第53講 セクハラ申告が出た最初の24時間― 院長がやること・やらないこと
第Ⅵ部 ハラスメント・院内人間関係
申告を受けた直後の対応は、職員の安全、証拠の確保、その後の調査への信頼を左右します。診療への影響を心配する場面でも、相談者の保護を後回しにしないことが大切です。
この講では、最初の24時間を初動の目安として整理します。法律が一律に24時間以内の調査完了を求めているわけではありません。緊急性に応じて、安全確保、記録、診療体制の調整を並行して進めます。以下の「行為者」は、申告で行為をしたとされる人を指し、調査前に事実を断定する意味ではありません。
例えば、夕方、医療事務の職員が院長室に来て、こう言いました。
「勤務医のA先生から、休憩中に体を触られました。前にも二度、食事に誘われて断っています。もう一緒に働けません」
院長の頭に浮かんだのは、明日の外来をA医師なしでどう回すか、でした。そして次に浮かんだのは、「本当だろうか」でした。
1 事業主の義務 ― 何を求められているか
事業主は、職場のセクシュアルハラスメントについて相談体制などの措置を講じる必要があります(男女雇用機会均等法11条1項)。相談や調査への協力で事実を述べたことを理由とする不利益取扱いは禁止されています(同条2項)。対象は性別や性的指向・性自認を問わず、同性間でも問題になります。医療法人では法人が事業主です。院長は権限に応じて法人と連携します。
厚生労働省の指針は、方針の周知、相談体制、迅速・正確な事実確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止、プライバシー保護などを求めています。申告の段階で結論を決めず、安全確保と公正な調査を両立させます。
2 最初の24時間 ― 安全確保と事実確認を進める
(1)まず、申告者の安全と意向を確認する
まず、今日・明日の勤務で接触や報復の危険がないか、心身の状態や受診の必要がないかを確認します。必要に応じて指示経路、場所、シフトを暫定的に調整します。申告者の希望を聞き、無給の休みや望まない配置変更を一方的に負わせないようにしてください。申告者が希望する休暇や配置変更まで、一律に不利益取扱いとなるわけではありません。行為者側への措置も、事実認定前であることを踏まえ、必要性、期間、賃金の扱いを検討します。
次に、申告者の意向を確認します。何を望んでいるか——行為者との接触を断ちたいのか、行為者からの謝罪を求めるのか、処分を求めるのか、外部(警察・労働局)への相談を考えているのか。この時点で院長が結論を約束する必要はありませんが、意向を聞いておくことが、後の対応の軸になります。
(2)申告の内容を記録する
日時、場所、具体的な行為、同席者、前後のやり取りを、無理のない範囲で聞いて記録します。本人の言葉と担当者の評価を区別し、可能なら内容を確認してもらいます。署名を相談受付や保護の条件にせず、記憶が曖昧な部分を無理に埋めないでください。メッセージや防犯カメラ映像は、前後の文脈と日時が分かる形で、権限のある担当者が必要な範囲を保全します。
「誤解では」「あの先生はそんな人ではない」と、申告を否定する結論を先に伝えてはいけません。一方、具体的な経緯を中立的に質問することは必要です。責める聞き方や同じ説明の繰り返しを避け、休憩や同席者の希望にも配慮してください。
(3)守秘と、情報の範囲を決める
情報を共有する相手は、相談、調査、安全確保、意思決定に必要な人に絞ります。申告者には、誰に何を伝える可能性があるかを説明し、完全な秘密保持を安易に約束しないでください。行為者への説明は、反論に必要な具体性を確保しながら、不要な私生活情報や第三者情報を除きます。双方と関係者のプライバシーを守り、院内での噂や口裏合わせを防ぎます。
(4)事実確認の手順を決める ― 誰が、どの順で
安全確保や証拠保全と並行して、誰が何を確認するかを決めます。院内の調査に法定の固定順序はありませんが、双方の説明を丁寧に聞くことが基本です。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 誰が確認するか | 院内の担当者が公正に調査できるかを確認する。行為者との利害関係が強ければ外部の弁護士等に依頼する。外部であっても自動的に中立ではなく、利益相反と役割を確認する(第54講)。 |
| 誰から聞くか | 申告者と行為者の双方から聞き、必要に応じて目撃者等にも確認する。順序は、安全、証拠の散逸、口裏合わせの危険などに応じて決める。対面での突き合わせを安易に行わない。 |
| 行為者への聴取 | 反論できる程度に申告内容を具体的に示し、言い分と資料を確認する。処分前に弁明の機会を確保し、就業規則等の手続にも従う。録取した内容の確認を求めるが、署名拒否だけで虚偽と決めない。 |
| 行為者への注意事項 | 報復、口止め、証拠の削除、不要な接触をしないよう具体的に伝える。違反があれば内容と就業規則等に応じて措置を検討する。弁護士や行政機関への正当な相談を禁じない。 |
(5)診療体制も並行して調整する
申告者の安全確保と、患者の診療継続のための調整は並行して行います。担当変更、代診、予約調整などを検討し、引継ぎの担当を明確にしてください。診療の都合だけで保護を先送りすることも、引継ぎなしに医師を外して患者を危険にさらすことも避けます。
3 事実確認の後 ― 措置と再発防止
