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『病院・クリニック経営150講 ― ステージ別・頻出過去問集 ―』【第72講】

カルテを後から補充・訂正してよいのか ― 事故後記録の鉄則

病院・クリニック経営150講 ― 院長が困る日の教科書 ―

第72講 カルテを後から補充・訂正してよいのか― 事故後記録の鉄則

第Ⅷ部 医療事故・紛争対応

医療事故の後も、診療録には正確な記載が必要です。一方、事後の追記を当時からあった記録のように見せれば、診療の検証と記録への信頼を損ないます。内容と、いつ誰が記載したかの両方を明らかにします。

原則は、原記録と変更の履歴を残すことです。必要な追記・訂正は可能ですが、その日時、担当者、内容、理由を明示します。この講では、紙と電子の記録をどう保全し、事故後の記載をどう区別するかを整理します。

例えば、事故から3日。院長は診療録を読み返して気づきました。処置の前に説明した内容が、書かれていない。実際には説明した。時間がなくて、記載を省いたのです。
「今からでも書いておくべきか」
書けば、記録は正確になる。しかし、事故の後に書き足された記載は、誰がどう見るか。

1 診療録は何のためにあるか

医師法24条は、診療後、遅滞なく診療録を記載することと、5年間の保存を定めています。病院・診療所の勤務医の診療録は管理者が、それ以外は当該医師が保存します。診療録は継続的な診療と事後の検証の重要な資料ですが、看護記録、画像、同意書、機器の記録等も合わせて評価します。

法定の保存期間が過ぎたことだけを理由に、紛争や調査に関係する記録を廃棄しないでください。記録の種類に応じた保存義務と、具体的な調査・訴訟の必要性を確認し、通常の自動削除や上書きから対象データを保護します。

隠れた改変は、その箇所だけでなく関連する記録の信用にも影響し得ます。ただし、原記録と履歴を残した正当な訂正と、事実を隠す改ざんは区別する必要があります。

2 追記の作法 ― 三つの条件

記載漏れに気づいたら、記憶と資料を確認します。記憶が曖昧な内容を断定したり、普段の手順をその日の事実として書いたりしないでください。次の三つを基本に、内容の根拠も明らかにして追記します。

条件内容
追記であることの明示追記・訂正した現在の日時、担当者、対象となる診療の日時を区別して記載する。元の記載に紛れ込ませず、記憶・資料など情報源も示す。
元の記載を残す訂正する場合も、元の記載を消さない(紙なら二重線で残す、電子なら修正履歴が残る形で)。「何がどう変わったか」が後から分かる状態を保つ。
追記の理由なぜこの時点で追記するのか(記載漏れに気づいた、事故後の確認で判明した等)を、追記の中に一言書く。

この三つは、変更の経過を明らかにするための基本です。形式を守れば内容が正しいと保証されるわけではなく、形式の不備だけで直ちに改ざんと決まるわけでもありません。記載内容、根拠、経緯を合わせて判断します。厚生労働省の診療情報提供指針も、訂正者、内容、日時が分かる訂正を求めています。

事故後に追記した「説明した」という記載は、診療当時の記載とは区別して評価されます。その証拠としての重みは、追記の時期、具体性、同意書、看護記録、患者本人等の説明との整合性によって変わります。追記だけで説明の実施が確定するわけではありません(第77講)。

3 電子カルテのログ ― 見えない記録

電子カルテでは、変更履歴やアクセスログを確認します。ただし、記録される操作、変更前後の内容、保存期間、出力方法はシステムや設定によって異なります。必要な履歴が残るかを平時にベンダーと確認し、事故時には対象データを保全してください。裁判上の証拠保全や文書提出の対象が争われる場合もあります。

実務上、次のことを理解しておいてください。

  • 修正日時・担当者・変更前後の内容を確認できる仕組みを整える。個人別のアカウントを使い、履歴が残るからといって不適切な改変をしない。
  • 履歴は当時の記録と事後の変更を検証する資料になる。ただし、ログが見つからないだけで「変更はなかった」と断定しない。記録対象と保存の状況も確認する。
  • 未確定の下書きと確定後の記録の扱い、入力・確定時刻の記録方法を確認する。事故後に確定する場合は、当時の状態を保全し、入力時点と確定時点を区別する。

厚生労働省の医療情報システム安全管理ガイドライン第7.0版に沿って、真正性、見読性、保存性を確保します。作成者と変更履歴を明らかにし、必要な期間、読める状態で保存することが基本です。ログの不正な削除や停止を防ぐ権限管理も必要です。

4 記録を変えたら何が起きるか

事故後に記録を改ざんした場合、その医療機関に起きることを、率直に書きます。

民事では、改ざんにより記録の信用性が損なわれ、不利な事実認定につながることがあります。提出義務のある文書を相手方の使用を妨げる目的で滅失させるなどした場合、民事訴訟法224条の要件に応じた不利益も生じ得ます。ただし、改ざんがあれば自動的に敗訴する、又は記録全体が一律に否定されるという仕組みではありません。

