、休暇・休職や即時の契約終了に関する規定も検討します。
無期雇用の辞職は、原則として申入れから2週間で終了します(民法627条1項)。有期契約は同じ扱いではなく、合意や契約上の根拠がある場合のほか、やむを得ない事由があれば途中でも解除できます(628条)。その事由が一方の過失で生じた場合は、損害賠償が問題になります。
1年を超える有期契約では、原則として開始から1年後に申し出て退職できる規定があります(労働基準法137条)。ただし、一定事業の完了までの契約、同法14条1項1号の高度専門職、同項2号の60歳以上との契約などは対象外です。医師が高度の専門知識を要する業務に就く契約は例外に当たり得るため、「1年たてばいつでも辞められる」と一律に扱ってはいけません。
そして、ここが肝心です。雇用契約において、退職した場合の違約金や損害賠償額をあらかじめ定めることは禁止されています(労働基準法16条)。「予告なく辞めた場合は○○円を支払う」という条項を雇用契約書に入れても、それは無効です。
実際に生じた損害の請求まで一律に禁止されるわけではありません。ただし、有効な辞職や正当な欠勤で当然に賠償責任が生じるものでもありません。義務違反、帰責性、損害との因果関係、医療機関側の対応などを検討します。代診費用等の資料を保存し、回収の見込みと負担を比較してください。未払給与から一方的に差し引く対応は避けます。
実態も業務委託であれば労働基準法16条の問題とは分けますが、契約類型と解約条項の確認が必要です。委任・準委任は民法651・656条による解除や損害賠償が問題になり、違約金条項も常に有効とは限りません。フリーランス法の対象なら、医療機関側からの解除・不更新の予告等も検討します。名称だけの業務委託は第32講の基準で見直してください。
2 契約書で決めておくと役に立つこと
早めの連絡と引継ぎの定めは、診療体制を調整するために役立ちます。ただし、退職の効力と、在職中に行うべき引継ぎは別の問題です。具体的な作業と期限を協議し、必要な時間を勤務として確保します。
- 終了の予告期間——早めの相談期限と連絡方法を決める。法令との関係や条項の効力は個別に確認し、院長の承認や後任確保を退職の条件にしない。
- 代診の手配——来られない日が生じたとき、誰が代替を探すのか。医師本人が同僚を紹介する努力をするのか、クリニックが紹介会社に依頼するのか。
- 引継ぎ——担当していた患者の経過、処方の意図、次回の予定。電子カルテに記録として残っていれば引継ぎは楽になりますが、記録の粒度は医師によって違います。「引継ぎ書を残す」ことを契約に書いておくと、依頼しやすくなります。
- 患者への説明——担当変更、今後の受診先、紹介状や情報提供の方法を調整する。患者の選択と継続診療を尊重し、転出先の案内と、不正な患者情報の持出し・勧誘を区別する(第39講)。
3 体制で備える ― 「一人に依存する枠」を作らない
本当に効くのは、次の三つです。
代診の相談先を平時に複数確保する。紹介会社、医局、近隣の医師などに、対応できる曜日・診療内容と連絡方法を確認します。代診医の資格や保険、労働時間、受入れ手続も必要です。確保できなければ、安全に行える範囲への診療縮小や他院への紹介を検討します。
予約の取り方を、離脱に耐える形にする。特定の医師の外来だけを2週先まで埋め切る運用は、その医師の離脱で予約全部が影響を受けます。予約枠の設計と、変更連絡の手順(誰が、どの順で、何と伝えるか)を決めておく。
患者の記録を、担当医だけが分かる状態にしない。診療経過、治療方針、注意点、次回予定をカルテに残し、緊急性の高い患者は個別に引き継ぎます。記録があるだけで、専門性や設備の異なる代診医がすべての診療を継続できるわけではありません。
加えて、施設基準の届出に医師の人数や常勤換算が関わっている場合、医師の離脱が届出内容に影響することがあります。該当する届出があるなら、変更が必要になる条件を事前に把握しておいてください(第85講)。
4 今日やること・やってはいけないこと
今日やること
- 非常勤医師の契約書に、予告期間・代診・引継ぎ・患者への説明の定めがあるか確認する
- 急なときに頼める代診先を、紹介会社以外に2〜3確保する
- 予約変更の連絡手順(担当・順番・文面)を紙に落とす
- 施設基準の届出に医師数が関わっているかを確認する
やってはいけないこと
- 雇用契約書に「無断退職の場合の違約金」を入れる(労働基準法16条により無効です)
- 離脱した医師との感情的なやり取りに時間を使い、患者対応が後手に回る
- 患者に対して、離脱した医師を非難する説明をする
- 一人の非常勤医師に依存する外来枠を、代替の当てなしに拡大する
5 よくある質問
- 予約していた患者から「なぜ担当が変わるのか」と聞かれます。
- 確認できた担当変更と、継続診療の具体的な方法を伝えます。代診が未確保なら「継続できます」と断定せず、予約変更や紹介先を調整してください。私生活上の退職理由を不用意に話したり、元の担当医を非難したりせず、患者に必要な説明を行います。
- 辞めた医師に損害賠償を請求したいのですが。
- 予定した違約金は請求できませんが、実際の損害は、義務違反や帰責性等の要件を満たせば検討できます。退職・欠勤の経緯、契約、代診費用、減収と減った経費、損害を抑えるための対応を整理してください。退職が有効なら診療への影響だけで責任が生じるものではありません。
- 紹介会社経由の非常勤医師が直前にキャンセルしました。紹介会社の責任は?
- 契約上の代替手配の約束、会社が知っていた事情、連絡や対応の経緯を確認します。単に紹介しただけで、医師の勤務を保証するとは限りません。他方、明文の保証がない場合でも、説明や連絡等の義務違反があれば責任が問題になることがあります。患者対応を進めながら、記録を保存してください。
主な法令・参考資料
- 民法
契約、委任、責任、相続・財産分与。768条の改正を含む。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 労働基準法
法定労働時間、36協定、割増賃金、宿日直、有期契約に関する137条の例外。
https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - e-Gov法令検索:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律
フリーランス法。対象、条件明示、支払期日、解除等の予告。
https://laws.e-gov.go.jp/law/505AC0000000025