事実確認の結果、行為が認められた場合、行為者への措置(注意・懲戒・配置の変更)、被害者への配慮(接触の回避、必要なら休暇や医療機関の紹介)、再発防止(方針の再周知、研修)を行います。懲戒処分は就業規則の根拠と相当性が必要です(第47講)。
事実を確認できなかった場合も、認定できた事実と不明点を分けて説明し、防止方針の再周知など再発防止の措置を行います。必要に応じて接触回避や就業上の配慮を続けますが、認定できない事実を理由に懲戒してはいけません。労働局による紛争解決援助や調停も選択肢です(男女雇用機会均等法17条・18条)。これらは院内調査の代行や裁判のような確定判断をする制度ではありません。
4 患者・取引先からのセクハラ
患者や取引先の担当者からの性的言動も、職場のセクハラ対策の対象です。複数での対応、担当変更、行為をやめるよう求めることなどを検討します。診療の継続や受入れの判断は、緊急性、具体的な迷惑行為、信頼関係への影響、代替医療の確保などを踏まえ、応招義務との関係も確認してください。「患者だから我慢」で終わらせないことが大切です。カスタマーハラスメント一般の防止措置義務は2026年10月1日から施行されますが、患者からのセクハラへの現行の対応義務がそれまで免除されるわけではありません。
保存版 セクハラ申告の最初の24時間チェックリスト
- 申告者の安全——接触や報復の危険を確認し、必要な接触回避や受診などを、不利益を一方的に負わせない形で手配したか。
- 申告者の意向——何を望んでいるかを聞き、記録したか。
- 申告内容の記録——日時・場所・行為・状況・同席者を、申告者の言葉で記録し、確認してもらったか。
- 証拠の保全——メッセージ・メール・防犯カメラなど、失われる前に保全したか。
- 守秘——共有先と情報の範囲を絞り、双方への説明や安全確保に必要な共有との区別を付けたか。
- 判断の先取りをしていないか——申告を否定する結論や、行為者の責任を認定する結論を、調査前に伝えていないか。
- 確認者の決定——院長自身が中立を保てるか。外部を入れるべきか。
- 聴取の設計——双方と必要な関係者から、公正に、安全と心身の負担に配慮して聞く計画を立てたか。
- 行為者への注意——必要な接触制限と、報復・口止め・証拠削除の禁止を説明し、正当な外部相談を妨げていないか。
- 診療体制——安全確保と並行して、代診、予約調整、患者の引継ぎを検討したか。
5 よくある質問
- 申告者と行為者の言い分がまったく食い違います。どう判断すればよいですか。
- 双方の説明、目撃者の話、メッセージなどを照らし、確認できる範囲を整理します。記憶の揺れだけで虚偽と決めつけず、逆に一貫性だけで真実とも決めません。資料の不足で結論が出ない場合はその限界を明らかにし、必要な保護と再発防止を続けます。労働局の援助・調停は解決の選択肢ですが、事業主自身の対応義務がなくなるわけではありません。
- 行為者の医師が「事実無根だ、名誉毀損だ」と言っています。
- 調査が必要なこと、現段階で事実を断定していないことを説明し、具体的な反論と資料を受け付けます。適切な調査であっても名誉・プライバシー侵害の責任が一律に免除されるわけではありません。不要な拡散や虚偽の断定を避け、記録へのアクセスを制限してください。
- 申告者が「誰にも言わないでほしい、ただ配置を変えてほしい」と言っています。
- 意向を尊重し、知られることへの不安を聞き取ります。まず可能な保護措置を行い、調査の必要性と情報を伝える範囲を相談してください。無条件に秘密を約束したり、同意を得るために圧力をかけたりしてはいけません。生命・身体への危険や他の職員への被害のおそれなどから共有が必要な場合は、理由を説明し、必要最小限にとどめます。
主な法令・参考資料
- 医師法
免許処分、応招義務、異状死体等の届出(21条)、診療録(24条)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201
- e-Gov法令検索:労働契約法
16〜19条。解雇、有期契約、無期転換、雇止め。
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC0000000128 - e-Gov法令検索:男女雇用機会均等法
11条(セクハラ対策)、17・18条(援助・調停)。
https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000113 - 厚生労働省:セクシュアルハラスメント防止指針
平成18年告示第615号。双方の聴取、配慮、プライバシー保護等。2026年9月時点の適用内容。
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf - 厚生労働省:職場におけるハラスメントの防止のために
現行制度と2026年10月1日施行のカスタマーハラスメント等の防止措置義務。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html - 厚生労働省:応招義務と診療の求めへの対応
令和元年12月25日医政発1225第4号。緊急性、診療体制、患者の迷惑行為等。
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000581246.pdf