他人の刑事事件に関する証拠の隠滅・偽造等には刑法104条が問題となります。自分の事件の証拠改変が常に同条に当たるわけではありません。また、作成権限者による虚偽内容の記載が常に文書偽造罪になるわけでもありません。文書の種類、提出先、権限、目的等により、虚偽診断書等作成その他の犯罪や、診療録記載義務違反が問題となり得ます。

行政上も、具体的な違反内容等に応じて処分の問題が生じ得ます。保険への影響は、約款、通知・協力義務、請求内容等によって判断されます。事故後の記録改変があれば、事故そのものについても一律に故意免責になる、という説明は正確ではありません。

改ざんを容認する運用は、職員が率直に報告できる環境を損ねます。記載漏れを報告し、履歴を残して訂正できる仕組みを整えることが、医療安全にもつながります。

5 説明の記録 ― 事故後に新たに作る記録

原記録を保全したうえで、事故後の診療、説明、調査の経過も新たに記録します。例えば、次の資料を作成します。

  • 事実の聞き取り記録——関わった職員から聞き取った時系列の事実。聞き取りの日時、聞き取った者、話した者を明示。
  • 家族への説明記録——日時、場所、説明者、同席者、説明した内容、家族の質問と応答。可能なら説明の要点を書面にして家族に渡し、その写しを保管する。
  • 外部との連絡記録——保険会社、警察、医療事故調査・支援センター、弁護士との連絡の日時と内容。

事故対応の資料は、日時と担当者が分かる形で、安全に管理します。調査用の聞き取り記録等は診療録と区別しますが、診療上必要な事項や患者・家族への説明は診療録にも残します。別冊にしただけで開示や証拠提出の対象外になるわけではありません。

6 今日やること・やってはいけないこと

今日やること

  • 追記・訂正のルール(日時・担当者・理由・根拠の明示と、原記録・履歴の保存)を文書にする
  • 電子カルテの修正履歴がどう記録され、どう確認できるかを、ベンダーに確認する
  • 事故後の記録(聞き取り・説明・連絡)の様式を用意する
  • 日常の記載で、説明した内容を記録する習慣を職員と共有する

やってはいけないこと

  • 原記録や変更履歴が分からなくなる形で、書き換え・削除する
  • 追記を、元の記載の中に紛れ込ませる
  • 電子カルテのログを消す・停止する
  • 資料や記憶の根拠がないのに、他の記録に合わせて内容を整える

7 よくある質問

事故の後に、記載漏れに気づきました。追記すべきですか。
正確な診療記録に必要なら追記します。追記日時、対象の診療日時、担当者、理由、情報源を明示し、原記録を残してください。記憶が曖昧な部分はその旨を記載します。後日の追記の証拠としての重みは、他の資料等と合わせて判断されます。
電子カルテで、確定前の記載が残っていました。事故後に確定してよいですか。
確定が必要な場合も、まず入力済みの内容と履歴を保全し、現在の日時で操作します。入力日時と確定日時、確定が遅れた経緯を残し、診療当時に確定済みだったように見せないでください。ログの記録範囲はシステムごとに確認します。
看護記録と診療録の内容が食い違っています。どちらかに合わせるべきですか。
見た目を合わせるために変更してはいけません。食い違いと確認の経過を残します。その結果、明らかな誤記が判明した場合は、原記録と履歴を残して正当に訂正します。内容が違うことと、どちらかが誤りだと確定したことを区別してください。

作成日:2026年7月1日
改訂日:2026年9月17日

主な法令・参考資料

  1. 医師法

    免許処分、応招義務、異状死体等の届出(21条)、診療録(24条)。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/323AC0000000201

  2. 刑法

    証拠隠滅、秘密漏示、窃盗・横領。成立要件と対象を区別。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045

  3. 厚生労働省:医療情報システム安全管理ガイドライン第7.0版

    2026年6月改訂の第7.0版。

    https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000516275_00006.html

  4. 厚生労働省:医療情報システムの安全管理に関するガイドライン第7.0版・システム運用編

    端末の管理、認証、アクセス権限、施設の管理外の機器への対策等。

    https://www.mhlw.go.jp/content/10808000/001716295.pdf
  5. 厚生労働省:診療情報の提供等に関する指針

    遺族への情報提供、開示手続、非開示、記録の訂正等。

    https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/06/s0623-15m.html
  6. e-Gov法令検索:民事訴訟法

    179条・220条・224条・234条・247条等。証拠の評価、文書提出、証明妨害、証拠保全。368条・382条等の少額訴訟・支払督促。

    https://laws.e-gov.go.jp/law/408AC0000000109

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