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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第51講】

院長がスタッフを叱ったらパワハラと言われた ― 指導との境界

第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係 ― 組織が壊れるとき
病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第51講 院長がスタッフを叱ったらパワハラと言われた― 指導との境界

第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係

医療現場では、手順の誤りを指摘し、改善を求める場面があります。患者の安全を守る指導は必要です。ただし、ミスを個人の責任だけに帰すと、人員配置や手順の分かりにくさといった原因を見落とすことがあります。指導の内容と伝え方の両方を点検しましょう。

パワハラに当たるかは、院長の意図だけでは決まりません。言動の目的、態様、経緯、頻度、相手への影響などから判断します。この講では、法律上の定義と指導との境界、申告を受けたときの対応を整理します。

例えば、採血の手順を三度間違えた看護師に、院長は処置室で強く言いました。「何度言えば分かるんだ。患者さんに何かあったらどうする」。声は大きかったと思います。
翌日、その看護師から書面が届きました。「昨日の院長の言動はパワーハラスメントに当たると考えます。今後の対応を求めます」
院長は思いました。患者の安全のために注意したのに、これがパワハラなのか。

1 法律上の定義 ― 三つの要素

職場におけるパワーハラスメントは、法律上、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されることと定義されています(労働施策総合推進法30条の2第1項)。事業主には、これを防止するための雇用管理上の措置を講じる義務があり、2022年4月からは中小企業を含むすべての事業主が対象です。

院長とスタッフの関係では、通常、①の優越的な関係が認められます。ただし、②だけで結論は出せず、③の就業環境への影響も必要です。指針は、同じ状況に置かれた平均的な労働者が、働く上で看過できない支障を感じるかを基準としています。本人の受け止めにも配慮して確認しますが、「不快だった」という申告だけで認定するものでも、院長の善意だけで否定できるものでもありません。

2 境界を分ける要素

厚生労働省の指針は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」かどうかを、言動の目的、経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性などを総合的に考慮して判断するとしています。院長の場面に引き寄せると、次の点が分かれ目になります。

要素適切な指導の目安問題になり得る言動
内容行為(手順の誤り)を指摘し、改善を求める人格(「向いていない」「使えない」)を否定する
場所本人と一対一、または業務上必要な範囲患者や他の職員の前で、見せしめのように
態様声の大きさ・言葉が、指導として必要な程度怒鳴る、机を叩く、物を投げる、長時間続ける
頻度問題が起きたときに、その都度特定の職員だけを、繰り返し、執拗に
その後改善の方法を示し、フォローする無視する、仕事を与えない、他の職員に悪く言う

指針には、再三の注意でも社会的ルールに反する言動が改善しない場合などに、一定程度強く注意することは該当しない例として示されています。ただし、表は一律の判定基準ではありません。一対一でも威圧的な叱責は問題となり、重大な暴行や侮辱は一度でも該当し得ます。何を、どこで、どの程度伝え、どのような影響を与えたかを総合的に確認します。

患者に差し迫った危険がある場面では、「止めてください」など、即座に伝わる強い指示が必要なことがあります。場所だけで不適切と決めつけるべきではありません。ただし、危険を止めるための指示と、その後の威圧的な叱責は分けて考えます。緊急性がなくなれば、具体的な行為と改善方法を落ち着いて伝えてください。

3 申告を受けたら ― 院長が最初にすべきこと

冒頭の書面を受け取った院長が、まずすべきことは、反論ではありません。

申告を受け止める。事業主は、相談に対応する体制を整え、相談があれば事実関係を迅速かつ正確に確認する必要があります。「あれは指導だ」と取り合わずに終わらせてはいけません。口頭の相談も受け付け、安全や体調を確認し、相談内容と今後の連絡方法を記録します。書面の提出を受付の条件にしないでください。

事実を確認する。自分の言動を、日時・場所・言葉・その場にいた人の形で振り返り、記録します。相手の申告と食い違う点があれば、それも記録します。他の職員が同席していたなら、その人からも聞き取ります。ここで重要なのは、院長自身が被申告者である以上、自分だけで判断することは避けるということです(第54講)。

不利益な扱いをしない。相談したことや調査に協力して事実を述べたことを理由とする解雇、減給、シフトの削減などは禁止されています(労働施策総合推進法30条の2第2項)。相談内容の不要な共有は、プライバシー侵害や二次的な被害にもつながります。必要な調整は目的と理由を説明し、報復や孤立化を防いでください。

自分の言動を見直す。事実確認の結果、態様に問題があったのなら、本人に伝え、改めます。指導の必要があった場合でも、「言い方に問題があった」と認めることは、院長の立場を弱めるものではありません。逆に、問題を認めない姿勢は、次の申告と、外部への相談を招きます。

4 指導を記録に残す ― 事実を確かめられる形に

指導の記録は、何を、なぜ、どのように伝えたかを確認する資料になります。ただし、院長が作った記録だけで指導の正当性が証明されるわけではありません。相手の説明、同席者の話、メールなどと照らして判断します。

第47講の「事実・指導・反応・経過」を、その都度記録してください。評価と観察した事実を分け、後から補った部分は作成日が分かるようにします。通常の指導は人前での見せしめを避け、短く具体的に行います。一対一なら適切というわけではなく、関係や不安の程度に応じて第三者の同席も検討します。

5 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 就業規則にハラスメント防止の方針と相談窓口が定められ、周知されているか確認する
  • 指導した日・内容・相手の反応を記録する習慣を始める
  • 強く言う必要がある場面の「型」(場所・相手・内容)を自分で決める
  • 申告を受けたら、反論の前に、事実確認と記録から始める

やってはいけないこと

  • 患者や他の職員の前で、必要のない威圧的な叱責や見せしめをする
  • 行為ではなく人格を否定する言葉を使う
  • 申告を受けて「あれは指導だ」と即答して終わらせる
  • 申告を理由にシフトを減らす、孤立させる、相談内容を不必要に広める

6 よくある質問

患者の安全のために強く言わざるを得ない場面があります。全部パワハラになるのですか。
なりません。業務上必要かつ相当な範囲での指導は、強い口調であってもパワハラには当たりません。問題になるのは、その場面が過ぎた後も続ける、人格を否定する、見せしめにする、といった態様です。指針は、業種・業態や業務の性質を考慮要素としています。
職員が「パワハラだ」と言えば何でも通るのですか。
申告だけで認定されるわけではありません。双方の説明と資料を確認し、判断の理由を相談者に説明します。事実を確認できなかった場合も、防止方針の再周知など再発防止に向けた措置が必要です。働く環境や報復の有無にも配慮し、「認定しなかったから終了」とはしないでください。院長自身への申告では、公正に確認できる別の担当者を確保します(第54講)。
相談窓口を院長にしています。問題ですか。
院長だけでは、院長自身について相談しにくくなります。別の担当者や、対応を委託した外部窓口を設けてください。医師会などの窓口を案内する場合も、対象者と対応範囲を確認します。連絡先を掲示するだけで、院内の相談対応義務を果たせるとは限りません(第52講)。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. e-Gov法令検索:労働施策総合推進法

    30条の2(相談対応・不利益取扱い禁止)、30条の5・6(援助・調停)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/341AC0000000132
  2. 厚生労働省:パワーハラスメント防止指針

    令和2年告示第5号。三要素、判断基準、相談・調査・再発防止等。2026年9月時点の適用内容。

    https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf

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